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妖しの彼女  作者: 鎖
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斑王姫

僕は浅木幸太。

平凡な高校1年生だ。いや平凡な高校1年生だった。それが綾篠七海という彼女ができてしまってから非凡な高校1年生に変わってしまった。正確には僕自身が非凡なわけではなく僕の高校生活が非凡なわけなのだが……。


綾篠七海さんは成績優秀で容姿も良いけれど、霊感体質でどんな霊現象にも精通している変った人だ。そのうえヤンデレとうか変態な一面も兼ね備えた摩訶不思議な人なのだが、その本質は彼氏である僕自身もよく分かっていない。こんな人を彼女にするなんてどうかしていると思う人もいるかもしれないけれど、人の好きや嫌いの感情はそんな事は関係ないのだ。むしろ好き嫌いの感情をここが好き、ここが嫌い、と抜き出す方が僕には難しい。単純に恋愛経験値が少ないだけかもしれないけれど、何事も一概には言えないと思っている。


そんな綾篠さんに比べて僕の成績は中の下で、容姿が良いわけでもなく運動神経も良いわけではない。趣味と言える程、何かに凝っている物もなく何事も「そこそこ」という中途半端な人間だ。誰かに何か誇れる物なんて1つもないし、他の誰かより勝っている物があるなら僕が聞きたいくらいだ。それでもそんな自分に悩んだ事はない、そういう人間なのだとどこかで割り切っている部分があるんだ。

「自分に冷めている」という表現が正しいかは分からないけれど、そんな気がする。



  ――・――



「もう、いい加減にして欲しいよね」

うんざりした顔で井上さんはため息をつく。雑用係りである僕達はテストの解答用紙をコピーをするため用務室にいるわけなのだが、なぜかついでに、という事で他のクラスの分までコピーさせられている。それも全科目分となれば相当な量だ。つまり全科目を全クラスの人数分なわけで井上さんがイラつくのも十分頷ける。

用務室は割と広い部屋なのだけれどコピー機やその他機材が幾つも乱雑に置かれており、いわば物置みたいな部屋だ。ところ狭しと積み重ねられた機材の隙間に窓からは微かに日が差し込んで来ている。


僕達は2つ並んだコピー機の前に立ち、何枚も解答用紙を印刷する。無機質な機械の音が静かな用務室に響く。井上さんの横顔を覗くと不機嫌そうな顔がチラリと窺える。

「井上さん……もう大丈夫なの?」

僕の質問の中身はもちろん、マダラオオヒメの呪いの事を指している。以前蜘蛛の呪いを受けてしまった井上さんを心配しているのだ。

「ん……」

恥かしそうにスカートの裾をめくっていく。

「ちょ、ちょっと……!?」

僕は慌てて顔を逸らしたけれど、視線はしっかり井上さんの脚に釘付けだった。やがてその脚がふとももまで露になったが、蜘蛛の痣は見当たらなかった。恐らく大丈夫。という事なのだろうと思うけれど、言葉にしてくれれば分かるのに思いもよらないサービスを受けてしまい目のやり場に困る。

「だ、大丈夫そうで良かった」

僕は視線を逸らしながら歪な笑顔を作る。井上さんは何も言わずに俯いてスカートの裾を直すとコピー機に向き直ってスタートボタンを押した。僕もそれに合わせてコピー機を作動させる。何だか気まずいような照れくさいような沈黙の中、コピー機の音だけが再び用務室に響く。


な、何だこの空間……


チラリと俯いた井上さんの横顔を覗くが表情が見えないので何も読み取れない。けれど耳が赤くなっているのが見ると心なしか僕も恥かしくなって来た。急にぎこちない時間が流れ出す。何もやましい気持ちややましい事があったわけではないけれど、この雰囲気は一体何なんだ!?

僕は必死に会話を探したけれどすぐに会話のタネになるような事なんて浮かばない。

(お、落ち着け僕……!)

考えるんだ。流れから外れないような自然な会話をするんだ!


