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41.毒のスープ

 ミーティアが瓶をフラーブルイの前に差し出した瞬間、全員が無言でその瓶を見つめた。こうなることは予想済みだったので特になにを思うでもなくミーティアはテーブルの中央にそれを置いた。

 特にフラーブルイとミチオールとインツーは信じられないと言った感じで、視線がミーティアと瓶を何度も往復している。自分たちがミーティアに服用させた毒を、今度は逆に食べさせられようとしているのだからさもありなん。しかも隠すことなく堂々と。

「本気か……?」

 恐る恐るミーティアに訊いてきたのはめずらしくミチオールだった。フラーブルイはただ口をパクパクと開閉させているだけで言葉にならないようだった。

「ええ、私はいつでも本気よ。さあ遠慮なく食べてちょうだい」

 口元だけで笑みながら告げれば、ミチオールは片頬をひきつらせながら仰け反った。

「どうしたの? 無理やり私に作らせたのはあなたたちでしょ? まさかいまさら食べられませんだなんて男らしくないこと言わないわよね?」

 ミーティアは腕を組むと半眼で三人を見返した。

「さあどうぞ。あなたたちが欲しがっていたものよ。女というだけで勝手にまかないと思い込んで私のことをこき使ったんだから相応の報酬としてきっちり食べきってもらいましょうか」

 フラーブルイは唾を飛ばすようにしながら叫んだ。

「こんなもの食えるわけないだろう!」

「あらどうして?」

「どうしてもこうしてもあるかっ。毒が入ったものを食べさせようだなんて、やはりおまえは人間なんかじゃないだろう!」

 その一言にミーティアの顔から形ばかりの笑みが消えた。残ったのは冷たく眇められた瞳だけ。

「じゃあその毒入りの食事を私に食べさせようとしたあなたたちはどうなの? あなたのその言からすると、私よりもあなたたちのほうが魔だということになるわね」

「俺たちは勇者だぞ」

「勇者というのはなにもしていない少女を襲ってもいいの? 毒を飲ませてもいいの? 私は生まれ育った村を追いだされて旅をしていただけよ。それだけの人間を勇者なら殺してもいいというの? ただでこき使ってもいいというの? そもそもあなたたちは馬車の代金もなにも払っていないじゃない。お金を払い終わるまではすべての品物は料金を立て替えているヴォルのものよ。あなたたちのものじゃないわ」

 その時ちょうどいいとばかりにヴォルケイノーが割り込んできた。

「そういえばそうだったな。いつ請求しようかと考えていたんだがちょうどいい」

 そういってヴォルケイノーは一枚の紙を取り出してフラーブルイに手渡した。

「これが屋敷の滞在料と馬車を含む北磁極までの旅の装備一式の請求書だ。早急に払ってくれよ」

 フラーブルイたちはそれを見た瞬間目をむいた。

「こんな金額払えるわけがないだろう! それに俺たちは勇者だぞ。滞在費ってなんだよ!?」

「滞在費は滞在費だ。個室代に食事代、その他もろもろ。宿ではないが宿扱いしたのは君たちなんだからあたりまえだろう」

 フラーブルイはミーティアを指差した。

「こいつには請求しないのかよ!? それこそ不公平だろう!」

「我が妻をこいつ呼ばわりしないでもらいたいな。それに失礼だ。ティアは屋敷の滞在費も旅の費用も全額支払い済みだ」

 ビジネスに私情を挟まないヴォルケイノーは妻だからといって減額などしていない。フラーブルイたちと同額を請求していた。

「彼女は自分一人の力でお金を稼いで支払った。さすが我が妻だ」

 ヴォルケイノーは片頬を持ち上げるようにしてにやりと笑った。

「それでいつ支払ってもらえるんだ? 面倒事は嫌いなのでね、早急に全額一括で返済してもらいたいのだが?」

「あるわけないだろう! こんな金額っ」

 ヴォルケイノーはふむと言いながら顎に手をあてて考え込んだ。

「払えなければ窃盗罪か詐欺罪で教会に引き渡すしかないが……」

 警察などという組織は神災後の現在ではどこにもない。すでに国すら機能しなくなって消えてしまっているので雇い主がいなくなった以上公務員などというものも存在しない。代わりに教会が罪人の対応をおこなっていた。

