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38.ゆだねる

(ねえ、ヴォル、私が悪かったからやめて)

 ミーティアは体が勝手に服を脱ぎ捨てていくことに耐え切れずヴォルケイノーに懇願した。しかしヴォルケイノーの反応は一貫していた。

「聞かないと言っただろう。どちらにしろ状況が変わるわけじゃない。おまえが逆らえば逆らうほど長引いて恥ずかしい思いをするだけだぞ。つまりこのまま最後までやったほうがお互いのためだ。いいかげん観念しておとなしくしていろ」

(できるわけないでしょー! だいたい裸にしてなにをしようとしているのよ!)

「説明するのは面倒だ。やればわかる。すべて俺に任せておけばいい」

 そうこう言っているうちにミーティアは一糸まとわぬ姿になっていた。

「寝台に横になれ」

 今やミーティアの体はヴォルケイノーの言いなりだ。

 寝台に裸体を横たえたミーティアのすぐそば――右のわき腹あたりにヴォルケイノーが腰掛ける。そうしてミーティアへと右手を伸ばしてきた。

(いや――ッ!)

 悲鳴と共にあれほどどこもかしこもまったく動かせなかったミーティアの腕がヴォルケイノーの腕をバシッとはたいた。

「触らないで!」

 術を気合いでほどいたミーティアが体を起こして逃れようとしたがヴォルケイノーのほうが早かった。ミーティアの両の手首を捕まえて寝台に押し付けると同時に体ごと上に乗りかかって重石替わりにしてとらえた。

 ヴォルケイノーは心底あきれたように肺が空になるのではないかというくらいに大きなため息をこぼした。

「おまえというやつは……」

「放してよ!」

「いいからおとなしくしていろ」

「嫌よ! 放して!」

「わめくな、頭に響く」

「ヴォルが悪いんじゃない」

「悪いのはおまえだ」

「私がなにをしたというのよ!?」

 ヴォルケイノーはミーティアとまっすぐ視線を合わせた。

「それじゃ聞くが、なぜおまえは体の中に毒を抱えたままでいるんだ?」

 ヴォルケイノーのその指摘を受けたミーティアは抵抗をやめた。

「どうしてそのことを……?」

「イグナートが言っていただろう『そこまでしなくても』と」

 それは森の中でヴォルケイノーと再開した時のこと。ヴォルケイノーがミーティアの三つ編みに口づけ、こめかみに口づけ、そして腕の中に囲い込んだ時にイグナートが言った言葉だ。

「あれはおまえの体を調べていたんだ」

 最初に髪に口づけた段階で気がついてはいたが更に詳しく調べようとして抱き寄せたところをイグナートに邪魔をされたというわけだ。

「どのみち排除するためには森では不可能だから屋敷に戻ってからやれと言っていたわけだ」

「イーグさんたちも気づいていたの?」

「あたりまえだ」

「でもなにも言われなかったわよ」

「しかしこうやって体内を巡らないように流れから取り出して随所にまとめているということはイーゴあたりにでもなにか教わっていたんじゃないのか?」

 たしかにイーゴリに言われてはいた。

『自分の体をほかの者に勝手に操られないようにするために』

『自身の全組織を把握しておけ』

 そんな風に課題を出されていた。

「知っていてもなにも言わなかったのは、それも自分で考えて身につけなくてはならない魔術魔法の一つだったからだ。イーグからの課題だった武術は及第を取れたようだが、イーゴの課題は未習のままだったということだな」

 ミーティアは目を伏せた。

 それはイーゴリに見捨てられていたということだろうか。

「それは違う。少なくともこうやって隔離はできていたわけだからさしあたっての問題はなかった。この状態がキープできているうちは介入を控えて俺が来るまでの時間ぎりぎりいっぱいまで学ばせていたということだろう。俺が来れば、俺が取り除くことはあいつらもわかっていただろうからな」

 ミーティアが目を開けてヴォルケイノーを見返すと、ただまっすぐに見つめてくる淡青色の瞳とぶつかった。そこにはよこしまな気配はかけらも見当たらない。ミーティアは白旗を上げるように完全に体から力を抜いた。

