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10.メメント・モリ

 いくつもの月日が流れるなかでミーティアは剣の扱いと馬の乗り方を覚えた。もちろん最低限必要な基礎だけではあったが。

「まあこんなもんだろう。あとは実戦の中で自分で工夫しながら腕を磨いていくしかないな」

 ようやくマルキリスから及第をもらえたミーティアはほっとして頬を緩めた。

 だがヴォルケイノーはこんなときでも念を押すことを忘れなかった。

「ようやく基礎が身についただけだということを忘れるなよ。型を忘れないように毎日の練習も欠かさないことだ」

「ヴォルって最後まで口うるさいわね」

 ミーティアの反論にヴォルケイノーは眉を寄せた。

「最後まで? それはどういうことだ」

 だって、とミーティアは小首をかしげた。おかしなことは何も言っていないはずだ。

 プレーリーでの食料確保のための労働。ここでの剣技と乗馬の習得。それだけで半年以上の時間のロスだ。だからいいかげん出発しないといけないだろう。

「早く魔王のいるところまで行かないと。時間がなくなってしまうわ」

 今のところ大きな被害があったという噂は耳にはしなかったものの、この状態がいつまでも続くとは限らない。そもそも勇者が成長するのをただ黙って待つような魔王などどこにもいないだろう。

 いくら魔王が勇者に倒される存在であると神に定められているとしても。

(でも……なんでそんなことをさせるんだろう……?)

 ミーティアはそのことに初めて気づいた。

 これまではただ勇者になることを決定づけられて唯々諾々と従ってきただけにすぎなかった。

 それしかない。なるしかない。

 生まれたときからそうとしか育てられなければ疑問に思う機会すらなかったのは当たり前だともいえる。それ以外の道があることを知らないのだから。

 けれど村を出て少しずつ他人――この場合は村人以外の人というべきか――との出会いが増えて色々な考え方に触れていけばおのずと思考の幅も広がってくる。

(勇者が魔王を倒さなければならない理由っていったい……)

 そんなことをぼんやりと考えていたミーティアを現実に引き戻したのはヴォルケイノーだった。

「どうしてそう思うんだ?」

「へ? 何のこと?」

 いきなりのことだったのでミーティアにはどれをさしているのかわからなかった。それでも聞き返すかたわら自分でも発言を思い返してヴォルケイノーの質問の意味を探ろうとする。

(たしか時間がないって話をしていたのよね)

 そうだったわとミーティアが心の中で何度もうなずいていると、ヴォルケイノーから訂正が入った。

「それじゃない。なぜ勇者が魔王を倒さなければならないのかについて考えていただろう」

 そのものずばりを言い当てられてミーティアは驚愕した。

「どうしてわかったの……?」

 さすがにこれは顔にでているとかいうレベルの話ではないのではなかろうか。

 たしかにミーティアは考えていることがそのまま顔にでやすい。昔から何度も指摘されたことだしある程度は自覚もある。ただわかっていてもうまくコントロールできないだけで。

 けれど今回は頭の中でつらつらと考えたことがすべて把握されているようなのだ。さすがにおかしいと思わずにはいられない。

「もしかしてヴォルは私の考えていることが読めるの?」

 ミーティアはじっとヴォルケイノーの目を見つめた。

 たいがい即答しているヴォルケイノーにしては珍しく、このときは無言で同じようにミーティアを見返してきた。

 やがてヴォルケイノーはあきらめたように息を吐き出した。

「今回は術を使わせてもらった」

「……術?」

 思考を読まれているだろうということは考えていたミーティアだったが、あからさまに術を使ったと言われて思わず不快感を覚えてしまった。眉間にくっきりと皺が刻まれる。

「ヴォルは魔法が使えるの? それにそうまでする必要はあるの?」

「ミアが勇者である以上その動向を探られることからは逃れられないと思ったほうがいい」

「それはヴォル以外にもいるってこと?」

 うなずくヴォルケイノーにミーティアは問いを重ねた。

「どうしてそこまでするの? ヴォルもだけど、ほかにもいるっていうその人たちはなんのためにそんなことをするの?」

「わからないか?」

 けれども真顔でそう聞き返されてしまったミーティアは困ったように眉尻を下げた。

 勇者だから探られるのだという。ならば勇者を探ることで益がもたらされる存在とはなんだろう。

 相手が魔のものであればまだわからなくはない。自分たちの王である魔王を倒そうとしているものの動向を探るのは当たり前だと思うからだ。

 だが相手は人間。

(……私が逃げないように見張っているということかしら?)

