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妖しの彼女  作者: 鎖
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横断歩道の幽霊(3)


悪霊。そもそも霊に対して善い霊、悪い霊と分別しない思想もあるが、キリスト教のように悪霊を絶対的な悪の存在として一元化する場合もある。西欧では一神教文化が悪霊に憑依したものを払う(俗に言うエクソシスト)概念が、異教徒や悪霊を生み出していった背景もある。それに対して仏教では悪霊、怨霊に対してこれを払うというより、読経による魂の救済としてその作法と思想に隔たりがある。


世界各国、どの地域においても霊的思想は存在する。


しかし、いずれも霊は人間が作り出すのだ。



       アヤシノ ×  カノジョ



「生きている人間に影響を及ぼす悪霊ともなれば、かなり強い霊体だと言えるわね。うかつに関わるべきじゃない。浅木君、聞いてるの?」


僕は違和感を感じていた。そう、最初は違和感だった。少しずつ理解し始める。体温が下がっていくような感覚。ゆっくりとぬるい水に浸かっていくような感覚だ。爪先から、静かに頭まで浸かってしまった時に気付く。これはマダラオオヒメの時と同じなんだ。

先ほどまで往来していた人々は一瞬にして消え去り、僕と東雲先輩だけが取り残されたように横断歩道に立っていた。東雲先輩が辺りを窺い、引きずり込まれた。と小さく呟いた。いつの間にか日が暮れ、夕方になっている。きっとあの子の最後の瞬間は夕暮れだったのだろう。そして、その時から止まったままなんだ。


「これが、その子の存在する世界、たぶんその子はずっと沈みきる事のない夕方に生きているのね」


東雲さんはあいにく塩や清酒なんて持ってないからねと、スケジュール帳を破いて間隔として10m四方に一枚ずつ風に飛ばされないよう小石を乗せて置いた。


「盛塩や酒じゃなく本や雑誌でも結界は作れる・・・こんな雑なものは初めてやるのだけれど。簡単に破られそうね」


と、笑えない冗談を笑いながら言う。効果はその本の意識レベルの問題で、好きな本や身近にあるものが効果が高い。その本が新しいものか、古いものか。どんな内容かが問題ではなく、自分にとってそれが良いものであるか? 自分という人間を深く知る事ができるか? それが大きく関係する。つまり東雲先輩のスケジュール帳という選択は、何の用意もされてない状態。今この現状では的確な選択だ。という事は僕は知らない。


いつの間にそこに居たのか。男の子が横断歩道の信号機の電柱の下に立っていた。


「うっ」


小さく嗚咽を漏らして東雲先輩が口元を手で塞いだ。前に見た男の子の幽霊と同じだ、四歳くらいに見えるその子は白いシャツに青いズボン。青白い顔はまるで血が通っていない。けれど普通の男の子に見えなくも無い。


「・・・ごめんなさい」

「え?」


ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

その子が謝り泣きだす。と同時に一歩こっちに踏み出した瞬間、東雲先輩が叫んだ。


「浅木君、走って!!」


東雲先輩が幽霊から逃げるように走り出した。僕もその声に促されるまま踵を返して走った。東雲先輩の背中を追う。スケジュール帳で作った結界はそのままに置き去りにして来た。その間、振り返る事はできなかったけれど、追いかけてくる気配は感じなかった。

息を切らせて僕等は駅まで戻って来た。マダラオオヒメの時は公園から出る事ができなかったのに、今回は駅まで戻って来れたのである。息を切らせたまま時刻表に目を向けると、まもなく電車が来る。逃げ切れるかもしれない。そこでふと気付く、横断歩道からかなり離れているはずなのに、ここも人の気配がしない。間違いなく無人。無人の駅なのだ。逃げる事に夢中になっていて気付かなかった。まだここも、幽霊の住むエリアの中なのだ。だからここまで移動する事ができただけで、逃げる事ができたわけじゃなかったんだ。とんでもなく広い結界は暗にその霊が強力な事を物語っている。


東雲先輩曰く、あれは男の子の霊には見えなかったらしい。犬や猫、それからたくさんの人の体が混じりあう怪物に見えたらしい。おそらく、この街のあらゆる死に行く命を吸ってしまった結果なのかもしれない。無数にある腕の一本を伸ばして来たから、走るように言ったのだとか。僕には子供が泣きだしたように見えたが、その事は言わなかった。


「浅木君、この状況を打破する方法は二つあるの」

「二つもあるんですね」

「戦うか、逃げるかよ」

「一つなんですね」


当然、逃げ一択だ。僕は戦えるほど強くないし、東雲先輩にも危ない事をして欲しくない。というのは建前で本音は怖いんだ。綾篠さんという存在がいないだけで、こうも臆病になってしまうものか。東雲先輩がふふ、と笑った。


「あらあら。だから追ってこなかったのね」


東雲先輩の視線の先。いつの間にか電車が止まっている。もちろん走ってきたのを見たわけでもないし、電車の音も聞こえなかった。しかしどういうわけかホームに電車が止まっているのだ。そして独特の機械音を鳴らしながら電車のドアが開いた。なるほど、追いかけて来ないわけだ。



先回りしてるんだから。


腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。


無数の腕が開かれたドアを這いずるように掴む。重そうに体を引きずりながら、幽霊はその姿を現した。体に腕が生えている。というか体と分別するのか。頭や腰など部位があるわけじゃなかった。その大きな肉の塊に無数の人の腕と足、犬や猫の尻尾や脚。はてはカラスの羽などが乱雑に生えてるようだった。これをおぞましいと呼ばずにどう形容すればいいのか。


「・・・『大喰い』なんて初めて見るわね。ふふ」


東雲先輩が不敵に微笑む。



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