表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/55

28.ミーティアの一日

 ミーティアはクレメンティーナに説明を受けながらひととおり書類に目を通した。

「以上がここで生活をする上での規則とティアさんに与えられた使命です。ご質問はございますか?」

「いいえ、ありません」

「それではこちらの確認書にも目を通してサインをお願いします」

 そこには説明を受ける際に使用した書類の題名と概略が記されている。受けるべき説明がきちんとなされたことを証明して不当な言い逃れができないようにするためのものらしい。

 最後まで目を通して小さくうなずいたミーティアは指定された箇所にサインを入れた。ただ『ティア』と。この教会にいる間のミーティアは『ティア』で、婚配機密の際のサインも『ティア』だった。

 ヴォルケイノーがすべて正しいとは思わない。彼こそがミーティアを騙そうとしているのかもしれない。

 けれど。

 ミーティアはヴォルケイノーの瞳を思い出す。ただまっすぐに『勇者』ではなく『ミーティア』を見ていた。

 だから。

 騙されていたのだとしても、騙されていることがわかるまでは信じていようと思った。

 その後クレメンティーナに案内されてやってきた場所は食堂だった。今までは客室に配膳されていたが、本日の昼食分からはミーティアもみんなと一緒にこの食堂で食事をすることになる。

 食堂に入ってすぐに設置されている机にトレーが積み重ねられているので各自一枚ずつ手に取ってその横に控えている修道女に黒パンを載せてもらう。その横にいる人には皿とスプーン。その次は皿にスープを入れてもらう。そうして移動しながら順にトレーに載せてもらってから席へと移るのだ。座る席は特に決まりはない。聖下や座下は別室で食事をとるのであけておかなければならない席というものもない。ただし基本的には奥から順に着席しているので合わせていたほうが無難だということだ。下手に避けたりするとなにかあったのかと変な勘繰りを受けることになるからだ。ただ食事は全員が揃ってから初めて口をつけるようになるので、合図があるまではどれほど早く席についていたとしてもずっと待っていなくてはならなかった。

 こうやって食堂の使い方を実際に教わりながらこの日の昼食はクレメンティーナと共にとった。そうすることでようやくミーティアも今日からこの教会で生活していくのだという実感が湧いてきた。

 昼食はシチーと呼ばれるキャベツをベースにした野菜スープと黒パンだった。これが昼食の定番らしい。シチーの具や味付けが日によって多少変わるくらいだということだった。

(リベルトのところとだいたい同じような感じかしら)

 料理の種類はリベルトのところよりは少ない。味もリベルトやフルカルスが作った料理のほうがおいしい。しかし正教徒のために用意した貴重な食料を横から割り込んで消費するからには贅沢は言えない。そもそもほかの人たちとまったく同じ量と内容なのだからなおさらだ。

 ミーティアは感謝しつつ与えられた食事を完食した。

 食堂は幾つもあって全員がいっせいに食事をとれるようになっている。どの食堂を使うかはその時に与えられた仕事によって振り分けられているので毎日毎回場所が変わることもある。

 全員が食べ終わった頃合いを見計らって連絡事項が告げられる。それが終われば今度は前の席から順に食器を所定の場所へ戻してから退室する。それぞれ次の作業場へ向かいながら合間にお小水などを済ませる。そうして開始時間と同時に作業が始められるように準備をするのだ。

 午後になってミーティアの最初の仕事は芝刈りだった。

 クレメンティーナのあとをついて庭師の元へと行く。そこにはほかに五人の人間が集まった。修道女が二人と勇者フラーブルイとその仲間二人の合計五人だった。

「ではあとはお任せします」

 クレメンティーナは庭師にそう一言告げると自身の持ち場へと戻っていった。

 庭師の老人の名前はアキーム。愛称はキムだ。

 そうやって全員が揃ったところでざっと自己紹介をおこなう。

 ようやく見習いから修道女へと上がったばかりに見える若い二人はアンナとアリーナといった。アンナの愛称はアナで、アリーナの愛称はリナだ。

 勇者フラーブルイと魔法剣士ミチオール、そして彼らの連れであり流星錘を使ってミーティアを木に縛り付けた男は武術士のインツー。彼らやミーティアには呼んでほしい愛称はないのでただ名前だけを順に名乗っていった。