「……い、良い脚してるね」


「……っ!?」


井上さんがサッと顔を背ける。

僕は何を言ってるんだ!?確かに自然な流れかもしれないけれど僕という人間の口から出るにはあまりにも不自然すぎるだろ!!これじゃまるで井上さんの脚を見たいがために心配したふりしたみたいじゃないか!早く何かフォローを入れないと変な人になってしまう。とはいえこんな言葉に上手いフォローなんてできない。それでも何かないかと頭の中をグルグルとかき回しているうちに、不意に井上さんの口が開いた。


「どうして、浅木君は綾篠さんと付き合ってるの?」


コピー機に顔を向けたまま僕を見ずに井上さんが呟くように言った。

どうして。と聞かれれば好きだから。と答えるのが模範解答なのだろうけれど井上さんの質問の場合は違う。マダラオオヒメの一件で井上さんは綾篠さんの性質を知ってしまっている。なので井上さんの質問の中身は『綾篠さんは変った人だし、一緒にいると危ないのに』どうして、付き合っているのか?という事なのだろう。

僕は返答に困った。正直、その問いに対する明確な回答は持っていない。自分にも分からないのだ。もちろん綾篠さんが変な人で強烈な個性を持った人間だという事は理解している。けれど僕の中でそれが離れる理由にはならない。僕も変った人種なのかもしれない。答えに窮する僕に井上さんがコピー機を見つめたまま言う。


「……そんなに、好きなんだ」

 

井上さんの言葉はコピー機の中に吸い込まれて消えた。



  ――・――


僕は部屋でベッドに寝転がりながら天井を見上げていた。

井上さん、井上香織さん。高校生活にも慣れて来た今頃になって気付いたのだけれど、彼女の交友関係は広く浅い様に見える。何と言うか分け隔てないと言うか、普通女子といえば仲良しグループでいつも一緒にいるイメージだけれど、彼女は特定のグループを作らない。かといってクラスで浮いているわけでもなく誰とでも仲良くしているし、どの輪の中にいても違和感がない。だからこそ、自分で言うのもなんだけれど僕みたいな人間にも気さくに話をしてくれるのかもしれない。


「井上香織さん……か」


彼女は不思議な魅力を持った人なのかもしれない。僕は天井を見上げたまま口に出した。

「それは誰?」

ミコの険しい顔が僕の視界に入る。いつの間にか寝転がる僕に覆い被さる様に上に乗っているのだ。

「同級生だよ」

僕は面倒くさそうにミコをつまみ上げると、そのまま体を起こした。ミコは見た目こそ人間の体で幼い女の子だけれど、不思議とその体重は二キロ程度しかない。そう、猫の時の体重そのままなのだ。その理由を考えたところでそもそも霊に重さがある事自体疑問だし、追求した所で何が分かるわけでもないので、そういう物だと思うしかない。

「お兄ちゃんはミコの体では満足できないの?」

僕につままれたまま怪訝そうな顔でミコが口を尖らせる。自分の飼い猫ながらにバカ猫だった。

「ミコで満足するようになったら終わりだと思ってるよ」

そういい放ち枕元にひょいと放り投げると、僕は何気なく窓際に立ち窓を開けた。夏にはまだ早いのか涼しい風が部屋に流れて来る。置き時計の針はもはや20時を指し、外は真暗で街灯だけが歩道に点々と続いている。ひんやりとした外の空気に1つため息をついて窓を閉めようとしたその時、気付いた。

点々と続く街灯。僕の部屋に一番近いその街灯の下に誰かいるのだ。街頭に照らされているとはいえ薄暗い外では男女の判別すらもできないが、確実にそこに誰かいる。僕は窓から身を乗り出しじっと目を凝らした。やがて小さく手招きするように僕に手を振った。

こんな時間になんの連絡もなしに家に訪れて来る知り合いなど、もちろんいないし、万が一そうであったとしても普通に考えれば玄関のインターホンを押すのが妥当だろう。つまり今、街灯の下で僕に手を振っている人影はとてつもなく怪しいという事なのだけれど、こういう時には必ず感じる霊的な違和感は感じられない。警戒しながら身を部屋の中に引っ込めようとすると不意に街灯の下にいた人影が2階にいる僕を見上げるように顔を上げた。



  ――・――


僕の住むマンションはよくある住宅地の一角にあり、周りには特にこれといったものはなにもない。その住宅地に囲まれるように「白波公園」と書かれた看板のある公園がぽつんとある。僕等は今その公園のブランコに並んで座っている。昼間はマンションに子連れのママさん達の憩いの場になっているのであろうがもちろん20時を回っている今では誰一人いない。

