21.先客
ミーティアを客人としてもてなすために人を呼んだことはわかったが、その『もてなし』がどんなものかはわからない。そのため彼女は速やかに荷物を来た時と同じように背負うと扉から入ってきた人物の死角になる扉脇へと移動した。
ムスティスラフはなにも言わず表情も穏やかな笑みを浮かべているままでどうにも判断しがたい。
鬼が出るか蛇が出るか。ここは己の運に任せるか。
そんなことを考えながらミーティアが部屋の中を見まわすと、老人の寝台の奥に気配を殺して立っている人物がいたことに今更ながら気がついた。
黒いポドリャスニクを着た若い修道士。否。
「ヴォル……!? どうしてここに?」
「やっと気がついたか」
相変わらず尊大な態度でヴォルケイノーは片方の口角を軽く持ち上げた。
ムスティスラフはそのやりとりを見てわずかに目を細めた。
「ヴォル殿のお知り合いですかな」
「ああ。昨日までリベルトのところで面倒を見てた」
「それでしたら人となりは確かですな。影は外しておきましょう」
なにやら意味不明な言葉が飛び出してミーティアは思わず口をはさんだ。
「影……?」
答えたのはヴォルケイノーだった。
「正教徒でもない人物が教会に滞在するんだ。どんな人物か調べるのは当たり前だろう」
「……まあ、そうね」
いろいろ含むところはあれどミーティアはとりあえず納得した。どんな諍いの種を抱えているのかわからない人物を招き入れるのだ。知人の紹介とはいえ野放しにするわけにもいかない。といったところだろうから。調べられる当人としてはもちろんいい気はしないけれど。
そこでふとミーティアはムスティスラフが影を外すと言っていたことを思い出した。
「え、でも、私の……?」
どう問えばいいのかわからず言葉を濁らせたが言いたいことは伝わったようだ。これにはムスティスラフが答える。
「ヴォル殿とともに過ごされてなお今こうしてご健在ということは彼の審査に合格されたということ。であればわざわざ人手を割いて確認するまでもありませんよ」
よほど信頼されているのだろう。ミーティアはヴォルケイノーをちらりと見やり、またムスティスラフへと視線を戻した。
ともあれ。
見張りなどないにこしたことはない。
ミーティアは藪をつついて蛇を出すようなことにならないうちにと自身を納得させてうなずいた。
そこへ「ところで」と言ってきたのはヴォルケイノーだった。
「さきほどの行頭詠唱による雷霆についてだが」
ちなみに行頭詠唱とは先ほどミーティアがフラーブルイたちへ向けて放った言葉のことだ。
その言葉を音だけ拾えば次のようになる。
「わ」ーなにそのへりくつ。
「が」んこにゆうしゃってなのりつづけていたのはまじでこうやってむじつのにんげんをころしてまわるためのめんざいふだったってわけ。
「て」をたたきたいくらいだわ。
「き」ょうじんすぎる。
「す」ごいわ。
「べ」んめいもうけつけるきないんでしょ。
「て」ばなしでほめてあげるわ。
「めっ」ちゃめまいがするほどたまんないわね。
「せ」なかにおかんがはしるほどであーもーそこまでいっちゃってるさつじんしゃだとはさすがにきづかなかったわ。
「よ」。
これの行頭だけを拾って並べればこのようになる。
――わがてきすべてめっせよ。
――我が敵すべて滅せよ。
勇者の剣に施されているシジル魔術だ。
言葉の行頭だけを使ってシジル魔術を護符という守りの形から攻撃するための力の発現へと変換するための詠唱術の一つだ。
しかし。
「どうしてそのことを知っているの!?」
見ていたわけでもないのにヴォルケイノーが先ほどミーティアが使った魔術魔法――シジル魔術を応用した行頭詠唱術をおこなったことを知っているのはどうしてなのか。身を乗り出すようにして問い質すミーティアに対してヴォルケイノーは軽く肩をすくめた。
「おまえは地の精と草の精は使役できたのに風の精は使えないのか? 風を使えば情報などすぐに集まるだろうに」
