4.特殊な出生
「おや、こんなところでナンパですか? わざわざ迎えに来たというのに自分だけいい思いをしているとは。ヴォルも隅に置けませんねぇ」
青白い馬に跨り白馬を引き連れてきた白髪の青年の言葉に、少年は即座に反応した。
「ナンパじゃない! 取引をしていただけだ」
「取引……?」
まっすぐで肩までの長さの白髪。色白い肌。少年とよく似た色とデザインの服装。ただし青年のほうはきっちりとトレンチコートのボタンやベルトを締めている。そのためトレンチコートに隠された部分の衣装などは想像するしかないが、少なくとも帯剣しているようには見えなかった。代わりに黒檀だと思われる黒くて光沢のある細長い棒を持っていたのでそれが彼の武器なのだと察せられた。
そんな青年は小さく呟きながら少年からミーティアへと視線を移動させた。
衣服や持ち物を除いた青年自身は全体的に色素が薄い印象だが瞳の色だけは強烈だった。
少年と同じくアオではあったが、こちらは透明度が異様に高い泉を思わせる鮮やかな蒼だった。
その蒼い瞳から鋭さを感じさせる視線が注がれたが、すぐに答えが出たのかミーティアに向けられていた視線は程なく少年へと戻っていった。
「ヴォル。それで取引とは?」
白馬は少年の馬だったようだ。白馬の手綱が青年から少年へと手渡されている。それと同時に状況を把握すべく質問をも投げかけていた。
その様子を眺めながらミーティアはポツリと呟いた。
「ヴォル……?」
名前を呼ばれた少年がミーティアのほうへ顔を向けたが、微妙な呼び方にわずかに眉を寄せ、次いで納得したように小さくうなずいた。
「ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな。俺はヴォルケイノー。ヴォルでいい。こいつはフルカルス」
そういって少年――ヴォルケイノーは白髪の青年を親指で指し示した。それを受けてフルカルスが軽く片手を胸に当てながら会釈した。
「はじめましてお嬢さん。フルカルスという名は呼びにくいでしょうからルカと呼んでください」
ついでに、と言ってヴォルケイノーは馬とカラスの名前まで紹介した。白馬がホワイト。青白い馬がペイル。カラスがシェオルル。
馬の名前は見たまま。そのものずばり毛色からきているのでわかりやすい。これから向かう鍛冶屋にも赤い馬と黒い馬がいるが、同様にレッドとブラックというのだそうだ。
「で、お前は?」
ぞんざいな口調に少しだけむっとしたミーティアだったが、少年たちはきちんと先に名乗ったのだからとすぐに不快感を呑み込んで答えた。
「私はミーティアよ」
「じゃあミアだな」
ヴォルケイノーの勝手気ままな発言を受けてミーティアはとんでもないと即座に反論した。
「なによ、その猫の鳴き声みたいな呼び方は! 私の愛称はティアよ。変な略し方しないでくれるっ」
実際村でもプレーリーでもなにも言わなくても自然と「ミーティア」もしくは「ティア」のいずれかで呼ばれていた彼女にとって、それ以外の呼び名はどこか他人事に感じて不慣れゆえの違和感があった。
ミーティアがそう告げると、ヴォルケイノーはニヤリと笑った。
「それなら尚更ミアと呼んでやろう。なに、すぐに慣れるさ」
その他大勢の中に埋もれるなど俺の面目を潰しかねないからな。などと痴れ事まで言い出したヴォルケイノーに対して、ミーティアは怒りよりむしろあきれ果ててしまった。
「なにその坊ちゃん発言。どれだけ過保護に育てられたのか知らないけど年上なんだから年下の女の子に対してもう少し包容力を発揮しましょうよ……」
するとヴォルケイノーはわずかに目を眇めるとまじめな顔つきでミーティアを見返してきた。
「ミア、お前の年は?」
女性に年を尋ねるなんてとミーティアが心の中で抗議しながら眉間に皺を寄せていると、何を勘違いしたのかヴォルケイノーは先に自分たちの年を告白してきた。ヴォルケイノーが十六歳で、フルカルスが二十三歳ということだった。
「で、お前は?」
これでいいだろうといわんばかりに胸を張って聞き返され、ミーティアは妙な脱力感を覚えて折れた。同い年のよしみと自身に言い聞かせて。
「私もヴォルと同じ十六歳よ」
そう返したミーティアはややうつむき加減で視線を落としていたため、ヴォルケイノーとフルカルスが意味ありげに視線を交わしたことに気づかなかった。
ヴォルケイノーが小さく首肯するようにしてフルカルスに合図を送ると、再びミーティアへと向き直った。
「ミアが産まれたのは角笛が鳴る前か? ――それとも鳴った後か?」
言うだけ無駄な抗議を繰り返すことに疲れてしまったミーティアは、だんだんどうでもよくなり無気力さ全開でほとんど機械的に答えていた。
「鳴った後よ」
「鳴った後ってことは噴火が始まってからか?」
「そうよ。私の村からは噴火は見えなかったらしいけど、あの頃はまだテレビとかラジオとかパソコンとかいう機械があって、それが噴火のことを知らせてくれたんだって両親から散々聞かされたから。なんでも、その機械が教えてくれる噴火情報を聞いている最中に突然産気づいたとかで、かなり慌てたんだよってことも言っていたわね」
そうしてミーティアの出産であたふたしてる間に放送局や電波塔といった関連施設は全て潰れてしまったらしく、それらの機械からは二度と情報を得ることができなくなり一気に世界から隔絶されてしまったということだった。
「で、それがどうかしたの?」
いきなり年の話になったのはなぜなのか。しかも産まれた時期まで確認したのはなぜなのか。誰もが気にしたであろう問いをミーティアも何の含みを持たずに軽い口調で訊ねた。
答えは問いと同様にあまりにも単純だった。
「互いに見た目は年相応で――実際年も同じだったわけだが、そのような状態であるにもかかわらずお前は絶対の確信を持って自分のことを年下だと言い切ったからな。その根拠を知りたかっただけだ」
確かに噴火が始まってから産まれたのであれば年下と言い切れるはずだ。
今では終末期に入ったからだろうと認識されているが、当初は世界中を巻き込むほどの大混乱が起こっていた。それはそうだろう。最初の角笛が鳴り響く三年前からどのような手段を用いても妊娠――つまり受精させることが全くできなくなっていたからだ。
それだけに今現在十六歳である二人は特殊な存在だった。
「確かに俺が産まれたのは角笛が鳴って噴火が始まるまでの間だったらしいからな。ほんの数時間程度だろうが俺のほうが早く産まれたことには違いなさそうだ」
ヴォルケイノーは諦めたというように軽く笑いながら肩をすくめる仕草をした。そして近くにあったサトウカエデの幹を軽く叩いた。
「そろそろサトウカエデの樹液も採取できた頃合だろう。回収が済み次第移動しよう」
その言葉を合図にミーティアは設置した器具一式を次々に回収していく。それを追うようにして樹液がこぼれないようにしっかりと容器に蓋をしながらヴォルケイノーとフルカルスが手分けして馬に積んでいった。
火の始末などの片付けをも済ませた一行は鍛冶屋を目指して馬に鞭を入れた。