王子は魔女を駆逐する
リクエスト頂いたので、彼等のその後です。
作者は警察等に詳しくないのでおかしい部分も有るとは思いますがご了承ください。
あ〜、可愛いなぁ……。
アパートの狭いキッチンで一生懸命に料理をしているヒロキの後ろ姿をソファーにだらしなく凭れた姿勢で眺めながらニヤニヤしてしまう。
どうしよう、うちの嫁が可愛過ぎて死にそうだ、なんてアホな事を考えてしまう。
「詩織、お腹空いたでしょ?もうちょっと待ってね!」
青いデニム地のエプロンをしたヒロキが私の視線に気が付いたのか、フライ返し片手に振り返る。
「大丈夫だよ。ほら、火傷しないようにちゃんと前向きな」
「は〜い!」
素直なヒロキは私の言葉に前を向くと料理の続きをする。
悪い魔女に魔法で猫にされていたヒロキは王子様の愛の力で人間に戻ってから花嫁修行を頑張っている。
不器用ながら私の為に一生懸命に頑張っている姿が可愛いのだ。
ただ、甘やかし過ぎてもいけないだろうと同じ失敗をした時には私的に楽しいお仕置きなんかもしている。
「出来たよ〜!!」
今日のメニューは豚の生姜焼きに千切り……と言うには若干太いキャベツ、冷奴に玉葱のお味噌汁、炊きたてご飯。
「美味しそうに出来たね」
嬉しそうに頬を染めて微笑むとか新妻の鏡だな!
「詩織は大変な仕事してるんだから、いっぱい食べて栄養補給しないとね!」
「ふふっ、ありがとう」
ヒロキの頭を撫でてやると気持ちよさそうに眼を細める。
「さ、冷める前に食べるか!いただきます」
少し濃い目に味付けされた生姜焼きはちょっと焦げていたが、白いご飯にぴったりで肉体労働に従事している私好みの味付けだった。
「ヒロキ、料理が大分上手になったね」
「まだまだ詩織には敵わないけど、もっと上手になるように頑張るよ!」
ご飯を頬張って笑うヒロキはマジで可愛過ぎだな。
料理を始めたばかりの頃はそりゃあもう凄い物を作っては泣きそうになってたからなぁ。
たかだか数ヵ月で良くまあ進化したもんだ。
食事を終え、片付けを二人でした後、並んでソファーに座り食後の珈琲を飲む。
至福の時間だが、今日はヒロキに話しておかなければならない事と聞きたい事がある。
「なぁ、ヒロキ……」
「なあに?」
持っていたマグカップをガラステーブルに置きながらの私の呼び掛けにヒロキが首を傾げてこっちを見てくる。
「あの女の事で話があるんだ」
「あの女って……」
ヒロキの顔が曇る。
あの件はヒロキにとって済んでしまった昔の事では無く、現在進行形で恐怖の対象となっている。
私は隣に手を伸ばし、ヒロキの頭を抱き締める。
「篠田 杏子の事だ。思い出したくも無いだろうが、私はあの女とヒロキに怪我させた馬鹿共を潰したい」
ヒロキの白く細い指が私にすがるようにぎゅっとしがみついてくる。
ヒロキの頭に頬を寄せ、頭を撫でながら話を続ける。
ヒロキに猫になる魔法をかけた悪い魔女、篠田 杏子。
何人もの身寄りの無い若い男を囲っては甘い生活を送らせ、ある日突然その生活を失いたくないなら男同士で縄張り争いをし弱い雄を淘汰せよと命じた女。
最後に勝ち残った強い雄こそが自分に相応しいと宣った女。
まあ、ゲスいとしか言い様の無い女だね。
「あの女はね、とある大臣経験もある政治家の隠し子だったよ」
篠田とヒロキが偶然街で再会したあの日から二ヶ月、色々とあの女の事を調べてみた。
篠田 杏子、38歳。
美容系の店を幾つか持っているが、そんなに経営状態が良いとは思えない。
それなのに若い男を何人も囲っての豪勢な生活。
金の出所を辿るも途中で途切れてしまう。
多分、政治家である父親から流れてきているとは思うが、調べるにはなかなかに手を出しにくい相手だ。
