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19.俺様勇者

 来た方向とは反対側へ歩いていくミーティアを修道士が視線で追ってきていることに気づいたが知らないふりをした。一切振り返ることなくただあたりの景色を眺めるようにしながら歩く。

 それとは別に追いかけてくる足音も二人分近づいて来ていたが、それも気づかないふりをした。けれどもある程度距離がひらいた時点で消えていった修道士の視線と違い、こちらはしつこかった。

「おい。おいっ、ちょっと待てよ」

 だんだん声が大きくなったかと思えば肩を掴まれて無理やり足止めされた。

 乱暴に肩を掴まれたミーティアは痛みに顔をしかめてうめき声をもらした。

「待てって言ってるだろう!」

 そんなミーティアの様子に気づかずに声を荒げて一方的に責めてくるのは、思ったとおり自称勇者の色白の青年だった。

 掴んだ肩を引いて無理やり向き合わされたミーティアはその青年をねめつけた。

「痛いじゃないの! 見ず知らずの人間にいきなり乱暴することがあなたの流儀なのっ」

「なっ」

 色白な顔を真っ赤に染めた青年は更に力を込めて肩を掴んできた。

「い……ッツ」

 あまりの痛さにミーティアは息をつめた。

「おいっ、フラーブルイ! なにやってんだ、手を離せ」

 そこへ連れの青年が追いついてきてようやくフラーブルイと呼ばれた色白の青年の手を外してもらうことができた。ミーティアは未だに残る痛みとしびれを散らすように掴まれていた肩を何度も撫でさすった。

 そんなミーティアを見た連れの青年は眉を曇らせた。

「連れが乱暴をして申し訳ない。僕の名前はミチオール。連れはフラーブルイ。聞こえていたと思うけどフラーブルイが勇者で、僕は魔法剣士だ。簡単な治癒魔法も使えるからさしつかえなければ痛めた肩を診せてもらえないだろうか」

 丁寧な物言いではあったがフラーブルイほどではないにしてもミチオールとてじゅうぶん押しが強い。勇者とその連れだと言えば皆が警戒を解くと思っているのか、ミーティアの返事を聞く前に彼の手はすでに肩へとのびていた。

 ミーティアはすっと後退しながら体を軽く反らしてその手を避けた。

「え?」

 不思議そうな顔をするミチオール。その顔は避けられることをまったく予想していなかったと如実に物語っていた。

「どうしたの? 痛くはしないよ?」

 そういってさらにのばしてきた手をまたもやミーティアは数歩後ろに下がることで避けた。

「おい!」

 そのことに気分を害したのは当のミチオールではなくフラーブルイだった。

「せっかくミチオールが手当てをしてやるといってるのになぜ逃げる。おまえは俺たちがなにかするとでも思っているのか、失礼だぞ!」

「失礼なのはそちらでしょう」

 冷たく言い放ったミーティアは回れ右をしてさっさとここから立ち去ろうとした。

「なんだと!」

 いきりたってまたもやミーティアの肩に掴みかかってきたフラーブルイの手を今度はすんでのところで払いのけた。

「なにをする!」

 口からつばきを飛ばすようにして叫ぶフラーブルイをミーティアは冷ややかな瞳で睥睨した。

「だからそれはこちらのせりふだと言っているでしょう。さっきも言ったけど、初対面の相手に対していきなり肩に掴みかかることがあなたたちの流儀なの?」

 いったん口を閉じて二人を見返せば、眉間に皺を寄せていた。

「それはおまえが立ち止まらないからだろう」

 怒鳴ることはやめたもののなおも自分は悪くはないと主張するフラーブルイに対して、ミーティアは首を反らして背の高い彼らを見上げた状態からさらに顎をあげることで見下すような視線を向けた。

 フラーブルイとミチオールの眉間の皺がさらに深く刻まれる。

 彼らがなにかを言い出す前にミーティアが先に言葉を発した。

「じゃああなたならいきなり見ず知らずの相手に命令されて従えるの? さっきは修道士相手にさんざん食ってかかっていたあなたが? 初対面の私に対していきなり暴力をふるったあなたが? 勇者だといえばだれになにをしても許されるとでも思っているの? 勇者ってのは暴漢や無礼の免罪符じゃないわよ」

 この言葉に対してなにも言い返してはこなかったが、かみしめている歯からはきしむ音が聞こえてきそうなほどだった。

「今までどれほど甘やかされてきたのか知らないけど、許可を得ずにいきなり人の体に触ろうとする人がいたら避けたり正当防衛で攻撃するのは当然でしょう。呼んで立ち止まらなかったから力ずくで止めようとしたですって? いったいどんな荒くれ者よ。勇者が聞いてあきれるわ」

