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8.勇者の剣

 ひとしきり笑って気持ちをリラックスさせたミーティアは覚悟を決めたように背筋を伸ばした。

 くるりとヴォルケイノーたちの顔を見渡し、軽く息を吸う。

「この剣の二つ名は『勇者のつるぎ』。村の大人たちからそう教わったわ」

「そうか」

 結構な覚悟でもって告げたミーティアだったが返答はあっさりとしたもので肩透かしを食らった感じだった。

「で、その勇者の剣がどういう経緯でミアの手元に来たんだ? 始めから村にあったわけじゃないんだろう?」

「よくわかったわね。両親が言うには私をみもごったとわかった日の夜にこの剣を持った女の人が現れて、これは勇者の剣という名前で私が――」

 そこで急に言葉を途切らせたミーティアはしばらく視線をさまよわせていたが一度唾を呑み込むとまっすぐにヴォルケイノーを見返した。

「私が十六歳になったらこの剣を持たせて勇者として旅立たせるように――って言われたらしい」

 最後の一言を早口で言い切るとミーティアは恥ずかしそうに下を向いた。自分のことを勇者というのはなんて恥ずかしいことだろう。羞恥で頬がわずかに赤くなった。

「勇者として、と言われていた割には剣も馬も全く使えないようだが?」

 反射的にミーティアは視線を逸らせた。

「ミア?」

 更なるヴォルケイノーの追求にミーティアは諦めたように大きく息を吐き出す。

「村には剣を扱える人も馬に乗れる人もいなかったし知らないことを教えられるほど器用な人もいなかったからよ」

 本もなければインターネットという情報源すらなくなってしまった村ではどうすることも出来なかったという。せいぜい一人で旅をする際に必要となる食料確保の方法を教える傍ら足腰を鍛えさせたくらいだ。

 言葉を探して唸っていたヴォルケイノーだったがやがて一言「了解した」とだけ言った。

 それならと割って入ったのはマルキリスだった。

「剣も馬も俺たちが教えてやろうか?」

「いいの!?」

 ミーティアは喜色満面で訊ねた。その表情に裏はなく言葉をそのまま受け止めて素直に反応した結果だった。

 見ただけでありありとわかってしまう状況にマルキリスは苦く笑った。

 それを見たミーティアの顔が曇る。

「え? 冗談……だったとか?」

「いや。あまりにも無邪気に喜んでいたから……ちょっとな」

「どういう意味?」

「あー」

 マルキリスは頭を掻きながら呻く。

「つまりだな、俺たちは優しく教えるってことは出来ないぞ。という意味だ」


 マルキリスの言葉はすぐにいやというほど理解させられたミーティアだった。

 繰返し繰返し基本の形を取らせる訓練。怒鳴りつけたりはしないものの一切の妥協を許さないマルキリスの指導ですでに全身が筋肉痛だ。

「ねえ、これってどうしても必要なの?」

 形を覚えるだけの日々。ある日漏れるように発したミーティアの問いに答えたのは練習を見学していたヴォルケイノーだった。

「何事も基本なくして応用はありえない」

 無意識に正しい形が取れるようになれば急に襲われた場合にも自然と体が最適な動きをするようになる。そうすれば防御力が上がり、ひいては攻撃力も上がる。基本さえきちんとしていれば幅広い応用を身につけることもできるようになるものだ。

「勇者は魔王を倒さなくてはならない。そのための技を身につけなくてはならないがそれにはきちんとした基礎が土台として整っていなければどんな技も習得できはしない」

 高説ごもっとも。

 ミーティアは心中で呟いた。

 いちいち癇に障る男だ。正しい分余計に腹立たしくなる。

「……ミア、全部顔に出ている」

「何のことかしらッ」

 ミーティアは表情筋を総動員して笑顔を作った。

「ティアちゃん」

 作り笑顔でヴォルケイノーに反撃を試みているミーティアに呼びかけたのはフルカルスだった。

 少し前から姿を見せてミーティアとヴォルケイノーのやり取りをくすくすと忍び笑いしながら眺めていた彼は、話しかけるタイミングを見計らっていたようだ。ふり返ったミーティアへフルカルスはさわやかな笑顔で挨拶をするように軽く手を上げた。

「そろそろお昼だよ。ちょうど区切りもいいようだし汗を流しておいで」

 いつものように声をかけられてミーティアは素直に従う。最初の頃は一番風呂を頂くことを躊躇していたミーティアだったが、紅一点で髪も長い彼女が先に済ませたほうが都合がいいのだと諭されてからは素直に受け入れるようになった。遠慮することのほうが迷惑になるのだと教えられたからだ。

 フルカルスへうなずき返したミーティアは指導者であるマルキリスへ練習後の一礼をする。

 そうして浴室へ向かおうとしたミーティアだったがフルカルスの呟きを耳にして足を止めた。

「しっかしさすがだよね。こんな短時間でここまでできるようになるんだから。やっぱり体が覚えていたってことかな?」

「え? ルカさん、それってどういう意味ですか?」

 普通に訊ねたはずだった。剣の扱いについてはまったくの素人である彼女にとっては当たり前の質問だったはずなのにミーティアのその一言でフルカルスはおもしろいほど固まってしまった。

 どうしたのかと首を傾げるミーティアをヴォルケイノーが促す。

「ミア、さっさと風呂に入って来い」

「え? でもさっきの……」

 どういう意味なのかと気にするミーティアだったがヴォルケイノーはあっさりと切り捨てた。

「他の人間と勘違いしていたことに気づいて慌てているだけだ。放っておけばいい」

「ああ、なるほど。――ルカさん、気になさらなくても大丈夫ですよ」

 前半はヴォルケイノーに。後半はフルカルスへ向かって笑顔で告げたミーティアは今度こそ浴室へと移動した。


 ミーティアが立ち去ったあと、ヴォルケイノーはフルカルスへと冷たい視線を向けた。

 そして軽く顎をしゃくるようにして目の前にある林を指し示すとその方向へ率先して歩き始めた。

 マルキリスに苦笑しながら肩を叩かれたフルカルスは、大きく息を吐き出すと肩を落としてヴォルケイノーの後を追った。


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