篠田を逮捕するとなると必ず出てくるだろう。
ただ、手が無い訳ではない。
「なぁ、ヒロキ。前に言ってたよね?あの馬鹿男共が変にハイテンションになったり急に暴れたりしてたって……」
「……うん。なんかブツブツ独り言いってたりもしてた」
薬物事案も考えられるな……。
傷害事件と併せて調べてみるか。
多分、ヒロキ以外にも怪我をした被害者はいるだろうし、明日から忙しくなるな〜。
「ヒロキ、明日からちょっと帰りが遅くなるかもしれない」
「え?」
篠田の事を話したせいか私の帰りが遅くなる事に不安そうな顔をするヒロキ。
ヒロキを拾ってから、そんなに大きな事件は起きてなかったから遅くとも十時には帰ってたからね。
でも、この先もこんな日々が続くなんて無いからね、ヒロキには早く慣れて貰わないとな。
「詩織……ちゃんと帰ってくる?遅くなるだけ?」
……うるうるの眼で上目遣いに見詰めてくるとか反則だろう……。
しかし、私だって仕事なんだからヒロキを甘やかすわけにはいかない。
いかない、が。
「……詩織?」
服をギュッと掴んで首を傾げるヒロキに敗けた……。
神様、私の意志は豆腐より軟らかいらしいです。
「ヒロキさん、明日は忙しくて晩御飯を食べに行く時間が無いと思われます。是非ともヒロキさんの愛情たっぷり弁当を差し入れして欲しいんですが……」
何故か敬語で話す私に?顔していたヒロキですが、最後まで聞くとパアッと華が開くような笑顔を見せてくれました。
「俺、お弁当作るよ!いっぱい詩織の好きな物作って持って行くよっ!」
うるうるからキラキラに瞳をシフトチェンジさせたヒロキが可愛すぎてがっつりと口唇を奪ってやった。
「んんっ、し……おりっ」
散々舌を絡め吸い上げ、ヒロキの咥内を荒らした後、仕上げに口唇をぺろりと舐めあげて離れる。
ヒロキがはふっと息を吐くのに頭を撫でる。
「さて、ちょっと早いけど明日から忙しくなりそうだし寝ようか?」
「う、うん……」
手を掴んでベッドに促す。
素直に付いてきたヒロキと一緒にセミダブルのベッドに並んで寝転ぶ。
直ぐに擦り寄ってくる暖かい身体を抱きしめ、私は襲ってくる眠気に逆らわずに身を委ねた……。
明くる朝、あの女について纏めた資料を手に目的の場所に向かう。
組織犯罪対策部のプレートの付いた扉をドンドンと乱暴に叩き、返事も無いままに扉を開け、がやがやとした部屋、顔見知りに挨拶しながら目的の人物がいる奥の机に向かう。
「川嶋、ちょっと良いかい?」
目的の人物は机の上のノートパソコンと何やら格闘していたらしく、私が声を掛けるまでこちらに一切気が付かなかった。
「あ?って、崎谷じゃねーか、わざわざどうした?」
ボサボサの髪をかきあげ、無精髭の浮いた顔で此方を見た男はどうやら此所に泊まりだったようだ。
「忙しいなら出直すけど?」
「いや。暇な時のが無いからな、今でいいぞ?」
「んじゃ悪いけど、付き合ってくれるか?」
おう、と言って腰を上げた男と、自販機等が並べられたちょっとした休憩スペースに向かう。
何人か人は居たが、皆長居する事無く飲み物を買って去って行く。
私もブラック珈琲を二本買うと一本を備え付けのソファーに座っていた川嶋に渡し、私も川嶋から少し離れて座りもう一本のプルタブを開け珈琲に口をつける。
「で?刑事課の女帝が何の用だ?」
「……女帝は止めろって」
「だって、俺が言い出しっぺじゃないしな〜。刑事課の若いのが言い出したんじゃねーか」
川嶋の言い分に眉間に皺が寄った。
女帝とは、前に私が女だと思って調子に乗った事を言ったうちの課の若いのを稽古と称してボロボロにしたり、飲み会で皆まとめて潰したりした結果、付けられたあだ名。
気に入るはずも無いな!
