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7.二つ名

 柵に腰掛けたミーティアが流れ行く雲を眺めながら髪を乾かしていると、一羽のカラスが飛んできた。そしてミーティアから少しだけ距離を置いて柵の上にとまった。

 カラスはミーティアに向かって一声鳴く。

 ミーティアは首を傾げてカラスを見返した。

「あなたは、シェオルル?」

 人馴れしていそうなカラスといえばフルカルスが飼っているシェオルルしかいないだろうと思ったミーティアは、カラスに向かって名前を呼んでみた。

 するとカラスは肯定するように嘴を小さく上下させると柵の上を歩いてミーティアのすぐ側までやってきた。

 立ち止まったカラスは首を持ち上げてまっすぐミーティアの顔を見つめながら更にもう一声高く鳴いた。

 もしかしてとミーティアは上を見上げた。太陽の位置を確認して小さくうなずくと、カラスへと視線を戻した。

「昼食の用意ができたのね。ルカさんの代わりに呼びにきてくれたの? ありがとう、シェオルル」

 にっこり微笑んでお礼を言えば、カラスは胸を張るように翼を広げると誇らしげに鳴いた。

 柵から降り立ったミーティアが食堂に向かって歩き始めると、カラスも後を追うように飛び立った。


 食堂にやってきたミーティアをヴォルケイノーたち全員が迎えた。今回はリベルトも席についている。ふとテーブルの上に目をやればメープルシロップらしき液体の入った小瓶が八つ置かれていた。

「それはメープルシロップですよね。もう出来たんですか? 早いですね。それにとても色が綺麗ですし量も多いです」

 ミーティアはそう言ってから改めて心の中でも繰り返した。

 もっと色の濃いメープルシロップが出来ると思っていたし量もせいぜいこの三分の二程度出来ればいいほうだと思っていたのだ。

「どうやったらこんな風に出来るんですか?」

 小瓶を一つ手にして色合いを興味深く眺めながら訊ねたが、リベルトはそんなミーティアに対して無言で口元に軽く笑みを刻んだだけだった。

 代わりのようにヴォルケイノーが口を開いた。

「だからベルはプロだといっただろう。プロの技については説明してもミアにはわからないだろうし、そもそも企業秘密というヤツだ。他人に教えるわけないだろうが」

 馬鹿にした口調ではあるが言っていることは間違ってはいない。ただもう少し言いようがあるだろうとミーティアは思う。答えてくれただけマシだと思うべきかもしれないが本心はやはり変えられなかった。

 とはいえそんなことを言うわけにはいかない。けれど口にしなければヴォルケイノーにはわからないだろうし思うくらいならかまわないだろう。そう考えていたミーティアに対してヴォルケイノーは眉間を揉み解すような仕草をしながら大きく息を吐いた。

「ミア、口には出さなくてもそれだけはっきりと顔に出していれば意味はないといい加減気づけ」

 ミーティアは即刻笑顔を取り繕った。


 まずは昼食をというマルキリスの意見に皆が同意した。テーブルの中央に置かれた幾つかの大皿に盛られた料理を銘銘が好きなだけ取皿へと乗せていく。

 ヴォルケイノーは全ての料理をバランスよく取り分けてから食べ始めた。

 マルキリスは自分の前に置かれた料理を取皿いっぱいに取ると早々に口に運び始めた。食べ終わると次の料理へ移るといった感じで、一品ずつ食している。

 リベルトはヴォルケイノーと同じように全種類をまんべんなく取り分けていたがそれぞれの分量は彼よりも大目だった。

 フルカルスはヴォルケイノーとリベルトの中間といった感じだ。

 そしてミーティアはといえば手近にあったシャシリクを二串とピロシキ一個、そしてシチーのみだった。

 目ざとく気づいたヴォルケイノーがミーティアから離れた場所に置かれていた料理を勧めた。

「どうした。いやに小食だな。コトレータもあるぞ。食べてみろ」

 とりあえず一つだけと言って受け取ったミーティアはさりげなくお腹を擦った。

「何だ? 腹の具合でも悪いのか?」

 そんなミーティアの仕草を見ていたヴォルケイノーは眉間に皺を寄せた。

 ミーティアは軽く首を横に振った。

「ううん、そういうわけじゃないわ。ただ突然こんなまともな食事をしたら逆に調子が悪くならないかなって思っただけ」

 後はと言いかけてミーティアは口を噤んだ。

 こんな贅沢な食事に慣れてしまったら、この先彼らと別れて一人旅に戻った際にむなしくなったり物足りなく思ったりしてしまいそうで怖かった。してしまいそうというよりきっとそうなるだろうことは安易に想像できる。

 けれどこれは彼らには関係のないことだ。折角もてなしてくれているというのに余計なことを考えて心配をかけてしまった己を心中で叱責したミーティアは、その後皆に進められるままにお腹いっぱいになるまで食事を口にした。


 昼食を終えたミーティアたちはみんなで協力してテーブルに乗っていたものを全て片した。

 ちゃんとした片付けは後でフルカルスがおこなうので落ち着いて話が出来るようにとりあえず場所をあけたといった感じではあったが。

 改めて全員が着席したところでヴォルケイノーは持ってきた一振りの剣をテーブルの上に置いた。それはミーティアのレイピアだった。

「このレイピアはとりあえずミアに返しておく」

 新たな剣の代償となるはずだった剣を返されてミーティアは首を傾げた。

「これじゃ足りなかった?」

 使い物にならなかったのかとミーティアは思ったが短く違うと否定されて困惑した。他の理由など彼女には思いつかなかった。

「じゃあ、いったい……?」

「それは今から説明する」

 そう言ってヴォルケイノーはリベルトを一瞥した。何かしらの合図を交し合った二人はミーティアへと向き直る。

 最初に口を開いたのは意外にもリベルトだった。

「レイピアはじっくりと見させて貰った。確かに古い剣だが使用には全く問題はない。ただしそれは封印が解けたならという話だ。――ミーティアはこの剣の名前、もしくは二つ名を知っているか?」

 リベルトが二つ名と口にした瞬間ミーティアの表情が一瞬強張った。もちろんヴォルケイノーたちはそんな仕草を見逃すほど間抜けではなかったが、この場でそのことを指摘するほど愚かでもなかった。言葉や態度や空気。それらもろもろから一切の催促を消し、ヴォルケイノーたちはただ静かにミーティアからの返答を待った。

 一方のミーティアは返事を急かさない彼らに感謝しつつ胸中でどうしたものかと思案を繰り返していた。

 こうした気遣いも含めて出会ってからの言動を見ていれば信頼に値する人たちだと思う。けれどあまりにも短い時間での接触だけで信用してもいいものかと悩んでいるのだ。

 そんなミーティアの心情を理解しているかのようにヴォルケイノーが静かに口を開く。

「俺たちを完全に信用しろとは言わない。そんなことは無理だと俺たちも理解している。だからミアが話してもいいと思える範囲で答えてくれればそれでいい。あまり悩みすぎるな。皺が取れなくなるぞ」

「皺!? ひどい! 何よそれ」

 少しはヴォルケイノーのことを見直しかけていたミーティアだったが、最後の一言には反射的に両手で眉間を隠しながら大声で抗議した。

 その直後。ミーティアを除いた残り全員の口元から押さえきれなかった笑いが漏れた。

 それをきっかけにして全員が遠慮なく笑い始める。ミーティアも最初はヴォルケイノーに対して怒りをぶつけていたのだが、だんだん周囲につられるようにして怒りの気配が萎んでいき、やがて笑いの渦に自ら飛び込むようにして加わっていった。


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