「まあそんなところだろうな」

「ヴォル……いつまでも人の考えを読まないでよ」

「ミアがいつまでも黙っているからだろう」

「考える時間くらいちょうだいよ」

 頬を膨らませてミーティアは瞳に険を宿らせる。けれどもそんなミーティアを前にしてもヴォルケイノーはいっかな態度を変えなかった。それどころかミーティアへ助言とも暴言とも判断のつかない言葉を投げかけてきた。

「時間なら与えている。そういうことではなくミアは時間がかかりすぎると言っているんだ。思考速度は戦術を練りあげる早さに直結している。どうすれば敵を倒せるのかを瞬時に判断できるようにならないとやられるぞ」

「やられる……って誰に?」

 ヴォルケイノーはあきれたように目を細めた。

「魔王に決まっているだろう」

 この言葉にミーティアは大きく目を見開いた。

「え? 勇者が魔王に殺されることはないんでしょう? だってそうじゃなかったら人間でしかない勇者が魔王を倒すなんてことはできないんだし、できなかったら黙示録が嘘をついたことになるもの」

「莫迦かおまえは。黙示録にはそんなことは書かれていないし、勇者だからといって殺されないなんてことはない。魔王どころか下級の魔のものにも人間にも、ほかの人間と同じように殺すことはできるさ」

 ミーティアは震え始めた両手を口元にあてて小さくつぶやいた。

「うそ……」

「嘘ではない」

 ヴォルケイノーは腕を組みながら背後の樹にもたれかかった。

「おまえが言っている勇者とは魔王を倒そうとするものが名乗る役名のことだろう。職種みたいなものでしかないのだからあたりまえに死ぬことも怪我をすることも病気になることもある。ミアもこれまで一度も怪我や病気をしたことがないなんてことはなかっただろう」

「え? ないけど……」

「…………それは本当のことか?」

「ええ。村の大人たちがみんな言ってたもの。病気も怪我もしたことがないって。さすが未来の勇者だ、って」

「過保護に育てられ……ああ、いや、いい」

 ヴォルケイノーが言いさしたのはミーティアが村にいたころの生活状況を思いだしたからだ。彼女は村人たちに野宿をしながら旅を続けても大丈夫なようにと体を鍛えられていたのだ。その状態で怪我も病気もまったくしなかったというのであれば勘違いしても不思議はない。

 しかし死なないなどといった誤解を持ったままでいることは命を無駄に縮めることにもつながる。

 早々に正しい知識へ修正するべきとはミーティアとヴォルケイノーの双方が思ったことだった。

 ようするに、とヴォルケイノーが口を開く。

「さっきも言ったが勇者とは役名――肩書でしかない。その身はただの人であり、そうである以上怪我もすれば病気にもなる。もちろん死ぬことさえあたりまえのこととしてある。そこのところを忘れないことだ」

 そこまで言ってため息をついたヴォルケイノーはその拍子にこぼれ落ちてきた前髪を掻きあげながら「それから」と続けた。

「勇者が魔王を倒すことがすでに決定事項のように思っているようだがそれは間違いだ。黙示録にはそんな記述はどこにもない。なぜそんな風に思ったんだ? その根拠は?」

「どうしてって……」

 ミーティアにはなぜこんなことを訊かれているのかわからなかった。彼女にとっては村でそう教わってきたというだけにすぎない。

 そのことをありのままに告げれば、ヴォルケイノーは額に指をあてて閉じた目を掌で隠すようにしながら嘆息した。


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