引っ張るもの 1
僕のクラスでの仕事は準備係りだ。
クラスのイベントから学校行事、果ては先生達の雑用まで任されるマルチなお仕事だ。悪く言えばパシリで放課後はその仕事に追われて遅くなることもあるくらいだった。そんなに仕事あるのかと思う程に任される。というかやらされる。学期末だけで色々なプリントをコピーしたり、機材を移動したりそれはもう大変な作業だ。
そういう仕事を井上香織さんと二人でやっている。
「ちょっと・・・これ隣のクラスの分も混じってない?」
「本当だ。一緒にやっておいてくれって事だね」
「いつになったら終わるの!」
そう言って井上さんはプリンターのボタンを強く押した。
気持ちはよく分かる。そもそも僕達はクラスの係員であって、他のクラスや他の学年は関係ないし、他のクラスにはそれぞれ同じように係員がいるはずなのだ。
なのだけれど・・・。
僕達は山のように積み上がったプリントを見上げてため息をついた。もしかして全学年かつ全クラス分なのではないだろうか。プリンターの印刷音が準備室に鳴る。そして僕等の仕事はこれだけではない。プリンターの横に山のように積まれたダンボールを会議室へ移動させなければならない。もちろん何が入っているのかなんて分からないが、これらを完遂してようやく帰宅できるのだ。
「これは何なんだろうね?」
井上さんがダンボールを見上げて言う。どうせ大したものじゃない気もするけれど、この際中身なんてどうでもいい。さっさと運んで帰りたい。その気持ちしかない。ガムテープで巻かれたダンボールを運びやすいように床に降ろした。あとは二人で持って行くだけだ。
「浅木君。ガムテープ貼ってないのもあるけれど・・・」
「ん、まぁいいんじゃないかな。そのまま持っていこうよ」
ダンボール箱は予想以上に重くて、一個ずつ会議室へ運んだ。こんなの一人でやってたら腰がおかしくなってしまう上に、今日中になんてとてもじゃないけれど終わらない。準備室に戻ると井上さんがダンボール箱を開けて一冊のノートを手にしていた。
「井上さん、それ何のノートだったの?」
「あ。いや、卒業した生徒のレポートみたいな物だったよ」
そんな物を会議室へ移動する必要なんてあるのか。無駄な労力にため息が出る。とりあえずコピー機は動かしたまま、二人でダンボール箱を終わらせてしまいたい。台車とか使えば、もっと楽に移動できるかもしれない。
「井上さん。台車とか・・・な、ないかな?」
「台車?」
僕は言葉を失った。
ノートを持つ井上さんの手が何個もあったのだ。手、そう手だけがノートを奪い合うようにいくつもそれを掴んでいる。井上さんには見えないらしく、いつもの無頓着な表情でノートをダンボール箱の中に戻した。とりわけ何か起こったわけじゃないが、大丈夫なのだろうか?
あやしの! かのじょ!
引っ張る幽霊というのはたくさんいるの。
と綾篠さんが言った。校舎の屋上から見上げる空はあいにくの曇り空で、湿った空気が吹き抜けて綾篠さんのスカートをなびかせる。それを手で抑えながら僕を睨む。
「浅木君の見たそれは、ノートを掴んでいたわけじゃないわ」
つまり。井上さんを掴もうとしていたわけだ。
「存在に気付いて欲しくて掴んだり、引っ張ったり。救われたくてそうするように幽霊が動く事はよくあるの。浮遊霊のような脆弱な霊なら、そういうイタズラも多いんじゃない? 丁度良いから井上さんは引っ張ってもらったらいいんじゃないかしら?」
「引っ張られる。というのはどういう意味なんだ?」
そのままの意味よ。と口元が怪しく笑う。
「階段や屋上で引っ張られなきゃいいわね」
綾篠さんが屋上のフェンスを優しく撫でた。
「おいおい!それって危ないんじゃないのか!?」
「放課後の浅木君を独占するような女はみんな死ねばいいのよ。大丈夫よ。どうせ事故死になるから。本当の事実を知っているのは、浅木君と私だけよ」
「余計に辛いんですがそれ!」
「男女の発展に犠牲は付き物よ」
「化学みたいに言うな」
「男女の発展に犠牲は憑き物よ」
「誰が上手い事言えと?」
「井上さんを助ける代わりに、一日デートを所望します」
「井上さんの命の価値が低すぎる!!」