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再会

作者: パキ夫

「アンタ学生さん? 試験とかそーゆーの、ない?」

 なぜこの医者はこんな事を聞くんだろう? たかが風邪で訪れた病人に?

「学生じゃないですけど、特に大事な用はないです」

 少し警戒しながらも素直に答える。

「あのね、この薬は副作用があるから。飲んだ後ですごく眠くなるから。ちょっと気をつけてね」

 別に眠くなろうが構わなかった。食後に飲む薬だから、おそらく昼食後にお昼寝する機会が増えるだけで、オレとしては別に支障はない。

 誰かに咎められたら、薬の副作用だと答えればいい。大体、オレの仕事なんて、オレがしなきゃならない理由はない。だって、他の誰にでも出来る程度の仕事なのだ。

 そう考えて薬を受け取った。何の変哲もないピンクの錠剤だった。


 帰宅してジャンクフードで夕食を摂った後、早速薬を飲む事にする。

(市販の薬では治らなかった風邪が、病院の薬でどうなるのか、お楽しみだな……)

 そう思いつつ、そばにあったコーラで流し込む。思ったよりも苦く、漢方薬のようなイヤな匂いがした。

(ああ、そうか、眠くなる薬だったらバイクの運転は出来ないな。事故ってもつまらないし、明日は電車で行くか……)

 そんな事をぼんやりと考えているうちにいつの間にか眠ってしまっていた。


 夢を見た。オレは薄汚れた街の人ごみの中にいた。

 人ごみ? いや、そこにいる人々は突っ立ったまま立ち去ろうとはしない。どうやら何かの行列のようだ。みんな、思い思いの動作をしながらも、灰色の建物の前で、くぐもった風にふかれて、一様に何かを待っている。

 辺りには友人がいる気配がした。雰囲気で、友人だというのは分かった。気配で、どこら辺にいるのか見当もついた。しかし、どうしても確認できない。誰だか分からない。

 気配はする。確かに近くにいる。しかしなぜかそっちを向く事が出来ない。

 声で確認しようとしても、喧騒に紛れて聞こえない。自分も声を出す事が出来ない。まったく、なんて人ごみだ。

 僕はため息をついた。そして諦めてただ待つ事にした。


 一体、この人々は何を待っているのだろう?待っている間、そんな事をぼんやり考えていた。その時だった。

「ねぇ、どの電車に乗る?」

 ふいに声をかけられた。気がつくと、すぐ横には昔の彼女が立っていた。

 いつから一緒にいたのか分からなかったが、しかし同時にずっと前から一緒にいた気もした。

「どの電車って?」

「旅行先。まだちゃんと決めてないじゃない」

 その言葉でやっと気付く。そうか、オレは電車に乗って旅行に行こうとしているのか。


 どうやらこの人ごみは改札に並ぶ人の列らしい。行楽シーズンの電車の行き先は、海と山の二つがあり、どちらかを選ばなければいけないようだ。

 自分としてはどっちでも良かった。彼女はどちらかと言えば山に行きたいようだが、混んでいればやめてもいいようだ。

「山に行く? 行きたいんだろ?」

 そう答えて行列を眺める。なぜか彼女の方を向きたいとは思わない。

 不思議な事にオレの頭だけ行列を作る人の頭より一段高く、前の方がよく見える。

(前から八、九列目ってとこか。まぁ、電車の中では座れるだろう)

 そんな事を考えているとふいにゲートが開いた。一斉に人々がなだれ込む。波に押されてオレ達もなだれ込む。

 入った先はどこかの駅のプラットホームだった。それは外見から想像されるよりははるかに綺麗で、外と中では時代が違うかのような印象を受けた。早くも電車には列が出来、早く乗らなければいい席が取れそうにない。

 二つある電車のうち、山に行くほうに乗ろうとする。どうやら友人も同じ電車に乗るようだ。友人が乗る姿を見てはいないが、またもやそんな気配がしたのだ。


 しかし、おかしいのだ。

 振り返ってみると、今まであった改札がなくなっていた。そこにはプラットホームしかないのだ。そしてプラットホームと停車している電車の間は、ゆうに5メートルはあった。これではとても乗れたものではない。しかも電車とホームの間から下を覗くと、その下に雲を伴った青空が広がっており、地面が見えない。