「ま、おふざけはこの辺にして、崎谷の本題は?」
珈琲を飲みながら川嶋が促してくる。
私は無言で篠田に関して調べた資料を渡す。
受け取った資料を読み進めるに連れ川嶋の眉間の皺が深くなる。
「……お前、なかなか危ないもんについて調べてるな」
「まあね」
「これを調べるのだってヤバイっちゃヤバイだろ」
独断でやってるからね、ヤバイと言われればしっかりヤバイ。
まだ、上司にも言ってないからね。
「政治家の先生とか絡んだら、上は良い顔しないからなぁ」
「だよね。やりにくくてしょうがない」
「だが、こんなん調べてるって事はこの件やる気か?」
「勿論。この件、薬物事案も考えられるからあんたに声を掛けたのさ」
「何か確証有りか?」
「まあ。いきなり複数人が暴れたりぶつぶつと独り言を言い出したりとかしたら怪しくない?」
「確かに可能性はあるわな。見たのは誰だ?お前の知り合いか?」
「そう。私の旦那さん」
「だ、旦那!?」
ニヤリと笑って言ったら、川嶋が面白い位に反応した。
おーおー、缶珈琲を握り潰さんばかりだねぇ!
私的にはヒロキは嫁だが、外では旦那様が相応しいんだろうしね。
「まだ入籍はしてないけどね。近いうちにする予定」
「って、お前!何処から拐ってきた!?」
……思い切り殴ったのは言うまでも無い。
うん、私は悪く無い。
「……で、お前の旦那が見たって事は……」
「そう。この女の被害者だよ。縄張り争いに敗けてぼろぼろになってる所を拾ったのさ」
殴られた頭を撫でながらの川嶋の言葉に頷いて答える。
「なんだ、拐ったんじゃなく拾ったのか……」
まだ言うか!
「……ヒロキはね、集団でリンチにあったらしい。身体に結構な傷痕も残っちゃってる」
「……そうか。診断書は取れるのか?」
「勿論。拾ったその日に渡辺先生のトコに連れてったからね」
「そりゃナイス判断だ」
飲み終わった珈琲の缶をゴミ箱に捨て、資料を持った川嶋がソファーから立ち上がった。
「ま、薬物事案なら俺達の管轄だからな、ちーっと調べてみるわ」
「頼んだ!」
「今度奢れよ〜」
どうやらこの話しに乗ってくれるらしい。
頭をガシガシと掻きながら川嶋が部屋に戻って行く。
ホント、見た目はだらしないけど仕事は出来るんだよねぇ、なんて失礼な事を思いつつ私も職場に戻る事にした。
書類仕事を片付けながら、例の件を調べているうちにあっという間に夜になった。
「あ〜、疲れた〜。お腹減った……」
夜の8時、昼食抜きも祟って空腹で机に突っ伏す。
今日は近郊にある養護施設とかに電話をしまくった。
調べてもらった所、施設を出た後に一切連絡がつかない人間が数人いた。
一概に関係しているとは思わないが、調べてみる価値はありそうだ。
ヒロキみたいな場合もあるし、大怪我を負って捨てられた場合も考えて、保護された怪我人がいないか交番と病院もあたらないといけないな……。
てか、ここまできたら一人で調べるのも限界か……。
上司に報告して人員割いてもらわんと……。
「崎谷、どうした?腹でも減って動けんのか?」
うだうだと突っ伏したまま考えていたら先輩刑事である佐伯さんに声を掛けられた。
「……疲れと空腹が限界で〜す」
「ぶはっ、昼飯も食わないで何か動いてたからなぁ、腹も空くわな」
声に悲愴感が出てたらしく、佐伯さんが笑う。
「くっくっ、じゃあ、飯でも食いに行くか?それとも出前にするか?」
「あ〜、魅力的なお誘いなんですが……」
「あの〜、崎谷さん居ますか〜?」
佐伯さんのお誘いに返事をしようとした時、部屋の入り口から女の人の声で名前を呼ばれた。
「は〜い。ここに居るよ」
起き上がり手を振って合図すると、制服姿の女の人が寄って来る。
「ご家族の方がいらしてますよ。一階のロビーでお待ちです」
「ありがと!」
ヒロキが約束通りにお弁当を持って来てくれたんだろう。
こんな殺伐とした場所に可愛いヒロキを待たせる訳にはいかんね、急いで行かねば!
