都合の良い移民
「おや。これは一体なんだろうな?」
その声があがったのは、○県の田舎町で行われていたトンネル工事の時だった。
声をあげたのは現場で働く作業員の一人。
彼は動かしていた機械を止めて、地面を見ている。
「一体何事だい? 作業を遅らせると上がうるさいぞ」
「おーい、ちょっと来てくれ。おかしなものがあるんだ」
仲間たちが声をかけると、彼は手を振って呼びかける。
「どうした、どうした」
「まさか爆弾じゃないだろうな」
「いや、これを見てくれよ」
みんなが集まってくると、作業員は自分が掘っていた場所を指さす。
そこには、キラキラと黄金に輝くものがあった。
「おい、これは金じゃないか?」
「いやいや、まさか。きっと真鍮か何かだろう」
「何にしろこのままでは邪魔になるぞ。とにかく掘り出してみろ」
そういうわけで発掘を始めたのだが、それは想像以上に大きかった。
大きすぎて全容はつかめないが、金色に輝いている点は変わらない。
作業員には、ほとんど金色の大きな壁としか認識できなかった
「こんなものが、こんなところに埋まっていたなんて……」
「怪獣の卵かな?」
「バカを言え。とにかく上に連絡しよう」
この報告を受けてやってきた上役はびっくりして、
「こんなものがあったら、工事どころじゃない。何とかしろ」
そんなことを言われても、こんな巨大なものをどうすればいいのやら。
作業員たちは困って顔を見合わせるばかりだった。
もしかしたら貴重な古代遺跡かもしれないし、危険な物質かもしれない。
みんなが困っているところ、金色の壁から音がした。
「爆発するんじゃないか?」
あわてて逃げ出そうとした時、金の表面にぽかりと丸い穴が開いた。
そこから、ひょこっと誰かが顔を出してくる。
見たこともない、不思議な風貌をした女性だった。
黄色っぽい肌に、桃色に近い不思議な色合いの髪。大きな赤い瞳。
民族衣装らしきものに身を包んだ体は、一七〇センチを超えている。
奇妙な女性は、ゆっくりと静かな目で作業員たちを見つめてきた。
女性はゆっくりと、聞いたこともない言葉で話しかけてくる。
当然作業員たちは意味がわからない。
おっかなびっくりで、遠巻きに見つめることしかできなかった。
女性はすぐに言葉が通じないとわかったらしく、
「ペラペラペラペラ」
と、さっきとまるで違う言語で話し始めた。
どうも英語らしいのだが、作業員には英会話ができるものがいない。
「おい? 英語だぞ。誰か通訳しろよ」
「そんなこと出来るなら、とっくにしてるよ」
これも通じないとわかった女性は、しばし黙っていたが──
「あなたがたは、ニッポン人?」
今度は、少し訛りがあるけど聞き取りやすい日本語でしゃべり出す。
「確かに俺たちは日本人で、ここは日本だけど……。あんたは誰だい?」
「ここがニッポンなら、総理大臣だったかな。その人に連絡して欲しい」
女性はいきなり無茶なことを言い始めた。
作業員たちは顔を見合わせて、困惑するばかりだった。
つまり、偉い人と掛け合いたいということらしい。
「あんたが誰か知らないけど、いきなりそんなこと言われても」
みんなに押し出される形になった上役が、どうにか対応をする。
「ならば、市長とかそういう人でもいいけど、どっちにしろ対応は難しいと思う」
女性は手を広げながら、柔らかい物言いで語った。
「つまり私たちは日本語でいう……『難民』ということになるかな?」
「……わたしたち?」
この言葉に、上役は嫌な予感を覚えた。
「そう。私の仲間がこの中に五千人ほど入っている」
女性は金色の壁を指しながら、とんでもないことを言う。
「ご、五千人だって……!?」
「不安なら警察というものに連絡してもいいと思うけれど?」
上役も作業員も、目の前にいる相手が自分たちの手に余ると理解した。
そこで、忠告に従って市長と警察に連絡を入れる。
だが市長も警察も、ハイソウデスカと対応できるものではなかった。
女性の言ったとおり、金色の壁からは何千人と彼女の同類が出てきたのである。
警察はともかく、彼女たちを難民ということで対処することにした。
さて、それから一ヵ月後。
「そもそも、あの連中はどこの何人だ? 一体どこから来たんだ?」
この振って沸いたトラブルに、首相は頭を抱えてしまった。
「彼女たちは自分たちのことをフォルミカと言っています。何でも仲間とか同胞という意味の古語が由来だそうで」
部下は同情するような表情で、淡々と報告をする。
「とりあえず呼ぶ名前があるのはありがたいな。それで」
「これが許可を得て撮影したフォルミカたちの写真です」