 どうやら駅だけが浮島のような形で宙に浮いており、そこに電車が横付けされているようだ。ふと上を見上げると、空には場違いなほどに明るい青空が広がっていた。

 さて、この五メートルの距離を越えて、どうやって電車に乗ったものかと思案にくれていると、そんなオレを尻目に、彼女はひょいと電車に飛び乗った。

「早くおいでよ。電車出ちゃうよ」

「そんな事言ったって……」

 戸惑うオレをよそに、友人の気配がする。彼も、彼女と同じように難なく電車に乗れたようだ。

「早くおいでってば」

 彼女が呼ぶ。

「お前は来れないよ」

 友人の声がどこかで聞こえる。

 その時発車ベルがけたたましく鳴った。ざわめく乗客。

 彼女が心配そうな顔で見ている。

 しかしオレはどうしてもその一歩を踏み出すことが出来ない。

 早く乗らないとドアが閉まってしまう。早く……。


 ジリリリリリリリ…………。

 けたたましい目覚ましの音で目が覚めた。


(ああ、そうか、夢だったのか……)


 ゆっくりと上体を起こす。電気もテレビも点けっぱなしだった。時計を見て、あまりに長く眠っていた事に驚く。もう日付が変わっていて、外は早くも白み始めていた。

 現実に戻ると、体中が寒かった。せっかく貰った病院の薬はたいして効いていないように思われた。効いていてこの状態だったら、よっぽどの風邪だ。それとも時間が経ちすぎて、薬の効き目が薄れたのだろうか?

 外出するのは無理なように思われたので、今日も休む事にして会社に電話する。どうせオレがいようがいまいが何も変わりはしない。

 受話器を下ろし、しばし横たわって体が落ち着くのを待ってから、痛む頭を抱えて食事を作る。買い置きのパンにインスタントスープ。相変わらずのジャンクフードだ。

 それらを時間をかけてゆっくりと咀嚼しながら、今見た夢を思い出してみた。


 夢……か……。

 そうだよな。ありえないもんな……。

 そう、ありえない事だった。昔の彼女と会うなんて。


 少なくともこの世では。


 同時に、そばにいた友人が誰なのかも分かった。これも、同じ理由でありえない人物だった。

 するとあの列車は……。

「お前は来れないよ」

 友人の言葉がしきりに思い出される。あの列車はどこに向かう列車だったのだろう?

「オレには行けない所、か」

 ため息をついてからベッドに倒れこむ。

 夢なんて、最近はほとんど見てなかった。昔の出来事を思い出す事もなかった。それが、今ごろ何故?


 少しだけ残っていた気の抜けたコーラを一気に飲み干し、食事を終えた。そして病院の袋から薬を取り出す。

 頭痛は、堪えられないほどひどくはなかったが、時々うねりを持った波となって頭を締め付けていた。

「副作用があるから……」


 副作用?


 この薬のせいか?


 ほんの偶然を非科学的な出来事に結び付けようとしている自分がいた。普段の自分なら一笑に付していた事だろう。だが、弱った脳みそはその可能性を真剣に考え始めていた。

 しかし……。

 もしこの薬に、本当にそんな効果があるならば……。


「試してみる価値はある、か」

 ピンクの錠剤をパッケージから出し、ついでにもう1個取り出す。昨日飲んでからかなり時間が経っているのだ。気にする事はあるまい。

 飲み物を探したが、近くにはビールしかなかった。

「毒を食らえば皿までだ」

 そう呟いてプルタブを引きちぎる。薬を流し込み、ついで一気にビールを流し込む。


 間もなく、深い眠りが襲ってきた。

(もう、目覚める事がないかもな……まぁ、別にいいか……)

 なぜか確信があった。なぜか安らぎがあった。どっちに転んでも、会いたい人には会えるのだから……。



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― 新着の感想 ―
[一言] 昔の彼女と友人の発言の差に何か物語の意味があるのか考えさせられ、おもしろみがありました。
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