いそいそとヒロキの元に向かおうとしたら後ろから襟首を掴まれ止められた。
「ぐえっ、ちょっ、佐伯さん何するんですか!?」
「お前今一人暮らしだろ?両親こっち来てんのか?」
手を振り払って文句を言うがするっとスルーされた。
「両親じゃないですよ。私の旦那さんです。入籍はまだですが……」
「はあっ!?旦那だと!?何だ!?どこから男拐ってきた!?」
……おい。
先輩、あんたもか。
「ヒロキ、お待たせ!」
「詩織!」
一階のロビーのソファーで所在無さげに座っているヒロキに声を掛けると、不安そうだった顔に安堵が広がった。
超可愛い……。
「お弁当、詩織の好きな物いっぱい作って持ってきたよ!」
お弁当が入っていると思われる大きな袋を掲げて、ヒロキが笑う。
あ〜、ここが職場じゃなければ抱き締めたい。
いや、最悪人目が無ければ……。
横をチロリと見ると目を真ん丸にした佐伯さん。
私の旦那をどうしても見たいと付いてきたのだ。
「あ、あの、詩織?」
ヒロキも私の視線に隣の佐伯さんに気が付いて私を不安そうに見る。
「ヒロキ、こちらは私の先輩で佐伯さん」
「あっ、と、さ、崎谷 ヒロキです」
「崎谷?」
ヒロキに佐伯さんを紹介すると、慌てて自己紹介する。
佐伯さんはヒロキが崎谷と名乗ったのに首を傾げた。
……おっさんが首を傾げても可愛くないな。
「近々、私に婿入りしますからね。今から崎谷って名乗ってもいいでしょう?」
ヒロキの隣に立ち、頭を撫でながら佐伯さんに言う。
私のだっていう証明にもなるしな。
「は〜、まあ良いけどな。ホント、独占欲強いなお前は」
付き合いの長い佐伯さんには私の心の声が聞こえたらしく苦笑された。
「はじめまして、ヒロキ君。随分と若そうだけど、まさか未成年って事は無いよな?」
「えっと、二十歳です」
「超可愛いでしょ?」
ニヤリと笑って言うと呆れた溜め息を吐かれた。
どうやら佐伯さんはヒロキの年齢も気になっていたらしい。
いや、私も一応刑事さんなんだから、未成年には手を出しませんて。
「ヒロキ君は崎谷にお弁当を作ってきたの?」
「は、はい。昨日約束したから」
「ヒロキ、あっちの部屋で食べよう。勿論ヒロキの分もあるんでしょ?」
「うん!」
ヒロキを連れて空いている部屋に向かうと佐伯さんまで付いて来た。
「何です?佐伯さん」
「俺もヒロキ君の手作り弁当食いたい」
「………」
私の癒しの時間を邪魔する気ですと?
