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イチゴ味 -FRUIT CANDY-

作者: 穂織





噛みしめると


小さくなった球体は


口の中で砕ける。




甘ったるい


本物とは懸け離れた、


人工的で嘘くさい


イチゴの味。



そのうちの


欠けた飴の先端が


舌をきって、


鉄分の風味が混ざる。




ちょっと痛くて


少しずつ感覚がなくなって


味もなくなって


違和感だけ残る。




おいしいから


食べていたはずなのに


どうしてほどほどで


やめなかったんだろう。




頭の中には自然と


透き通った赤色の


イメージが脳裏に浮かぶ。




目の前の綺麗な顔に


のっぺりついた血の色は


イチゴの飴によく似ている。












大学も二年生になり

一人暮らしも慣れてきた。


穏やかに日々を過ごしたいと、

全て効率良く、

毎日同じように過ごすことが最優先。


少しでも自分の中で

生活のリズムが崩れると

この平穏にこなしている生活が

壊れてしまう気がする。


友好関係も

孤立しない程度に最小限に、

サークルも所属せず、

バイト先に居る事が多かった。

もう一年間、無遅刻無欠席で

人間関係も当たり障りなく過ごした。






「繭ちゃんって

肌の色白くて羨ましいなぁ。」



二ヶ月だけ先に入った、

奈々美さんは

同じ大学の一つ先輩。


いつも白やベージュのニットに

軽やかな素材のスカートを

程よくカジュアルにあわせていて、

茶色いくせ毛が揺れていた。



レンタルビデオ屋という性質上、

男性が多い職場。

夜シフトに入る女性スタッフは

二人だけだったが、

女性らしい

奈々美さんは人気があった。



「ありがとうございます。

奈々美さんの肌も白いし

つるつるで羨ましいです。」



特に肌のことを

気にした事はなかったが、

噂好きで皆に愛されている

奈々美さんに嫌われることは

職場に居られなくなることに等しかった。



「嘘くさい。

繭ちゃん本当に思ってる?」











溜め息をつきながら

更衣室の扉を開けると、

同い年のスタッフの一人、

一樹君が出口でスマートフォンを

弄りながら立っている。



「繭ちゃん、一緒にかえろ。」


「…奈々美さん。

待たなくていいかな。」




一樹君は邦画のドラマに

詳しい男の子で

背が高く服装はシンプルだが

すらっとした体系に

良く似合っている。


物静かだが

女性への細やかな気配りが

行き届いていて隙がない。


奈々美さんは

男性スタッフの中でも

とりわけ一樹君がお気に入りで、

周りにも明らかだったし、

一樹君もそれに

気づいている様子だった。



「奈々美さん、関係ない。」



いこう、と手をひかれ、

強引に進みだす。


店の前で問答しているのを

他のスタッフに見られたくない

というのは建前で、

同じ時間にシフトが入ると

楽しかったし、

気になっていたのは確かだった。


これが奈々美さんにバレたら

繭の平穏な毎日が乱れる恐怖が

散らついていた。


だけど相手が一樹君だったら

全く違う意味で

明るい方向に変化していく。




そんな予感もしている。












「一樹くん、

その靴カッコいいねえ。」



奈々美さんは今日も

纏わりついてる。


返却されたDVDを

棚に戻しながら

レジの二人がみえた。


奈々美さんがこちらを

睨みながら微笑む。


一瞬手を止めたが

何もなかったかのように

作業を続けた。



「いたっ…。」



指先からじわじわと

血が溢れてきた。


DVDが入った籠の中に

誰のいたずらだろうか、

カッターの刃が

紛れていた。


思わず指を舐めて

溢れる血を処理する。



鉄の味は不味い。



いつの間にか

近くにきていた

一樹君は繭の手をとり、

血を舐めた。


冷たい指先に

一樹君の暖かい舌の感覚が

伝わってきて生々しい。



「…不味い。」



一樹君は

繭の頭をそっと撫でて

かわいそうに、と

呟いて去っていった。











「そうだ、繭ちゃん。

今度家に来ないかな。

服とかいらないのあげる。」



絆創膏を指に

巻いていると

奈々美さんが突如、

提案してきた。


正直、奈々美さんの服に

興味はなかったし、

自分が見窄らしい格好だと

言われているようで苛つく。


今回のカッターの刃も

心の何処かで奈々美さんの

仕業かと疑っている。


行きたくなかったが、

嫌われている状況を

何とかしないと

此処には居られない気がした。



「行きたいです。

是非。」


「やったぁ。

じゃさ、一樹くんオススメの

この映画借りて観ようよ。」


「いいですね。」



話していると

絆創膏のバッド部分に

血液が滲んできた。



「大丈夫?痛くない?