「ほう、これは美しい。しかし……女性ばかりじゃないか?」
見せられたいくつかの写真を見て、首相は首をかしげた。
「フォルミカには基本男は生まれないそうです。ゼロではないそうですが、千人に一人いるかどうか……というレベルだとか」
「本当かね?」
「学者たちに引き続き遺伝子の検査をさせますが、どうやら本当のようです」
「そんな人間っているものかな。まさか宇宙人じゃあるまいし」
「DNAは間違いなく人間だそうです。ただ、現在地球上で確認されているどの人種とも違うまったく未知の人間らしいですが」
「それじゃ、ほとんど宇宙人みたいなもんだ……。しかし、フォルミカたちはどこからやって来たのだ? 何故シェルターは地下に埋まっていた?」
首相は次に金色の巨大な卵を写した写真を見る。
シェルターとは、フォルミカが入ってた金色の巨大物体である。
緊急時ということで、トンネル工事そっちのけで掘り出してみたところ──
それは巨大な卵みたいな形をしており、表面は金色の金属で覆われていた。
五千人以上の人間が入っていられる卵だから、とてつもないサイズだ。
「ある大陸にいたのだけど、大きな災害が起こった。大型のシェルターを作り、その中に避難していたが、気がつけば避難所は土中に埋まっていた。彼女たちはそのように語っています。現状では嘘かまこと、定かではありませんが」
「しかし、こんなものが今まで日本の地下に眠っていたとは……」
○県の他、その後日本中のあちこちで同型の卵形シェルターが出土した。
△県の山中で起きた崖崩れと共に。□県の河川工事中に。
その中には全て『彼女たち』の同族が入っていたのだから、たまらない。
最大のものは、もはやシェルターと言うより小さな島という感じで、瀬戸内海からぽっかり浮上したところを大勢の人間に目撃された。
おそらく日本で、いや世界史上類例のない珍事ではあるまいか。
「しかし、お互いまったく未知の相手なのに、意外と話がスムーズだな」
「私たちにとっては未知ですが、向こうにとってはそうではないようですね。過去に日本人と接触していたことがあるようですね。日本語を理解できる人間がけっこうおります」
「ふうむ。気になるな?」
「他にも英語をはじめとして多くの言語を知っていますから、日本人だけではなく色んな人種民族と接触していたようです。ほら、この写真を見てください」
と、部下が示した写真には金髪に緑の瞳をした少女と、褐色の肌をした女性が映っている。
一見まるで違う人種のようだが、よく観察すれば同じフォルミカとわかる。
猫っぽい大きな瞳が共通しているし、何より独特の雰囲気があるのだ。
「さらにこっちは、日本人といっても通用しそうでしょう?」
「ふむ。変わった雰囲気だが言葉や服装が同じなら、わからないだろうな」
「一代二代では大きな変化はありませんが、長い間同じ人種と交配を重ねるうち、このようになっていくのだそうです。あ、これはフォルミカたちの言ですが」
「そうか……。だが、本当に困った。今のところフォルミカたちがおとなしいのが、不幸中の幸いというやつかもしれないが」
「おとなしいというよりは、異民族との交流、いえ交渉に慣れているようですね。自分たちがどういう立場にいるのかよく理解しているようでしたから」
「まあトラブルを起こさないでくれるのはありがたい」
「……ところでフォルミカは総勢で何人いるのかね?」
「端数を切り捨てまして、現在確認できているだけでも三百万人を超えています。昨日×県で新たなシェルターが発掘されましたから」
この報告に、首相はまた頭を抱えてしまう。
「まったくどうなっているんだ。このままだと日本の人口を超えてしまうかもかもしれない。そうなったらこの国は……」
「他の国に行ってもらうということはできないんですか?」
「今は多くの国で移民を規制しようという動きが強くなっているのだ。ましてや得体の知れぬ女だけのアマゾネスみたいな集団をどこが受け入れるものか」
首相は青い顔で胃薬を飲んだ。
「今のところシェルターが仮設住宅の代わりとなっていますが……」
「それも時間の問題だよ。このことはすでに外国にも知られている。慎重に扱わねば人権上の問題だとサンドバックにされてしまうぞ」
一体どうして自分の任期中にこんなことが起こったのだろう、と首相は神や運命を恨んだがそれで事態が解決するわけでもない。
結局首相は任期が終わるまで、問題の解決に奔走することとなった。
そして、瞬く間に年月がすぎる。
今期の首相も、歴代の首相と同じくフォルミカの問題に頭を悩ましていた。
密かに開かれた会議の席でも、首相は困った顔で頭を抱えている。