そのうえ大木の裏に潜む敵の存在も見落とすことはなかっただろうと言われたミーティアは羞恥で赤面した。
「そんなことまで知ってるの!?」
あたりまえだという顔をするヴォルケイノーからミーティアは視線を逸らせた。
(こんなやつに恥をさらさないといけないなんて)
そう思いつつもミーティアは口を開いた。
「……風の精はまだ使役できないのよ」
形もなく存在もあやふやな風。どうにも扱いが難しく、ミーティアは未だに風の精と触れあえたことがない。もちろん風自体は当たり前に感じているのだが、ただ空気が流れているということしかとらえられないでいた。
「そうか」
一言だけ返答したヴォルケイノーは腕を組んでなにかを考え込んでいるような顔をした。やがて腕をほどいた彼はムスティスラフへと顔を向けた。
「スティフ」
「この者のことでしょうか」
「そうだ。魔術魔法と武術。特にこの二つを重点的に鍛えてやってくれ。冬が来るまでにできるだけ多くのことを」
ムスティスラフはパナギアへ指先をあてて微笑んだ。
「承りましょう。得手に帆を揚げるものなどいくらでもおります。ヴォル殿のご要望にじゅうぶんお応えできるでしょう」
「頼んだぞ」
総主教に対してこの態度。ヴォルケイノーは相変わらず態度がでかい。
ミーティアはそっとため息をこぼした。
「ところでヴォルはここでなにをしているの? あなたがいるならわざわざルキさんが手紙を書く必要なんかなかったじゃない」
話が途切れたところを見計らってミーティアが口をはさめば、ヴォルケイノーは鼻で嗤った。
「あの状態でおまえと俺が一緒に出掛けるなどあり得ると思うのか? そもそもおまえがそれを了承するとは思えないが」
なかなか痛いところをついてくるものだ。さすがはヴォルケイノー。ミーティアは自分から話題を振っておきながら己が気まずい思いをするという実に情けない事態へと追い込まれてしまった。
ばつが悪そうに視線をさまよわせていると、ようやく扉がノックされて呼び出しに応じた人物がやってきた。
ミーティアは思わずバカ正直にほっとした表情を浮かべてしまい、ヴォルケイノーとムスティスラフに笑われてしまった。ムスティスラフのほうはほほえましいという笑いを。ヴォルケイノーからは当然あきれた笑いをであったが。
細かい説明がムスティスラフ総主教から使いのものへと告げられるあいだ、ミーティアはその場に控えていた。
自分がどのような待遇を得られるのか。ここできちんと把握しておく必要がある。おおむね話し合ったことや一般的な客人の遇しかたと同じように思っていればいいようだ。
ただしヴォルケイノーが要請した魔術魔法と武術の鍛練等はおこなわなくてはならないようだが。また鍛練の一環として芝生の手入れなどの手伝いもすることになるようだ。
ムスティスラフとヴォルケイノーと使いの者の前でそれらに同意したことを誓約させられる。教会内部においてそれは書面にサインしたことと同意だ。ほかになにかあればその都度話し合って取り決めをおこなうことを最終的に合意していったんお開きとなった。これからミーティアが生活することになる部屋へと案内される。身につける衣服もヴォルケイノーと同じように修道服を支給されることになっているのでそこで着替えなくてはならないだろう。今のままだと目立ちすぎるのでミーティアとしてもそれはありがたかった。
ミーティアはムスティスラフに最後にもう一度一礼してからその地下室をあとにした。
使いの者の案内に従って廊下を歩くミーティア。その後ろをあたりまえのようについてくるヴォルケイノー。
「どうしてついてくるの? ムスティスラフ総主教についていなくてもいいの?」
「もう用は済んだ。俺の部屋に戻るだけだ」
そういわれてはミーティアにはなにも返せない。なにか口にすれば自意識過剰と言われるだけだろう。
「そう」
一言そう返したミーティアは顔を前に戻してあとは位置を把握することに努めながら無言で歩いた。
ミーティアに与えられた客室はヴォルケイノーの隣だった。