 修道士であるイグナートたちを振り返ったヴォルケイノーが問う。

「さてちょうどここに三人の修道士がいるわけだが、こうした場合はどう対処すればよろしいかな?」

 瞳の中に楽しげな光を宿して下手な役者のように大げさに投げかければ、イグナートはやれやれといった感じで頭を掻いた。

「それは神父以上の役についているものの役目だが……まあそういうわけにもいかないか。そうだな。目の前にあるそのスープを飲み干せば屋敷の滞在費はチャラということにしてもいい」

「それでも修道士か!」

 どこまでも吠えてくるのはフラーブルイだ。彼は自身の立場をいっこうに理解できないようだ。

「それが嫌なら金を払えばいいだけのことだ」

 イグナートはただ冷静にそう返しただけだった。

 ミーティアはしばらくヴォルケイノーやイグナートたちを見ているうちにだんだんと気持ちが落ち着いてきた。

 すぐにかっとなるところは直したほうがいいのだろうが、これがなかなかうまくいかない。

 ふぅっと息を吐き出すとミーティアは片づけを始めた。

 まあだんだんばからしくなってきたというのもあるし、実際出発までには片付け終えている必要もあった。

 ミーティアが動き始めればそれを見たイーゴリやトビアスも立ち上がって手伝いに来てくれたので自分たちの分は早々に片がついた。あとはフラーブルイたちの前に置きっぱなしの器類。

「どうしたの? せっかく作ったのに冷めてしまったじゃない。つくづく人の行為を無にする人たちね」

 ミーティアはフラーブルイの前に置いた器を持つと、ぐっと彼の口元に押し付けた。

「片付かないわ。さっさと食べてちょうだい。ほらあなたたちも」

 最後はミチオールとインツーへ向けて言う。

「あなたたちだって魔法魔術は使えるんでしょ? 私が無事だったんだから死にはしないわよ。よかったわね、殺人犯にならずに済んで。死ななかった私に感謝して欲しいわ」

 さあ、と言いながらさらに押し付ければ、すさまじい形相でミーティアを睨みつけながらフラーブルイがようやく手を持ち上げて器をつかんだ。そのまま一気にあおる。

 それを見たミチオールとインツーも覚悟を決めるように一度唾を飲み込んでから、一気に毒入りスープをあおった。

 そうして全員がようやく空になった器をテーブルに投げ出した。

 と、突然三人が顔を真っ赤にしてげほげほと咳き込み始めた。

 そっとヴォルケイノーのもとへ移動したミーティアは彼に耳打ちした。

「ヴォル、あの毒になにをしたの?」

 ヴォルケイノーはにやりと笑んだ。

「なに、死んでもらっては代金の回収ができないからな。反省も兼ねて一日苦しんでもらおうと思って世界で一番辛い香辛料の成分に変えておいただけだ。つまりあの結晶は毒ではなくただの香辛料でしかない。もっとも人によっては死ぬこともないわけではないが、あくまでもただの調味料だ」

 ただし量がかなり多かったので一日でおさまるかどうかはわからない。そういいながらヴォルケイノーが楽しげに笑う。

 この解説は当然フラーブルイたちも耳にしていたはずなのだが果たしてきちんと理解できていたのかどうか。

 とても会話ができる状態ではないほどにむせこんでいる。

 なるほどとうなずいたミーティアは彼らのことなど放置してさっさと後片づけに励んだ。

 ヴォルケイノーがゆっくりと立ち上がりフラーブルイたちのもとへと歩み寄る。

「これで屋敷での滞在費はあらためて修道士からもらうとして、残りの諸費用だ。もうしばらく支払いは待ってやるから今後はしっかり働いて金を稼ぐことだな。旅のあいだもその気になればいくらでも稼ぎようはある」

 自分たちの身の回りのことは自分たちでおこなうのは当たり前のことだが、それとは別に益を得ることを考えろとヴォルケイノーは言った。

「それから今後我が妻をまかない扱いしたり暴言を吐いたりしないことだ。おまえたちとこれとはまったく同じ立場なんだからな」

 フラーブルイは未だ涙目で激しく咳き込みながらもヴォルケイノーの話を聞いていたようだ。やや顔を持ち上げるようにして聞き返してきた。

「なに……が?」

「フラーブルイ。おまえもティアも同じ勇者候補だということだ」

 フラーブルイはひと時状況を忘れたように目を見開くとミーティアを呆然と見つめた。


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