拒否しようかと思ったが、ある意味良いチャンスかと考え直す。
「ヒロキ、もう一人増えても大丈夫?」
「お握り、いっぱい作ったから大丈夫かなぁ?」
ま、足りなかったら佐伯さんにコンビニまで走ってもらうか。
先輩だろうがヒロキのご飯を食べさせるんだから、働くとこは働いて貰わないと……色々と。
温かいお茶を水筒に入れて持って来てくれる辺りマジで出来た嫁です。
紙コップに紙皿、割り箸と次々と大きな袋から出てくる。
お弁当はお重なんて家に無いからいくつものタッパに詰めてきたらしい。
アルミホイルに包まれたお握りが十個。
……確かに二人には多いな。
「こんなにたくさん、作るの大変だったろ?」
「お昼過ぎから作ってさっきまでかかった〜」
長机に並んで座り、ヒロキの頭を撫でて労う。
佐伯さんは私の対面に椅子を持って来て座り、ヒロキの手作り弁当を涎を垂らさんばかりに見ている。
「いただきます!」
凄い勢いでお弁当が減っていく。
昼から頑張っていたヒロキもお腹が空いていたらしい。
佐伯さんも大きい口でがっついている。
「ヒロキ、唐揚げ上手に揚がってるね。玉子焼きも焦げずに出来てるし」
「うん!詩織、好きだから頑張ったんだ」
どや顔のヒロキにキスしたいが、邪魔者がいるから我慢する。
大量にあったお握りもおかずも残らず三人のお腹に納まった。
食後のお茶に満足の溜め息が出る。
「ヒロキ、ご馳走様。凄く美味しかったよ」
「ああ。ヒロキ君、料理上手だな!」
「お粗末さまでした!」
ヒロキが空になったタッパを嬉しそうに片付ける。
その後、仕事の邪魔にならないようにと帰って行くヒロキを見送り、佐伯さんと二人になった時、話を切り出す事にした。
「佐伯さん、私の可愛いヒロキのお弁当は美味しかったですか?」
「ん?お握りが歪だったが、十分に旨かったぞ?」
私の質問の意図に気付かない佐伯さんが疑問系で答える。
「じゃあ、美味しいお弁当を食べた分、私の為に働いて頂きたいんですよね〜」
「!?だからかっ!俺が弁当食いたいって言った時にあっさり頷いたから変だとは思ったが、それが狙いだったな!?」
勿論です。
そうでもなければ何でヒロキの愛妻弁当をおっさんに食べさせなきゃならんのだ。
職場の私のデスクに寄った後、朝に川嶋と珈琲を飲んだ自販機前のソファーに向かう。
さっさとソファーに座った佐伯さんに立ったままデスクから持ってきた資料を渡す。
眼を通す佐伯さんの眼差しが鋭い物に変わる。
「……随分な女だなぁ。それに、えらい大物が絡んでるじゃないか」
「そうなんですよね〜」
「崎谷がここ最近こそこそ調べてたのはこれだったんか」
「です」
「お前、勝手にこんなん調べて、上司に怒られるぞ。始末書もんだろ」
まあそうだろうな。
でも、そんなの気にしていたら篠田は逮捕出来ないし、あの馬鹿男達の事も逮捕出来ないだろう。
「大物政治家先生が絡んじゃ、なかなか動けんわな〜……ん?待てよ?」
「どうしました?」
「いや、この先生の事でちょっと……」
佐伯さんが何か思い出そうとうんうん唸っている。
この件で優位に働くような内容ならしっかり思い出して貰いたいとこだけどねぇ……。
案外、下らない事だったりしてね。
「!思い出した!!今、この先生、マスコミが狙ってんだよ。こないだマスコミ関係の奴に飲み屋で聞いたんだった!」
「はあっ!?」
飲み屋でマスコミ関係者と飲んでたとか、情報交換してましたね、先輩。
「どうやら、献金問題らしい。マスコミが動いたら検察も重い腰を上げるだろうよ」
「マジですか!?」
何だこのご都合主義な感じは!
こんなタイムリーに献金問題が浮上するとか、神は私に味方してるのか!?
それとも、奴等を見捨てたのか!?
くくくっと笑いが洩れる。
絶対に今、悪い顔して笑ってるだろうな、私。
佐伯さんがどん引いてるし。
「佐伯さん、天は私の味方らしいですよ。勿論、佐伯さんも私の味方ですよねぇ?」
こくこく頷く佐伯さん。
ここさえクリア出来れば、上司だって動かせるな。
ヒロキ、あんたの王子様はしっかりと悪い魔女に制裁を喰らわせるからね。
一人じゃないって素晴らしいな。
案の定、上司はすこぶる協力的だった。
最近管轄内で大きい事件が無かったのも影響してるとは思うが。
まあ、若干の脅しもあったり無かったり……?