「こんな時間に……どうしたんだ井上さん?」

つばのついた帽子を深く被って黒いパーカーを羽織った井上さんは、僕の方をチラリと見たが何も答えずブランコに揺らす脚を大きく伸ばした。井上さんの私服は初めて見たけれど、男の僕から見ても何と言うかカッコイイ。決して女の子らしい服装ではないけれど実にサマになっているのである。

(女の子からモテそうだな……)

変な考えが頭をよぎりぶんぶんと首を振った。

「本当に、何かあったの?」

「浅木君はさっきからそればかり」

じゃりと音を立てて井上さんがブランコから降り立つと両手を組み背筋をぐっと伸ばした。そればかりと言われても、こんな時間に突然他人の家に押しかけられれば誰だってその理由が気になるに決まっているではないだろうか。しかもそれが女子高生ともなれば尚更なのだけれど、僕の質問は全く意に介さずてくてくとジャングルジムに向かって歩き出した。僕はそれを追うようについて行く。


井上さんはジャングルジムのてっぺんに座ると、キョロキョロと辺りを見回した。

「ここが浅木君の住んでる場所なんだ」

「うん、何もない所だけれどね」

ジャングルジムに器用に腰をかけ足をブラブラさせている井上さんを見ると、少し危なっかしい気がするのだけれど、そんな僕の心配をよそに井上さんは暗い空を見上げる。


「浅木君は今の彼女でいいの?」


それは突然で意外すぎる程に意外な質問だった。というか僕にはその質問の内容が理解できない。

「綾篠さんの事?」

「もちろん」

「どういう意味……?」

「もし……浅木君が綾篠さんの性格について行けないのなら、無理する事ないんじゃないかって事」

それは暗に綾篠さんとは別れた方が良いという事なのだろう。普通に考えれば当たり前の忠告かもしれないけれど、わざわざこんな時間に家まで来てそれを僕に言う必要があるだろうか?

僕は井上さんの意外な質問の真意が読み取れなかったけれど、続く言葉はもっと意外な物だった。

「私が代わりに彼女になってあげてもいいよ……」

それは小さな声だった。井上さんは夜空を見上げていた顔を僕の方へ向けると何とも言えない程、切ないような悲しいよう顔をしていた。当然、僕は意外過ぎる提案に何と答えたら分からなかった。もちろん答えは「NO」である事は間違いないのだけれどそれを上手く会話にできないのだ。こんな状況は人生で初めてだし、何と言ってそれを伝えればいいのか上手い言葉が見つからなかった。

それは時間にしてとても短いものだったけれど、ジャングルジムの上から僕を見下ろす井上さんと、それを見上げる僕達は見つめ合ったまま会話の途切れた時間が流れた。


不意にポケットに入っていた携帯電話が鳴り、心臓がドクンと音を立てる。


(ヤバイ――!)


それは必然的な直感だったけれど間違いなかった。

僕は携帯の画面も見ずにそれを取り出すと、機先を制するように先にそれを述べる。

「ご、ごめん綾篠さん!  これは違うんだ……!」

「何に対して謝っているのか、何が違うのか。後でゆっくり聞かせて欲しいのだけれど浅木君」

綾篠さんの淡々とした声が携帯電話から聞こえる。

「浅木君が今、どこで誰と何をしているか知らないけれど」

少し早口に言葉を繋げる。

「今、浅木君が一緒にいる人は人間じゃないわ。早くそこから離れて」


……。


綾篠さんの言葉にゆっくりとジャングルジムの上にいるそれを見る。

ジャングルジムの鉄棒に器用に足を絡めている井上さんがいる。器用に、そう器用に何本のも足を絡めている。1,2,3,4,5,6本もある。見上げた井上さんは暗い夜空に浮かぶ月の下で6本もの足をジャングルジムに絡めながら2本の腕で顔から胸へと体をなぞっている。その光景はどこか綺麗にも見えたけれど、当然恐ろしい物に間違いない。

「浅木君、そこに何がいるの?  何か見える?」

携帯電話の奥から綾篠さんの声が聞こえる。僕はその声を聞いたまま井上さんから目を離せずにいたけれど、やがて自分でも信じられない程に枯れたような声が出た。

「く……」

「く?」

「クモ。だ」

僕の声に井上さんがニヤリと笑うと、ゆっくりとジャングルジムに絡ませていた足を解き、その足を地面に向けて伸ばした。降りて来る井上さんに思わず後ずさりする。本当は踵を返し走って逃げ出したかったけれど、僕を真直ぐ捉えて離さない井上さんの瞳がそれをさせないのだ。