「それならそうと最初から言ってくれればいいじゃない」

「説明していれば素直に脱いだか? ためらわずに? そもそもおまえが未熟だったのが原因だろう」

 ヴォルケイノーの口が悪いのが原因だと思う、とミーティアは心の中で反論したが、たしかに課題をクリアできていなかったのは事実だったので口をつぐんだ。

「わかったら始めるぞ。恥ずかしければ目を閉じていろ。逆らわずに俺にすべてゆだねていればすぐに済む。いいな」

「……わかったわ」

 ミーティアは一度深呼吸をすると目を閉じた。

 暴れるミーティアを押さえつけるために乗り上げていた体を起こしたヴォルケイノーは、彼女の両腕も体の脇に添えるようにおろさせた。

 あらためてヴォルケイノーの手が伸びてくる。一瞬だけびくりと体を震わせたミーティアだったがすぐに体にこもった力を抜く。

 心の中で「逆らっちゃダメ」と何度も自分に言い聞かせていた。

 どんなふうにして毒を取り除くのか。その方法がわからないからこそ怯えて暴れてしまうのだが、ヴォルケイノーにそのへんの機微は理解してもらえない。そのことに少しだけ恨み言を思いながらミーティアはただ呼吸を整えることに意識を集中させようと努めた。

 結果的にはヴォルケイノーの右手がミーティアの体に直接触れてくることはなかった。頭頂部から順にかざしたままゆっくりと移動していく掌から放たれる魔力がミーティアの体に入り込み、彼女自身の能力では取り除けなかった毒を吸い上げていく。それは砂の中に混ざってしまったごく微量の砂鉄を、砂の上を磁石で撫でながら拾い集める行為に似ていた。

 これは素手で触られるよりも恥ずかしいかもしれないとミーティアは思った。手で触るということは肌の表面を撫でるということだ。しかしこの行為は体の中すべてを撫でられていることに等しい。

 知らずミーティアの呼気が熱を帯びてくる。

 ミーティアはなぜもっと早くに自力で解毒を習得していなかったのかと後悔した。

 まだようやく体の半分が終わっただけだというのに足先へとヴォルケイノーの視線が移った瞬間ほっと溜息をついてしまった。

 それにつられたのかヴォルケイノーの視線がミーティアの顔へと戻ってきて一瞬焦ったが、すぐに足へと向き直ったので内心ほっとした。

 そんなこんなで全身から毒を抜き取り終えたころにはミーティアは息も絶え絶えになっていた。

(恥ずかしすぎて死んじゃう……)

 疲労困憊したミーティアは終わったというのに服を着るどころか目を開けることもできなかった。

 そんなミーティアをあきれたのか、小さく苦笑する気配がしたと思ったら上掛けが被せられた。

(え……?)

 ミーティアがなんとか薄目を開けてヴォルケイノーを見返せば、彼は気配どおりに苦笑していた。

 薄目を開けたミーティアを見返して「あまり誘うな」とつぶやいた。

「な……のこと……?」

 なんのことかと問えばヴォルケイノーは小さく首を左右に振る。もういいとでも言うように。

 このままではどうにもすっきりしないので問い質すために体を起こそうとしたのだがまったくいうことをきかなかった。

(え?)

 もう一度試そうとしたミーティアの肩をやんわりと押さえて止めたのはヴォルケイノーだった。

「毒を隔離し続けるのは体に相当負荷がかかっていたはずだ。今は解放された反動で一気に疲れが出ているだけだ。今夜はそのまま寝ろ」

 ミーティアは視線を持ち上げてヴォルケイノーにあわせる。

(ヴォルは?)

「俺か? 俺はそこの椅子にでも座っている。今夜だけおまえの代わりに鍵の役目を果たしてやるからありがたく思えよ」

 そう言うとヴォルケイノーは言葉のとおりに移動して椅子に腰かけた。

(椅子? 一緒には寝ないの?)

 すでに二度経験があるミーティアはなにも考えずにそのせりふを口にしていた。

 ヴォルケイノーから盛大なため息が吐き出された。

「だから誘うなと言っているだろう」

(誘ってなんかいないじゃない)

「おまえは今の自分の状況がわかっているのか? 俺たちは正式な夫婦として認められている。手を出したところで誰も責めるものはいないんだぞ」

 そうでなくともヴォルケイノーを直接責めるものなどほとんどいないがそこはそれ。ただでさえそんな状況なのにさらには後押しする関係まで揃っていてはミーティアを擁護するものはいないだろう。

「以前も男を寝台に誘っておいてそんな気はないという言い訳は通用しないと教えただろう。もう忘れたのか?」

(……でもヴォルはなにもしないでしょう? ひとりだけベッドでっていうのは落ち着かないのよ。それが嫌なら別の部屋のベッドで寝てちょうだいよ)

「今のおまえに魔力で鍵をかけるのは無理だろう。俺がほかの部屋からこっちの部屋を守護することはできなくはないが、どうしても弱まってしまう。殺されたくなければ今夜一晩わがままは押さえろ。これ以上とやかく言うなら抱くぞ」

(抱けるもんなら抱いてみなさいよ。どうせ口だけでしょ!)