そんな訳で何人かで探したら、あっという間に篠田達の被害者の男性を見付けられた。
ヒロキと同じく、縄張り争いと言う名のリンチで足に障害を負ったらしい。
警察にも相談したらしいが、とある圧力で揉み消されていたようだ。
今更とあるとか意味無いけどね。
初めは揉み消された事もあって信用して貰え無かったが、ヒロキの事も話したりして説得したら何とか被害届を出して貰える事になった。
ここまでくれば後は川嶋の報告待ちだし、明日の非番はしっかりと休めるぞ!
非番の朝……もうすぐ昼かな。
ぬくぬくといつまでも布団の中で微睡むって贅沢だよなぁ。
あの女のせいでかなり忙しかったから、この時間を手離せずにだらだらしている。
隣で寝ていた筈のヒロキはとっくに起き出してちょこちょこと動いているらしい気配がしている。
働き者の嫁とか最高……
「はわあああっ!?」
突然響いたヒロキの変な声に飛び起きる。
慌てて布団から飛び出し、ヒロキの元に向かうと洗濯機の中を覗いてあわあわしていた。
嫌な予感にヒロキを押し退け中を覗くと、やっぱりだった。
「あ、あのっ、詩織、これはっ」
「……全部、まだらなピンクに染まったな……」
色物を分けずに洗ったんだね。
洗濯機の中の衣類はみんな染まっていた。
私のお気に入りのTシャツも残さずに……。
「ご、ごご、ごめんなさ〜い!」
ヒロキが涙目で謝るのは可愛いが、この間も全部ブルーに染めたばかりである。
これはもう。
「ヒロキ、お仕置きだなぁ。こっちにおいで」
今抜け出したばかりのぬくぬくの布団にヒロキを連行して、朝から楽しいお仕置きタイムである。
その後、にゃんにゃん鳴かされまくったヒロキはぐったりとしていたが、鋭気を養った私は心身ともに艶々と元気になった。
明日辺り、川嶋からの報告がきそうだし、魔女退治も佳境を迎えそうだ。
「ヒロキ、今週中には決着をつけるよ……」
「……詩織?」
布団にうつ伏せに寝ているヒロキの頭を撫でながら言うと、ヒロキが怠そうに頭を上げで私を見詰める。
「悪い魔女は最後を迎える。もう、ヒロキがアイツに縛られる必要は無い。これから一生アンタは私だけを見詰めて生きてれば良い」
ヒロキの口唇にキスしながら囁けば、大きな薄茶の瞳から涙が溢れた。
「お〜い!崎谷!」
廊下を急ぎ足で歩いていると後ろから声を掛けられる。
振り返ると相変わらずボサボサ頭の川嶋だった。
「お待ちかねの件だ。あの女の家から出てきた若い男を尾行した所、密売人と接触。ブツを購入しようとした所を密売人もろとも現行犯逮捕。事情聴取であの女達の使用もゲロった」
「そうか……、こっちもさっき傷害で逮捕状が出たとこだ」
「じゃあ、これからか?」
「そう。私のヒロキを虐めてくれた借りは返さないとねぇ?」
「……なんか、お前の仕返しってちょっと前に流行った何倍返しだ〜ってやつみたいだな」
ニヤリと笑うと川嶋がひきつった。
「お前の旦那はお前に愛されて幸せなんだか不幸なんだか」
「何言ってんだ。幸せに決まってる。私が愛してるんだからな」
当たり前の事だろう?