ドクドクと心臓が脈を打つ。

井上さんの帽子の奥にある瞳が怪しく赤に染まる。

「電話を切って。これからは私が側にいるから」

井上さんがゆっくり僕に手を伸ばした時、携帯電話の向こう側で綾篠さんが叫ぶ。

「早く、そこから、離れて!」

その声にハッとして僕は後ろを向くと駆け出した。


井上さんに手を伸ばされた時の感覚。

それはどこかで体験したような感覚だったけれど、今はそんな事はどうでもいい。一刻も早くこの場から離れなくちゃいけない。振り返ると6本の足に2本の腕をぶら下げた井上さんが僕を追いかけている。その姿は恐ろしい程に異形だ。もはや下半身は人間の姿ではなく完全に蜘蛛のような形をしていて幽霊というより妖怪だ。

僕はもつれる足を踏ん張らせながらなんとか走って井上さんと距離を取る。幸い僕を追う井上さんは微笑を浮かべたままゆっくり歩いてくるだけで、追いつかれる事はなさそうだ。息を切らせながらそのまま公園を出て歩道に飛び出した。

が、不思議な事に瞬きをした次の瞬間に目に映ったものは公園の景色だった。まるで今まさに歩道から公園の中へ入ってきたかのようにブランコや滑り台などの遊具がある。その中にはもちろん微笑みを浮かべた井上さんもいる。僕は訳が分からないまま、また公園を飛び出した。

しかしやはり目に映るのは公園の景色だった。


(抜け出せない――!?)


何らかの力が作用しているのか、もしくは僕自身の体に異変があったのかは分からないけれど、どうやらこの公園から出られないらしい。その間にも井上さんはゆっくり近づいてくる。

「あ、綾篠さん!  離れられないんだけれど……!」

「その蜘蛛はどんな形してるの?」

綾篠さんの質問がとてつもなく悠長な物に聞こえるけれど、恐らく大事な質問なのであろう事が声色に表れていた。

「どんな? 下半身が蜘蛛の足で」

「それから?」

綾篠さんが言葉の続きを急かす。

「上半身は井上さんなんだ」

「そう。やっぱりそうなのね」

綾篠さんは声を落として呟く様に言った。しかし綾篠さんが何に納得して何を理解したのか分からないけど、僕自身の危機的状況は変わっていない。

「マダラオオヒメ...まさかまだ生きてたなんてね」

僕は綾篠のさんの言葉に耳を疑った。マダラオオヒメはかつて井上さんにとり憑いた霊だが、その時はこんな恐ろしい姿ではなく単に蜘蛛の痣だったのだ。しかし言われてみればなるほど、それならば井上さんの姿をしているのも納得できる。

「人の体から離れたマダラオオヒメが生きてるなんて信じられないけれど、私以外が浅木君に寄り付くなんて許せないわね」

霊で嫉妬の対象にする綾篠が少し怖かったけれど、今はそんな事よりこの状況を打破する方法を知りたい。

「マダラオオヒメは井上香織の欲望を食らって成長してしまった。だからその欲望を叶えようとするはず」

欲望...?

「マダラオオヒメは何か欲しいとか、何かしたいとか言わなかった? もしそれがあればそれを壊してしまえばいいわ」

綾篠さんの言葉に絶句した。マダラオオヒメの欲望。それは僕が綾篠さんと別れてマダラオオヒメと付き合う事だ。そんな事は無理に決まってるし、そんな事は意味が分からない。

「マ、マダラオオヒメは僕と付き合いたい。って言ってるんだけど、どうしたらいいんだ?」

「……」

電話越しの綾篠さんから、電波を通して殺意が伝わってくる気がした。


そうこうしているうちに、いつの間にかマダラオオヒメが僕のすぐ近くまで来ていた。僕はハッとして距離を取ろうと走り出したが、今回はマダラオオヒメは素早くの僕の左腕を掴むと凄まじい怪力で僕の体を宙に浮かせた。

