横断歩道の幽霊(2)
「お兄ちゃん、機嫌悪いの?」
「いや。例えばミコは・・・」
「なぁに?」
「何でもない」
除霊するという事は殺す事だろうか?
除霊されるという事は殺される事だろうか?
霊はそれに対する恐怖はあるのだろうか?
ア ヤ シ ノ カ ノ ジ ョ
正義感じゃない。好奇心でもない。では、それはどんな感情か? と聞かれても僕には答える事ができない。井上さんの時もそうだった。それでも何かせずにはいられない。使命感ともまた違う何かが僕を動かす。一番近い言葉にすると、それは焦りだ。
日曜日。僕はある人に会うため駅前の喫茶店にいる。さすがに休日の駅前は人に溢れているけれど、まだ空席はいくつかある。これから正午に向かって慌しくなるのかもしれない。約束の人はまだ来ていない。本来なら遅れる事に対してイラだったりするのだろうけれど、今回の相手は少し違っていて、遅れている事に少し安心している自分がいる。なんて事も束の間、やがてその人はやって来た。
「ごめんね。浅木君。待ったかな?」
「いえ、今来たところですよ。東雲先輩」
東雲愛華。我が校の誇る期待の星。頭脳明晰、沈着冷静、才色兼備、県内随一の学力を誇り、その将来を期待される三年生だ。綾篠さんと喧嘩(?)した経緯もあり、ずっと距離を取っていたが今は頼れる人物が他にいなかった。
「浅木君とここに来るのも久しぶりね」
運ばれてきたコーヒーに口をつける。ただそれだけの仕草だったけれど、どうしてこうも・・・何と言うか魅力的に見えるのか! 高校一年生から三年生までのこの二年間にはこうも超えられない壁があるものなのか!? それとも東雲先輩は幼い頃から既に色々な意味で成人していたのか!?(錯乱)
「・・・浅木君?」
「あ、はい!」
「それで? 私を呼び出した理由は何かな?」
「横断歩道に・・・」
-・-
「ふぅん・・・そうなんだ」
東雲先輩が長い髪を耳にかける。イヤリングが光る。僕は東雲愛華という人物をよく知らない。何が好きで、何が嫌いで、何を考え、何をしているのか。その一切を知らない。ただ、こういう事に詳しいという事しか知らない。幽霊の事も僕の事も、彼女自身には一切関係なくて除霊をする理由もないし、僕に協力する理由もない。
「結論から言うとね、浅木君。協力してあげる」
ありがとうございます・・・。結論から言うと。という言葉。それには結論に至るまでの過程があるという事。それは一体何か?
「今の浅木君の話の中に、気になる点が二つあるの」
「一つは浅木君には子供の幽霊に見えて、綾篠さんには違うモノに見えた事。もう一つは、綾篠さんは地縛霊だと言ったようだけれど、事故自体は今まで起こっていなくて、先日になってそれが誘発したものだという事。だっておかしいでしょ? 自縛霊ならもっと以前から似たような事故が起こっていても不思議じゃない」
確かに、そうだ。深く考えていなかったけれど東雲先輩の言った点は何か不思議だ。それはそうと、どうしてその気になる点が協力する理由になるのか?
「私はね浅木君」
「知りたいの」
「知らない事をもっとたくさん」
コーヒーカップを置いて妖しく微笑んだ。
-・-
僕等は例の横断歩道へやって来た。こんな日だけれど天気も良く、不謹慎ながらデート日和だ。人々は普通に往来する。ただ・・・事故現場であるが故にその場は痛々しい、周りに散らばったガラス片や、電柱に激突した跡がまだ生々しく残っている。つい先日の事だったのに交通規制もなく普通に自動車が行き交う。
・・・そして道脇には花束が。
「いない・・・?」
そう。いない。僕が先日見たはずの子供の幽霊がいない。見間違いだったはずもない、なぜなら綾篠さんもそれを見ていたからだ。では、どこへ行ったのか? そもそも自縛霊に移動する事ができたのだろうか? それとも自縛霊ではなかったのか? いやそんなはずはない。あれを自縛霊と霊視したのは綾篠さんで、そういう事を間違うはずもない。辺りを見回してみるも、それらしきモノも見当たるはずもない。東雲先輩は車道に置かれた花束に手を合わせている。しばらく眼を瞑って何かを思案する仕草を見せてからふいに顔をあげた。
「なるほど・・・分かったわ」
「やっぱり自縛霊だったみたい」
東雲先輩が顔をしかめる。
「浅木君、悪い事は言わないから。関わらない方が良いわ」
自縛霊、だった、みたい。
自縛霊、だった。
今は・・・違う。そういう事なんだ。
東雲先輩の見解では、綾篠さんの霊視は正しく元々は地縛霊だったモノらしい。けれど今はその地(ここでは横断歩道だけれど)から離れているとか。それはつまりどういう事か? もはや地縛霊ではないという事だ。地縛霊が浮幽霊に変化するという事があるだろうか? そもそも霊に種類がある事さえ僕には理解できないのだから、それについて言える事はなにもない。
「地縛霊、浮幽霊、守護霊、背後霊、霊は色々な種類に分類されるけれど、それらに分類されず一貫性のない霊がいるのよ。浅木君、それが一体なにか分かる?」
「・・・」
「悪霊ってやつよ」