私よりヒロキを大事に可愛がれるヤツなんてこの世にいないんだから。
「さてと。逃げられる前に魔女の所に向かわないとな」
大きく踏み出した私の一歩は魔女にとっての地獄が一歩近付いた証。
首を洗って待ってなよ。
何台もの車で向かった篠田のマンション。
マンションって言うか、億ションかね。
何階建てか一見しただけでは分からんな。
続々と入ってくる我々に入り口に在中しているコンシェルジュの男性が事態を理解出来ずに顔を青くしている。
まあ、険しい顔した男女がいきなり団体で入ってきたら普通にビビるよね。
「すみません、警察です」
「へっ!?」
先頭に立っていた上司が警察手帳を提示する。
彼は驚きのあまりか変な声を出した。
「篠田 杏子さんは在宅しているでしょうか?」
「はっ、はい。今日はまだお出掛けになってらっしゃいません」
「わかりました。ありがとうございます」
コンシェルジュに状況説明の為と奴等の逃亡も考えてエントランスに二人残し、篠田の部屋に向かう。
奥まった場所にあるエレベーターでぐんぐんと上に上がり、ワンフロアに四つ程しか扉のない階に着く。
「スゲーな、一部屋どんだけの広さだよ」
佐伯さんが呆れたように言う。
他の捜査員もキョロキョロしている。
これだけの広さが無いと、そうそう男を何人も同時に囲えないんだろうねぇ。
篠田の部屋は一番奥にあった。
玄関前が庭のようになっているのに意味があるのか解らんが、高級な感じはするな。
黒に金で縁取りされた重厚な扉の横にあるインターホンを押す。
暫くして男の声で返答があった。
『はい?』
「おはようございます。警察ですが、開けてもらえますか?」
インターホンのカメラに手帳を映して開けるよう促す。
プツンと通話が切れ、内側から扉が開けられた。
「……警察が何の用すか?」
警戒した眼差し。
ヒロキが篠田と遭遇した時に一緒にいた男だ。
つまり、ヒロキに暴力を奮った一人。
私は前に進み出て、ヤツと顔を合わせる。
「どーも。前に予告したでしょ?あんた達をお迎えに来ました」
男が私の顔を見てギョッとする。
「あ、あんた……」
「忘れてた?私のヒロキを虐めたんだもの、ただで済む筈が無いよね?」
男がたじろいで、奥の部屋に逃げて行く。
「お邪魔するよ〜!」
広い玄関に私達の靴がいくつも並ぶ。
ぞろぞろと男の後を追うように部屋を進むと、馬鹿みたいに広いリビングに男を五人侍らせた篠田 杏子がソファーに座っていた。
女王様でも気取っているのか、相変わらず目立つ赤い口紅を引いた口唇を笑みの形に歪めている。
しかし、微妙に顔色が悪いな。
「お久し振りね。ヒロキは元気にしてるかしら?」
「ああ。ヒロキなら毎日私が可愛がってるよ」
「そう。ヒロキは良い飼い主に拾って貰えたみたいね」
ふんっと鼻で笑うが、顔がひきつっているから強がってるだけだろう。
「篠田 杏子さん、本当に叩けばたっぷりと埃が出たねぇ」
「あら、何の事かしら?」
「アンタ達に傷害で被害届が出されましてねぇ。受理されちゃったんですよ」
「……私が暴力を奮った訳じゃないわよ」
「そうですね、アンタには教唆が適用されますね。でも、それだけじゃないですからねぇ」
篠田がソワソワしている。
後ろの男達は少なくとも傷害罪で逮捕されるのが解ったのか顔色が紙のように白い。
「アンタの大事なペットの一人が帰って来ないんじゃないですか?」
「っ!?」
「売人から薬物を購入していた所を現行犯逮捕させて頂きました。アンタ達の薬物使用も話しちゃいましたよ?」
「なっ!」
篠田がソファーから立ち上がる。
「べっ、弁護士を呼んでちょうだい!」
「当然の権利ですね。どうぞ、お呼びしますよ?」
しれっと答えてやると篠田にギッと睨まれた。
怖くもクソも無いな。
「貴女、私をこんな目に合わせて、ただじゃ済まないんだからっ!」
「へえ?」
「貴女は知らないだろうけど、私には貴女達が手も足も出ないような味方がいるんですからね!」
顔色が悪いながらも勝ち誇ったように笑う。
ただ、手とか足とかプルプル震えてる。