ギリギリと腕が痛む。僅かだが地面から離れた両足がぶらぶらと揺れる。

マダラオオヒメは宙に浮いた僕をだきあげると、頬を寄せてた。その顔はもはや井上さんの顔ですらない。見たこともない女の顔だった。それは長い黒髪で綺麗な顔立ちをしていたけれど、病的なまでに白い顔色と、そこに栄える赤い唇が妖しい美しさと恐怖を駆り立てた。

「電話を切って。私が側にいるから」

僕の耳元で囁く。甘い香りが僕の胸を侵す。


「浅木君、マダラオオヒメに電話代わって」


携帯電話から漏れた綾篠さんの声に、僕は右手に持っていた携帯電話をマダラオオヒメの耳元に叩きつけるように宛がった。

その瞬間、受話器から綾篠さんの声が漏れたが何と言っているのかは分からなかった。けれど、それを聞いたマダラオオヒメは苦痛に顔を歪ませ、掴んでいた僕の手を離した。

僕は地面に仰向けに倒れた。その角度から見上げたマダラオオヒメはいかにも苦しそうに悶え、6本の足を折り畳むように崩し、次第に萎んでいった。一体何が起こったのか分からないけど、綾篠さんが何かしらして、マダラオオヒメは絶命寸前のようだ。6本あった蜘蛛の足もなくなり、赤く光った目も光を失い。ただの人間の姿になったまま地面に倒れ息も絶え絶えに悶えている。

僕は体を起こし立ち上がると、それを見下ろす形で眺めた。

マダラオオヒメは苦しそうな顔をしたまま僕を見つめ辛そうな笑顔を向けた。

「私、死ぬの?」

その笑顔に突然、胸が締め付けられる思いがした。

「分からないけど……たぶん」

僕の返答は残酷なものだったろうか。口に出してから、しまった。と思った。

「いいよ。私、ここでなら死んでもいいの」

「ここで……なら?」

何もない公園の風景を見回す。

「ここは浅木君が住んでる場所だもの」


妖怪は、霊は、人間のような感情を持てるのだろうか?

そんな事はあり得ないだろうか?

あり得ないのだとしたら、マダラオオヒメの苦しそうな笑顔はどうして僕を見つめるのだろうか?

もし、人間のような感情を持てるのだとしたらそこにいるそれは、人間と何が違うのだろうか?

「......っ!」

僕は消え行くマダラオオヒメに思わず手を伸ばした。その瞬間、それに触れる事なく砂にまみれた地面だけがそこに広がり、何もない、誰もいない公園に風が吹き抜けた。



  ――・――



「マダラオオヒメに何を言ったんだ?」

「ただの悪口--......」

霊を殺す程の悪口なんて信じられない。恐らく霊的な物に効果のある言霊か何かなのだろうけれど、それはきっと綾篠さんならではの業で僕には扱えないのだろう。

見えるだけ。というのは何とも無力なものだ。



綾篠さんを乗せた電車を見送り、僕も帰路につく。家に帰ると何やらミコが興奮しながら僕の右手や背中を引っ掻く。

「何だなんだ?」

「んふっ、ふふっ」

上機嫌なミコはそれを振り払う僕を軽快に避けながら、僕の体に何度も飛びかかる。いい加減にうんざりした僕はミコをつまみ上げるとベランダに放り出した。僕はミコの謎の行為にため息をつくと宿題を終わらせようとノートを開いた。


その時に気付く。

右手の蜘蛛の痣に。


思わず声を上げそうになったけれど、更に驚く物がそこにはあって、出かけた声すら飲み込んでしまった。なんとそこには小指サイズ程の女の人がオロオロとしているのだ。

「あわわ......猫は怖いの」

本気で怖がっているのはどう見てもあの公園で見たマダラオオヒメだ。マダラオオヒメなのだがミニチュアサイズだった。

「何でお前がここにいるんだ」

僕は目を細める。

「えっと......とり憑いちゃったの」

なんて事だ。今度は僕にとり憑いたってのか!?

「ああ!  でも心配しないで!  今度は大きくなったりしないから!」

それは僕の欲望を食らい成長しないという事で良いのだろうか?

「私はここで暮らせれば満足だから......」

小さな頬を赤く染めてもじもじするマダラオオヒメ。もう何が何だか分からないけど、僕の受難はまだまだ続きそうだ。







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