こんないたずら誰だろう。

本当にひどいと思う。

信じられない。


でも…繭ちゃんの血って

栄養なさそうだよね。


すごく細いし、

スレンダーだからこそなんだけど。」











繭の怪我した指を

一樹君はぎゅっと

握って歩いて帰る。



「締め付けると、

逆に麻痺するよ。

痛み。」



あの日以来

一樹君とは一緒に

居る事が多くなった。


職場の人に

ばれている様子はないが、

今日の事があって、

ヒヤリとしている。


じんじんする痛みと

一樹君の握力を交互に感じる。



「今日も買ったの?」


「ん。」



イチゴ味の飴を二人で

口に放り込む。



「繭ちゃん

これ好きだよね。

不味いのに。」


「うん。」


「どちらかといえば、

奈々美さんぽいけど。

嘘っぽいとことか。」



明らかな悪口。



だけど好きな味まで

奈々美さんにとられた繭は

自分が可哀想だと思った。











最寄りの駅に五分前に

着くと奈々美さんは

既に時計台の前で待っていた。

風が吹いて奈々美さんから

女の子らしいフローラルの

香りが鼻をつく。


十分程歩いて

新しいアパートの

四階まであがる。


道中は奈々美さんの

最近みたテレビや

買った洋服の話を

一方的に聞いていた。



「遠慮しないで

くつろいで。」



奈々美さんは

鍵をしめて電気を点けた。


ピンクとナチュラルカラーで

統一された清潔感のある部屋。

奈々美さんと同じ花の匂い。

起毛のラグの上に

テーブルが置いてあり、

そばに腰掛ける。


ぬいぐるみや

女性らしい瓶の化粧品が

飾ってあり空間が

奈々美さんを表しているようだ。



「お茶淹れるね。」



テーブルにあった

ファッション雑誌を

めくって待っていると

ダイエット特集のページで

角が折れている。

奈々美さんも細いのになあと

文字を追いかけた。






ガンっ



という衝撃と共に、

頭に激痛が走る。


驚いて一瞬だけ

なくなった痛みは

じんじんと熱をもって

リズムをもって戻ってきた。



後頭部がずきずきして

吐き気がする。




「い…たい…。」



「ごめんね…。

ごめんね…。

ごめん…なさい…。」




奈々美さんは泣きなら

繭にむかって

もう一度バットを振り落とした。











「繭ちゃん…。

可愛い…。」



口の中に鉄の味が広がる。



頭がぼんやりとした状態で

目を覚ますと奈々美さんの部屋に

一樹君が居た。


私の頭を撫でながら

耳元で囁く。


起き上がろうとしたが

手足にガムテープが巻かれていて

上手くいかない。



「いっ…」



怖くて声が出ない。

金縛りにあったような気分だ。

涙が溢れてきて視界がぼやける。

一樹君はいつもと変わらない

落ち着いた様子で

私の頭を撫で続ける。


奈々美さんは少し離れた

部屋の隅で長い髪を垂らして、

項垂れている。

泣いているのか震えていた。



「奈々美さん、きて。」



ゆっくりと立ち上がり、

ふらふらしながら

奈々美さんはこっちへ来る。


一樹君は膝に私の頭をのせたまま

奈々美さんの腕を掴み、

ニットのカーディガンを

捲り上げた。



奈々美さんの腕には

無数の傷跡が

なまなましく残っていて、

一樹君は躊躇なく

スパッと奈々美さんの

腕をカッターで切った。


傷口から赤い血が

じわじわ溢れてくる。



「奈々美さん…。

綺麗…。生きてる。」



一樹君は奈々美さんの

白い腕に口をつけて

一滴も床に零さずに

血を舐める。



「不味い…。」



美味しくないのに

どうしてそんなことするの。

そう思ってるのに何も言えない。


奈々美さんも泣きながら

微笑んでいる。






一樹君は今度は

繭の袖を手繰って、

細い腕を出す。



「いや…。

痛いのいや…。」



両腕を纏められた状態で

振り回してみるけど、

一樹君の細い腕は力強い。


片手で押さえられ、

肉に刃が入る感覚に

生理的な嫌悪感を抱く。

気持ち悪い。

すぅっとした感覚と共に

裂けるような痛みが来る。



一樹君はしばらく

血を観察して、

垂れている部分から舐める。



「イチゴの味はしないか。」



生温かくて気持ち悪い

舌の感覚が腕に残る。

ずきずきと痛む傷口。


一樹君の肌に

血がのっぺりとついて

綺麗だ。


殴られて

じんじんとした痛みと

泣いて麻痺した頭。


繭には和樹君が

可愛く思えて、

愛しさすら感じていた。



きっとどうかしていると。

思いながらも

一樹君と切り離せない

繋がりを得たこと。


奈々美さんより

彼の近くに居ることの

優越感。


奈々美さんは

腕の血を抑えながら

こちらを睨みつけてる。


笑みがこぼれる。



「一樹君。

私のことも褒めて」



欲望が口をつく。

一樹君は細い目を見開いて

目を真ん丸にさせる。


欲望が口をつく。

一樹君は細い目を見開いて

目を真ん丸にさせる。


繭は自分が何を言ってるか

あまりよくわからない。




一樹君は繭に

鉄の味がする

軽い接吻をした後、

ぽつりと呟いた。






「思ってたより、

嘘くさい。」

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