口裂け女 (1)
都市伝説。という言葉がある。
2000年代になって使われ始めた言葉だが、その内容は口伝、伝承、要は噂話というやつだ。かつて人の噂話は伝わる間に尾びれ背びれがついてあらぬ形で伝わったものだが、近年インターネットの普及で情報そのままに伝わる事も多い。
1970年から1980年にかけて口裂け女や、コックリさんなどが流行り時には警察が出動する騒動にもなったが、それらもいわゆる都市伝説の一つだ。この都市伝説はもとが噂話でありその起源に根拠があるとは限らない。
しかし、さりとて。
ない。
とも言いきれない。
あやしのかのじょ
「綾篠さん。口裂け女って知ってるかな?」
「……いきなりどうしたの?」
「いや、漫画の話なんだけどね。私綺麗?と聞いてきて、「いいえ」と答えると殺されてしまうらしいよ。酷い話だね」
「あら。そんな奴は殺されて当然ね」
「言葉には気を付けろ。って事なのか……」
「そして? 「綺麗です」と答えたらどうなるのかしら?」
「つけてるマスクを取って、裂けた大きな口を見せてくるらしいんだよね。怖いなぁ」
「ええ。そうね……それで?」
「……え?」
「裂けた口を見せて……それからどうなるの?」
あやーしのかのじょ
僕達は歩道を歩く。電車通学の僕と綾篠さんの帰り道は駅までという短い距離だ。日が沈み出し少し冷たい風が吹いた。
「どうなる……って。それで終わりだよ」
「それで終わる?口裂け女は、口を見せて消えちゃうのかしら?」
「うーん……どうなんだろう」
考えてもみなかったけれど、口裂け女の続きはどうなっているのだろう。質問の答えに、いいえ。と答えると包丁で刺されたり、鋏で切られたりするのだろうが、それ以外の結末は曖昧だ。
「そんなものはただの迷信よ。気にしないでね」
「そうだよね。そんなの本当にいるわけないもんな」
「そうね。本当はいない……だけど……」
「だけど……?」
「嘘だけど、いる」
「ややこしい言い方するなぁ」
「嘘だとしても、信憑性があるのなら影響があるのよ。本当は存在しているけれど知られていない・・・・・・以上にね。例えそれがただの迷信だとしてもね」
「真実かどうかは問題じゃないってこと?」
「知らなければいないのと同じ・・・そうじゃないかしら?」
「そう言われたらそうかもしれないなぁ」
「だからね。浅木君」
知っていれば。いるのと同じ。
事実それらの噂話が小学校の集団下校や警察の交通規制を引き起こしたのは実際にあった出来事で、こういった話をネタにしてイタズラで同様の格好をして包丁を持ち歩き、銃刀法違反で捕まった女性もいる。ありもしない噂話がとんでもない事になったと思う。確かに神様の存在や宗教などという概念も全ては「ある」という空想の仮定の上で成り立つもので、誰かにあると信じられる事で存在できる。それは口裂け女や他の都市伝説もまた、誰かにあると信じられる事で命を宿すのかもしれない。
綾篠さんを駅まで見送り僕は帰路についた。少し冷たい風が僕の背中を撫でるように吹き抜ける。綾篠さんと付き合ってしばらく経つものの、彼女の事は分からない。中学校時代の事やオカルト知識もどうしてそんなに詳しいのか分からないし聞きにくい。ただの趣味を言うには、これまでの事を考えるとちょっと
度が過ぎている。その度が過ぎている事でたくさん助けられているんだけれど・・・。
(まぁ・・・聞いても答えてはくれないか)
僕は家の近くの白波公園を横切り、交差点を渡る。そして交差点を渡り切ったところで気付く。
渡れていない。
正確には渡ったはずの交差点が目の前にある。何度か経験してるこれは結界。霊の住む空間。幽霊が出る前触れなのだと分かった。冷たい汗が背中を伝っていくのを感じる。僕は慌ててスマホを取り出したが電波がなかった。これまで電波が通じてないなんて事がなかったのに。綾篠さんと連絡が取れないとなると僕がどうこうできる事は何もない。日の落ちた歩道に続く薄暗い街灯が恐怖を煽る。そしてそれはやって来た。
交差点。真正面からゆっくりと歩いてくる白い何か。僕は目を細めながらそれが近づいてくるのをじっと見つめていた。体中に鳥肌が立つのを感じたまま動く事さえ出来なかった。やがてそれは街灯に照らされ白いロングコートを着た女性だという事が分かる。ひどく伸ばされた髪で顔は見えないままに表情を隠す程の大きなマスクをしている。身長は僕より大きく女性にしてはずいぶん大柄だった。
真っ直ぐ歩いてくるそれは、幽霊には見えないほど生々しく生きた人間だった。着ているコートも質のよさそうな物だった。それはカツカツとヒールの音を立てながら立ち尽くす僕の横をゆっくりとすり抜けて行く。汗が頬を伝う。このまま何事もなく消えて欲しいと心の中で強く願った。しかしそれは僕の横に並ぶかのように足を止めた。
(やばい・・・!)
どきっと胸が鳴って僕はとっさにうつむき顔を逸らした。
それは僕を覗き込んでこう言った。
「わたしきれい?」




