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HAWK  作者: 大藪鴻大
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烏の神隠し

 うれしいニュースがあり、そのうれしい気持ちを抑えることができないので、勝手ながらここで報告してしまいます。

 今日、アクセス解析を覗いてみたところ、「Scare Crow」のお気に入り登録が一件増えていました。大変励みになります。登録してくださった方、ありがとうございました。


 さて、前回の続きです。別の時間軸上に「自分の意識下にいない自分」が存在するためには、ドッペルゲンガーの存在を証明すればいい、という話だったと思います。

 ドッペルゲンガーとは、簡単にいうと、自分の前に現れるもうひとりの自分です。都市伝説のようなものですが、もし、ドッペルゲンガーが存在すると仮定したときに、ある考え(妄想?)にたどり着きました。ドッペルゲンガーとはすなわち、別の時間軸上に存在している「自分」が、何かのきっかけで、「自分の意識下にある自分」のいる時間軸上に現れてしまった存在だ、と考えたのです。そうすると、ドッペルゲンガーが存在することが、別の時間軸にいる「自分」の存在の証明になりそうじゃないですか?

 以上から、別の時間軸にいる「自分」は、「自分の意識下にはいない自分」であり、未来人が過去に飛んできて別の時間軸に移行した場合、残念ながら「自分の意識下にいる自分」は未来人を認識することができない、という結論になりました。なので、「将来、タイムマシンは完成するのか?」と尋ねられた場合、私はこう答えます。

 「完成するのかどうか、私の認識の範囲を超えています。」

 次の日、いつも通りの時間に起き、朝食を食べ、学校に向かった。学校に着くと本を開く。幸い、その日は彼女が話しかけてくることはなく、読書に集中できた。

 俺が本から意識を現実世界に戻したのは、ホームルームの始まりの号令が聞こえたときだった。なんとなく、あいつの席を見る。あいつはいなかった。珍しいことではない。あいつは、ときどき理由もなく休む。それが長期間になることもしばしばだった。いつも通りといえばいつも通りのことだ。

 その後、あの金髪と茶髪の二人も休んでいるらしいということを小耳にはさんだ。そちらも、別段珍しいことではなかった。そうか、と思う程度だった。昨日の出来事が原因かもしれないな、とも思った。

 異変が起きたのは、家に帰り着いてからだった。マンションの公共出入り口に、一人の男が立っていた。退屈そうに辺りを見回している。青い色の薄い上着を羽織り、壁に寄りかかり、ポケットに手を突っ込んでいた。ピンピン跳ねた黒髪が遠くからでもよく分かる。正直言って、良識があるようには見えなかった。目を逸らして、中に入る。

「おい。無視すんじゃねえ。」

 思わず振り返る。驚いたからではない。聞いたことのある声だったからだ。男は、俺を待っていたらしい。

「わざわざ、会いに来てやったっていうのに。その態度はないんじゃないか。挨拶ぐらいしてもいいだろ。」

 吊り上がった目に、薄い唇。やはり、男は昨日思った通り、二十代ぐらいに見えた。

「何の用ですか?」

 この男は思慮が浅いのだろうか?もし、俺が昨日のことを警察に話していたら、この辺りのパトロールが強化されているはずだ。今、俺が外に飛び出し、助けを求めたら、あっという間にこの男は捕まるだろう。それとも、それは俺の勘違いで、そんなことはないのだろうか。

「昨日言ったばかりだろ。学校どうだったよ?っていうか、おまえ、本当に誰にも言わなかったみたいだな。偉いぞ。偉いし、賢い。」

 それは、警察に告げ口したところでなんとかなると思うなよ、と暗に仄めかしているのだろうか。警察ごときに、俺が捕まるわけないだろう、とでも言いたいのだろうか。それよりも、本当に学校のことを聞きに来るとは。

「場所、変えませんか?」

「なんだよ。長くなるのか?ということは、期待していいんだな。」

 男が口角を上げ、笑う。その表情を見た瞬間、俺には分かった。その表情が作られたものだということを。


 俺は、男と駅前のファストフード店に入る。俺は男を置いて家に一度帰った後、養い親に出かける旨を伝え、出かけた。昨日の今日であるので、説得するのに苦労したが、都合よく昨夜の事件を勘違いしているセイジが手を貸してくれたおかげで、なんとか外に出ることが出来た。

 せっかくだから何か食おうぜ、と男は適当に注文し、二人分の食事を持って机に座った。窓の外に向かって座るカウンター席だったため、正面を行き交う人たちを眺めながら話す形になった。