 アキームは最初に修道女二人に今日もまた『昨日の隣』だといって芝刈り機を持って先に行かせた。

 フラーブルイたちには小屋の横で薪割を命じてからミーティアに芝刈り機の使い方を説明した。

 ここで使われている芝刈り機は手動式でゆっくりと転がしていけば自然に芝を刈ってくれるので特に技は必要ないが、芝の長さの設定や手入れは必要になる。そうした注意事項の指導をいくつか受ける。こうして芝の長さを揃えたり予定表に従って区画ごとに順に刈り進んでいくことによってこれほど見事な芝生が保たれているのだ。

 そうしてひととおり説明を終えたアキームはミーティアが本日芝を刈る場所へと案内した。

「こうやって等間隔に置いてある白い石で囲まれた範囲をそれぞれが担当しております。ティアさんはこの四方を刈ってください」

 そういって指を使ってぐるりと指し示した場所はほかの二人の修道女が刈っている区画の隣だった。わからないことがあれば彼女たちに聞くようにと、そこまで説明してアキームは己の仕事へと戻っていった。

 ちらりとミーティアに視線を向けてきた二人に軽く会釈をしてから彼女も芝刈りを始めた。

 端から始めて刈り残しがないように芝が傷つかないように気をつけはしても、芝刈り機をただまっすぐに転がしていくだけなのでさほど難しくはない。ただゆっくり過ぎると指定時間内に終わらなくなるので、太陽の位置やほかの二人の進行具合を窺いながら作業を進めていく必要はあった。

 どうにか指示された区画をすべて刈り終えて、後片づけもなんとか間に合わせることができた。

 刈った草の処理の仕方についてはアンナとアリーナがミーティアのところまでやってきて実際に処理をおこないながら説明してくれたのですんなりと片付けることができた。

「ありがとうございました。おかげでなんとか間に合ったみたいです」

 そういって頭を下げたミーティアにアンナとアリーナの二人は笑顔を向けた。アンナが掌を上にした手で芝刈り機を指し示した。

「さああとは使った道具をキム殿のところまで戻しに行きましょう。それで芝刈りは終了です」

「はい」

 ミーティアたちは道具を抱えたり転がしたりしながら庭師専用の物置小屋へと戻っていった。

 小屋の中へすべて片付け終えると、アキームへ作業終了の報告をおこなう。すると今度はフラーブルイたちが割った薪を厨房と浴場へ運ぶように指示される。

 二台の荷車にそれぞれ規定量の薪を積んで運んでいく。ミーティアと修道女たちが厨房へ運び、フラーブルイたちが浴場へと運ぶことになった。この後フラーブルイたちは風呂焚きの仕事に就くことになっているからだ。ミーティアたち女性陣も同様に厨房で野菜の皮むきを手伝うことになっていた。

 皮むきの次は食堂の掃除と食器の準備。

 それが終われば夕食だ。今日はテーブルビートとキャベツなどの野菜と牛肉で作ったボルシチ。そしてゆで卵とチーズとジャガイモを包み込んで焼いたピロシキだった。

 食事がすめば食器を洗う。

 これでミーティアの一日の使命は終了だ。だがほかの正教徒たちには夕食後におこなわれる奉神礼の一つ――晩堂課がある。

 ミーティアは正教徒ではないので奉神礼への参加はしないしできないので部屋で待機だ。もちろんフラーブルイたちもそれぞれに与えられた部屋にこもっていなければならない。これを破って部屋の外に出れば即座に教会を出ていかなければならないことになっている。

 晩堂課が終われば入浴だ。ミーティアたちの順番になれば誰かが知らせてくれることになっている。

 入浴が終わればあとは寝るだけ。

 日の出前後におこなわれる奉神礼――早課が終わるころに起床して、また野菜の皮むきなどの朝食の準備を手伝うところからミーティアにとっての一日が始まる。

 朝食の準備、朝食、そして食器の後片づけが終われば今度は洗濯だ。そしてまた昼食の準備に、昼食、芝刈りと続く。

 正教徒たちと違ってミーティアたちは毎日これの繰り返し。そうして月日が過ぎていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