自分が直接手を下した訳じゃない傷害位なら父親の力で揉み消せても、薬物は不味いと解っているんだろうね。
ヒロキと遭遇した時に顔色が悪くなったのも薬物使用の方を私に調べられる事を心配したものだったんだな。
「アンタの言う味方?今頃は検察に調べられてるんじゃないですかね?今日の夕方辺りニュースになるんじゃないかな」
「はっ!?」
「アンタの父親、偽装献金問題で検察が調べてますよ?アンタの事を庇うような暇は無いんじゃないですかね」
今、アンタを庇ったりしたら本当に政治家生命が終わっちゃうしね。
「そ、そんな……」
篠田がトスンとソファーに座り込む。
「悪足掻きもこの辺で良いですか?私達、この後も忙しいんで」
「……じゃあ、え〜、八時二十一分逮捕」
上司が篠田に手錠を掛けた。
「くっそっ!!」
篠田の取り巻きの一人が逃走を謀ろうとしたのか、ヤケクソだったのか私に向かって駆け出した。
付き出された拳を軽く避け、勢いのままその手首を掴みヤツの足に足を掛けてやると面白い位にゴロンと一回転して転ぶ。
柔道の投げ技の要領だね。
足場が毛足の長い絨毯だし、受け身が出来なくても打ち身位で済むでしょ。
「はい、お疲れさん。公務執行妨害も追加だね。それにしてもお馬鹿さんだね。
前に言っただろう?私の方が普通に強いって」
掴んだままの手首に手錠を掛けてやるとクソッと毒づいた後ぐったりとおとなしくなった。
最後は諦めが肝心。
「よし、全員確保!戻るぞ〜」
上司の声で捕り物劇は終了を迎えた。
魔女もペット達もこれから相応しい人生を歩むんだろう。
今までのツケはデカイだろうが、自業自得。
せいぜい足掻くがいいさ。
さて、一段落ついた今日、私にはまだしたい事があるんだよね。
時刻は夜の八時。
奴等の取り調べを仲間に任せ書類等を纏めると、上司に無理を言ってアパートに帰る。
守秘義務があるから今日篠田達を逮捕する事は言ってなかったが、最近のヒロキは落ち着かない毎日を過ごしていた事だろう。
ヒロキが不安がっていると思うと、少しでも早く帰ってやりたかった。
……いや、それだけじゃないけどさ。
「ただいま〜」
家に帰った時に明かりが点いていて帰りを迎えてくれる人がいるって幸せだよね。
一人暮らしを始めた時、暫く誰も迎えてくれる人が居ない家に帰るのに慣れなかったからなぁ。
「詩織!?お帰りなさいっ!」
文字通りヒロキが奥から飛んできて私に抱き付いた。
腰に両腕を回し、肩の辺りに顔を擦り付けてくる。
ヤバイ、超可愛い……。
「詩織、ごめんね。まだ夕飯出来てない……」
シュンとして言うヒロキの頭を撫でてやる。
「私が連絡無しで帰ってきたから仕方無いさ。今日は久々に外食しよう?」
「ホント!?」
最近二人で出掛ける事が無かったから、ヒロキも嬉しそうだねぇ。
「でも、その前に話があるんだ」
「なに?」
「ちょっとリビングで座って話そうか」
ヒロキを促してリビングのソファーに並んで座る。
「今日、あの女達を逮捕したよ。もうヒロキを怯えさせるものは無い」
「!」
薄茶の瞳が大きく見開かれる。
こぼれ落ちてしまいそうだな。
「凄く頑張った私にご褒美くれる?」
「ご、ご褒美?」
「そう。ヒロキから貰いたい物がある」
持っていた鞄から薄い紙を取り出す。
「ヒロキのこれからの人生を私に頂戴。本当の崎谷 ヒロキになりな」
私の欄はしっかり記入済みの婚姻届。
ヒロキの前のガラステーブルに広げて置く。
ついでにボールペンと帰りがけに作ってきたヒロキの今の名字が刻まれた印鑑。
無言で婚姻届を見ていたヒロキの眼が一気に潤み私にガバッとしがみ付く。
「なるっ!崎谷になるよ!俺のこれからはずっと詩織の物だよ……だから、ずっと傍にいて?捨てないでね?」
涙声のヒロキを抱き締めて頭にキスする。
「大丈夫。こんなに可愛いヒロキを私が捨てるわけないから安心しな。愛してるよ、ヒロキ」
お姫様に魔法をかけて猫にした悪い魔女は王子様に駆逐され、これから地獄を歩くだろう。
王子様の愛の力で人間に戻ったお姫様はこれから永遠に王子様の深い深い愛に縛られる……。
お読み頂きありがとうございました。