 彼ら二人が握る拳が怒りでか震えていた。

 一瞬殴りかかってくるかと思ったミーティアだったが、さすがにそこは自重したようだ。

 やればできるじゃないかとミーティアは思ったがそこまでは口にしなかった。ただし相手にはしっかり伝わってしまったようだが。相変わらず考えていることが顔に出てしまうミーティアだった。

 睨み付けてくる相手に対してミーティアは軽く肩をすくめた。

「とにかくあの修道士に仲間だと思われたくないの。ここではこれ以上話しかけないでちょうだい。話があるというのなら……」

 ミーティアはロシア正教会の象徴ともいえるコローメンスコエの主の昇天教会とも呼ばれているボズネセーニエ教会へ目をやった。

「これから周囲を回って見るつもりだから、あなたたちは反対側から回ってきてちょうだい」

 それだけ言うとミーティアは返事も聞かずに歩き始めた。

 実際のところ彼らがどういう行動をとるかには興味なかった。ミーティアには彼らに用事などないのだ。なぜ呼び止められたのかすら見当がつかない。

 来なければ来ないでミーティアにとっては都合がよかったが、さほど時間がたたずに「逃げるなよ」というフラーブルイの声が聞こえてきた。

 どうあってもまた顔を会わせないといけないらしい。

 歩きながらちらと肩越しに振り返ると、二人の青年はすでに背を向けて反対方向へと歩いていっていた。

 小さくため息をついてミーティアはまた周囲を眺めまわした。

 コローメンスコエは高台になっている。周囲にある木々は植樹されたトーポリが中心だ。今は緑の葉をいっぱい茂らせているが、これが六月ころであれば『夏の雪』の異名を持つトーポリの種子の綿毛が風の吹くままタンポポの綿毛のように――強風が吹けば吹雪のように散っていく。まさに雪のように見えるそれもすでに時期が過ぎて今は青葉しか残っていない。もっともそれももうまもなく紅葉が始まることだろう。しかしここコローメンスコエで緑といえばむしろ敷地内全面に植えられている芝だろう。青々と茂っている芝生はこのご時世にきれいに刈られていてこの教会の豊かさと権威を象徴しているようだ。芝が敷き詰められた中に建つ白いボズネセーニエ教会はいっそう美しく見えた。

 ぐるりと外周を巡って反対側が見えてくるとミーティアはそこでいったん足を止める。高台の近くを流れる川を境にその向こうが無残な廃墟と化していた。

「こんなところまで……」

 神災による津波に呑み込まれたのだろう。コローメンスコエのすぐ手前まで森が広がり、あったはずの街並みが見当たらない。きわどいところで難を逃れたロシア正教会。修道士たちがこここそ選ばれた地だと錯覚するのも無理はないと思えた。

 人は弱い。

 だからなにかにすがりつく。

 その最たるものが宗教なのだろう。

 神災から十六年。多いときにはいったいどれほどの人間がこの教会へ逃げ込んできたのだろうか。

 その中から――もしくは新たに集めて――そうして選んだ十四万四千人。

 高台の縁まで行ったミーティアはしばらくそこで立ち尽くして神災の爪痕が残るそのずっとずっと先を見つめていた。

 本来であればリベルトのところを出たあとは北上して北磁極を目指すつもりだった。というよりリベルトのところへ寄らなくてももともと北磁極を目指していた。それが。

(北氷洋を挟んだ反対側に移動させられることになるなんて思ってもみなかったわ)

 アラスカとロシアが地続きになったことによって北アメリカ大陸とユーラシア大陸はひとつの北界大陸と呼ばれるようになったが、島々はすでに海に沈むか大陸の一部になるかして存在していないことを除けばまだ北半球はさほど大きな大陸移動は起きていない。いまだ北氷洋は存在してカナダとロシアを隔てている。当然北磁極も北極点も北氷洋の海域に存在している。けれど北磁極に関してはもともと年々カナダからロシアへ向けて移動していたため今ではどちらかというとロシア側から向かったほうが近いのかもしれないが。

 放っておけばどこまでも鬱々と考えてしまう案件を目を閉じて頭を振ることで一時的に追い払うと、ミーティアはうつむいて息を吐き出した。差し迫る現実に対処するためざっとあたりを見まわして教会から死角になりそうな場所を探した。

 そうして川のそばにあった公園に入り込んでミーティアは食事の支度を始めた。きっとここへやってくるであろう彼らの分も用意するべきか。一瞬悩んだミーティアだったが彼らの仕打ちを思い出して自分のものだけ手際よく作って食べ終えた。

 そしてその行動は正しかったのだとのちに知ることとなる。


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