「それで、学校はどうだったよ。おまえのお友達はいなかっただろ?」

 まるで、いないことが前提となっている言い方だった。俺はハンバーガーを頬張っていたため、口を開くことが出来ず、頷いて返事をする。

「それで?」

 それで?それ以上、何を聞きたいのだ?男が頬杖をついてこちらを見ている。俺はハンバーガーを飲み込む。

「それでと言われても。いつも通りでしたよ。」

「誰も騒がなかったのか。おまえの学校は、人が行方不明になったっていうのに、みんなで無視しているのか。それとも、『行方不明です。それが?』とでも思っているのか。」

 行方不明?この男は一体何が言いたいのだ。行方不明になっていたら、それこそ学校は大騒ぎになっている。

「ただの休みですよ。行方不明じゃない。」

 男の視線が一瞬動く。動揺していた。一体、なんで動揺するのか、理由はよく分からないが、確かに男は今の瞬間、動揺した。声には出さなかったが、嘘だろ、と口が動いていた。

「まあ、そこのところは後々はっきりするんじゃねえの。」

 思っていることと口にしていることが違う。俺は何となくそう思った。この男は、何か事情を知っている。だからと言って、これ以上深入りするつもりもなかった。

「一応確認なんだけどよ。烏って知っているよな?」

 深入りするつもりはないのに、男が話を進める。得体のしれない世界に巻き込もうとする。烏とは、あの黒い鳥のことではあるまい。なぜ、この男は俺を巻きこもうとする。このまま、逃げ出してしまった方がいいのではないか。

「昨日、バッグと一緒に黒い羽が落ちてたんだよ。だから、あいつらは烏に神隠しされたって思ったわけだ。実際、あいつらは学校に来ていないんだろう?」

 さっきの返事をする前に、男がさらに話を進める。一度川に落ちたら、ひたすら流されるだけ。俺は、昨日この男に遭遇したときから、何か大きな流れに巻き込まれてしまったのではないか。逃げろ、と思いながらも俺は席を立つことが出来ない。男が見えない圧力で、俺をこの場から逃げられないようにしているかのようだ。

「それで、烏にはもうひとつ噂があってよ。烏に神隠しされた人間は、神隠しされたことにすら気付いてもらえないっていう話があるんだ。要は、その人間はもともと存在しなかったことになるってことだな。流石に、それは作り話だと俺は思っていたわけだ。今の今まではな。」

 そこまで言うと、男がストローをくわえ飲み物を飲む。いまいち、話が飲み込めないが、俺は烏と呼ばれる誘拐犯か何かがいて、その烏に関していくつか都市伝説みたいなものがあるのだと解釈した。

「昨日、黒い羽を見つけたとき、丁度いいと思って、おまえに周りの人間がそいつらのことを覚えているかどうかを確かめてもらったわけだ。そして今日、おまえは、いつも通りだったと答えた。」

「いや、だからそれはただの休みだからであって。行方不明だったら、大騒ぎですよ。」

「大騒ぎにならなかったから、不思議なんだろ。」

「だから、ただの休みなんですよ。」

 どうやら、男は烏の都市伝説らしきものの半分は、真実だと思い込んでいるらしい。烏は神隠しをすると、その場に黒い羽を残す。黒い羽があったから、神隠しされたに違いない。そう考えると、男の発言も納得できる。

「とにかく、話すことは話しましたから。これ以上、関わらないでください。」

 席を立とうとする。何かが引っ掛かる。俺は振り返る。いつの間にか、腕をつかまれていた。

「こっちは顔を見せてんだ。これが何を意味するか、分かってんだろうな。」

 見せるも何も、そっちが勝手に接触してきたんだろ。勘弁してくれ。俺をおまえの人生に巻きこまないでくれ。目の前のこの男の考えていることがよく分からない。

「また会いに来るぞ。」

 脅しのつもりなのか、そう言うと男は手を離す。席から立つ。立つと視界が変わったためか、奥の席で大声で笑い合う男女の集団が見えた。それを見て、不愉快に思う人もいれば、何も思わない人もいるのだろう。ただ、彼らに悪気はない。きっと、自分達のことに夢中になるあまり、周りのことが一時的に見えなくなってしまっているだけなのだろう。俺も似たようなものだ。いくら周りを観察しようと、何も感じなければ意味がない。俺は、肝心なはずのところが見えていない。

 俺は振り返る。男が黙ってこちらを見ていた。男と対峙する。昨日、あの倉庫でも感じた。きっと俺は、店の奥で笑うやつらの側でも、それを見る人たちの側でもない。目の前の、この男と同じ側の人間なのではないか。

「何だ?」

「名前、聞いてなかったなと思って。」

「いい度胸してんじゃねえか。名前まで聞くのかよ。」

「どうせ、顔も見てしまいましたし。これから、長い付き合いになるんだったら、名前ぐらい教えてもらわないと。」

 男が頬杖をついていた身体を起こすと、笑みを浮かべる。作り笑いだろうか?

「俺の名前は、鳶だ。」


 鳶は、トンビ、と読みます。ちなみに、烏は、カラス(トリと紛らわしい・・・)、鴇は、トキ、雉は、キジ、と読みます。読み方が難しい漢字であるにもかかわらず、読み方を書いていないことをここでお詫びします。

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