「それで、B党はフォルミカ系と日本人の結婚を制限しろと言ってるのだな?」
「建前上はフォルミカ系女性の人権を守るためということです」
「当然ですが、フォルミカからはこれに反発する声が出ています」
「うーむ。もしもこの法案を通せば支持率は大幅に落ちてしまうな。それにせっかく維持してきた出生率も大きく下がることになるだろう」
「いやあ。それはないでしょう」
険しい顔をする首相へ、ある議員がしたり顔で言った。
「フォルミカは結婚しようがしまいが、勝手に子供を産んで勝手に育てますよ。いちいち国がどうこうしなくても、出生率は安定するでしょう」
その議員の言うとおりだった。
元々女性だけの民族であるせいか、フォルミカは私生児を産むことを何とも思わない。
いや、むしろ結婚という制度そのものが、彼女たちにとっては不自然なのだ。
『嫁に行く』ということがなく、専業主婦的な者が常に二、三人はいるので、子供の世話を心配することはない。また、年上の子がごく普通に年下の面倒を見る。
またフォルミカ社会では経済力のある者が他の者を援助するので、貧しい者を国が保護する必要もなかった。
それに、税金をはじめ年金や医療保険もきっちりと払う。
支払い能力のない者がいても、大抵が家族の誰かに経済力のある者がいて、それが代わりに払ってくれるのだ。
「しかし、フォルミカばかりが増えすぎると言うのは問題だぞ」
首相は資料を流し読みしながら、首を振る。
「確かに。このままだとフォルミカ系が力が強くなりすぎてしまうな。いや、そうでなくても我々日本民族はマイノリティになってしまう」
「かといって、フォルミカを追放することはできません。経済をはじめとして、今やこの国はフォルミカなしでは成り立たなくなっておるのです」
「近年の女性保護の特別法案でありますが、あれもフォルミカが律儀に税金を納めているから予算の都合がついたのです」
その特別法案とは、女性であれば申請などをしなくても、最低限の生活保護を国が補償するというものだった。
逆に簡単な申請すれば、自分からそれを辞退できるようになっている。
「調べたところ、フォルミカはほぼ全員これを辞退しております」
色んな意見が出たものの、結局B党の意見を却下するという選択しかありえない。
何しろ与党自体にも、フォルミカ系の企業が多額の政治献金をしているからだ。
だが、最近多くの女性団体や人権団体の後押しを得たB党の声は大きい。
知識人にも、B党の意見に賛同する人間も多かった。
すっかり会議が停滞した時、ある若手議員が声をあげる。
「ちょっと待ってください、首相。もしかすると、別に結婚制限をしてもいいのでは」
「きみ、そんな軽はずみな……」
「いえ。さっきの他のかたもおっしゃいましたが、フォルミカは現状でも私生児を産むことが多い。だからいくら結婚を制限しても同じだと──」
「それはそうだが」
「では、B党の意見を形だけ聞くということにしておけばよいでは?」
その後も議論は続いたが、結局この議員の意見が通ることになってしまった。
結果どうなったかと言えば、別に何も変わらなかったのである。
フォルミカ系はどんどん数を増や続け、その分国全体は豊かになった。
と、いうのもフォルミカ系は金を儲ければ儲けるだけ、仲間だけではなく社会に還元をしたからである。
例えばコンピューターソフトの開発で億万長者となったフォルミカは、自分の住む街全体に気前よく金を落としていった。
単に金をばらまくというのではなく、地元全体の利益になるようにお金を使う。
そういった街が全国に増え続けていき、結果国全体が潤っていった……。
「作戦は順調のようね」
「ええ。このままいけば、百年後にはこの国は私たちのものになっている」
「大災害で故郷が失われたけれど、ここを新しい故郷にできそうだわ」
「まったく、何とか次元移動装置で避難できたけど、一時はどうなることかと」
「この土地の人間は少し空気を呼んで調子を合わせれば、すぐ篭絡できるから楽なもんだわ。援助しているのは、将来こちらの娘や孫たちの婿を絶やさないためなのに」
「本当にねえ。ちょっと気前の良いところを見せたら、私たちを善人だと思うし」
「ここの連中もそうだけど、この土地の人間はやたらに共食いばかりしていて、ちっとも先のことや周りがことが見えていないもの。仕方ないわ」
「あいつらは何故同族同士で助け合わないのかしら? 力を持つ者ほど、それを渋る」
「バカなくせに欲張って自滅するようなやつらには、この地球という土地はもったいないわ。私たちが支配してあげるほうが、ずっと有意義というものよ」