 椅子に腰かけてミーティアの体から取り出した毒を結晶化したものを瓶詰めしていたヴォルケイノーは、彼女がたんかを切った瞬間動きを止めた。やがてゆっくりとそれでいてもったいぶるように持っていた瓶をテーブルの上に置くとおもむろに立ち上がった。

 そっと薄目を開けたミーティアの瞳が捕らえたのは無表情でこちらへと歩いてくるヴォルケイノーの姿だった。

(な……なによ……)

 先ほどと同じように寝台に腰かけたヴォルケイノーが手を伸ばしてくる。その手は今度はしっかりとミーティアに触れてきた。指先が顔にかかる髪を梳くようにしながら後ろに流していく。

「……ッ」

 ギュッと目を瞑ってミーティアは首をすくめた。

 そんなことはいっこうに介さずヴォルケイノーの指先は額から頬、そして首筋を撫でていく。指の腹、指の背、掌。ゆらりゆうらりと風が遊ぶようにその手指はミーティアを翻弄するように淡く強く肌を滑り流れていく。

 やがてその手は上掛けをめくりながら中へと入りこみミーティアの胸元へと降りていった。

「や……ッ」

 拒絶の叫びと共にミーティアは胸を守るように己の腕を交差させてヴォルケイノーの侵入を阻止した。

 そんなことはなんの障害にもならないというようにヴォルケイノーの指は胸のふくらみを伝い、頂を封じる腕を伝った。

 震えながら時折跳ねるミーティアの体を冷めた瞳で見つめながらヴォルケイノーが顔を近づける。

 鼓動を刻むその真上までくるとヴォルケイノーはミーティアの肌に痛みと共に紅いしるしを刻む。

「いッ!」

 もたらされた痛みに反射的に声をあげたミーティアは涙を浮かべながら許しを請うように、胸元に顔をうずめるヴォルケイノーの頭に抱きついた。

「ヴォルごめん! ごめんなさい! もう許して!」

 腕で隠していた胸を思いっきりヴォルケイノーの目前にさらすことになっているのだが、それよりもミーティアにとっては行為への恐怖のほうが勝っていた。ただやめてもらいたいという一心でそこまで思い至っていない。

 何度もそうやって謝っていると、ようやくヴォルケイノーの口からため息が落とされる。

「ヴォル……?」

 ミーティアがそっとヴォルケイノーの顔を覗き込もうとしたのだがいつのまにか腰を抱え込むように両腕を回されており叶わなかった。

 体を拘束する腕を見やってまたヴォルケイノーの顔へと視線を向けるミーティアを、銀糸の隙間から見上げてくる淡青色の瞳が捕らえる。

「すべてが終わったらたっぷりお仕置きをしてやるから覚えていろよ」

 ヴォルケイノーが言葉を発するたびに呼気がミーティアの肌をくすぐる。

「ねえヴォル、私が悪かったからもう放して?」

「断る。このまま寝ろ」

 そう言ってヴォルケイノーは早々に目を閉じた。

「え、だって私……」

 今のミーティアは一糸まとわぬ姿。しかも腰に抱きつかれ、露になった胸元にはヴォルケイノーの顔。こんな状態で寝られようはずもない。

「ねえヴォル……、こんな恰好じゃ、私寝られないわ」

 再び姿を現した、眇められた淡青色の瞳が妖しさを帯びる。

「さっきの続きをするか、このまま寝るか。どちらかを選べ」

 選べと言いながら、ヴォルケイノーは返事も聞かずに目を閉じるとミーティアの胸元に顔をうずめた。

 すぐに寝息がこぼれ始める。

 ミーティアはその様子をじっと眺めた。

(続きなんて……)

 できるわけがない。

 だからこそヴォルケイノーは答えを待たなかったのだろう。

 何気なく手にかかるものに目をやると、それはヴォルケイノーの銀髪だった。そっと指先ですくいあげ、ぱらぱらと落ちゆくさまを見つめる。それを数回繰り返したミーティアは静かに力を抜いて目を閉じた。


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