The color of light
最終話です。挨拶は、後書きにまわします。
「悪いな、鷹。今日はちょっと物騒になるかもしれねえ。」
俺たちの他に一人しか載っていないバスに揺られているとき、鳶が申し訳なさそうに口を開いた。そうは言うものの、今までにもそういうことはあった。しかも、そのときは今回のように断りすらなかった。事後承諾すらなかった。だから、鳶が急にそんなことを言ったことに違和感があったが、俺は無言で頷いた。どこの球団かよく分からない野球帽を被らされて、視界の一部が遮られ、邪魔でしょうがなかった。
俺たちは、山道のど真ん中の小さなバス停に降りると、山道に入っていった。夏休みに家族サービスはしてやったか、と鳶が冗談交じりに話しかけてくるので、映画を見に行った、と答えた。ありきたりな話で、俺には物足りなかったが、養い親とセイジは満足したようだったので、文句はなかった。
やがて、木々の間からログハウスが見える。その扉が開きっぱなしであるのが目に入る。俺は咄嗟に走り出していた。おい、ちょっと待て、と鳶も俺の後を追ってきた。ログハウスまで道のような道はなかったが、修業の成果か難なく走り抜けることが出来た。
ログハウスに飛び込む。ターゲットはどこだ?辺りを見渡すと、まず二つの人影がうずくまっているのが見えた。それを見下ろすやや肥満体型の男。髪は整えられていない。男が振り返る。驚いたように目を見開くが、俺の姿を確認すると、安心したのか、身体の緊張が僅かにほどけた。
「どけ、ガキ。」
男がナイフを向けてくる。ナイフか。ふと机の上に白い花が飾ってあるのが見える。確か、その花はマグノリアだったはずだ。男がむやみにナイフを突き出してくる。
「死にたいのか?」
男は無駄な動きが多かった。今まで対峙してきたやつらに比べ、はるかに劣る相手だった。男は興奮している。自分のしたことを完全に受け入れることが出来ず、もしくは、無視することが出来ず混乱している。
「何で殺した?」
そんなことに全く興味はなかった。ただ、そう聞くのが礼儀だと思ったのだ。人生を台無しにする覚悟をもってこんな行動に出たのだから、その動機ぐらい聞いてやるべきだと思ったのだ。
「うるせえ!おまえみたいなガキに何が分かる!」
分かるさ。そうつぶやいたが、男が突進してきたため、その声は騒々しい音の中に消えていった。野球帽が飛ばされ、視界が広くなる。男が俺の身体に乗り、包丁を振り上げているのが見える。振り上げ、そこでわずかの間動作が止まる。
躊躇したらダメだろ。男がようやく包丁を振り下ろす。俺は首を左に曲げる。包丁が木の床に刺さる。勢いだけはあったため、男は包丁を抜くのに戸惑った。
俺はナイフを握る指に噛みつく。男の恐怖に満ちた悲鳴が聞こえる。右腕を動かし、ナイフを抜く。ナイフを握り直すと男の胸めがけて振り下ろす。
ナイフが男の胸に埋もれた。男は声も出さず、呼吸を震わせた。俺は、男の下からはい出すと、起き上がる。理由はなかったが、男を軽く蹴り倒す。男は頭から地面に倒れる。赤黒い液体が床に滲みだした。弱い。弱すぎる。
「人を殺さないと生きていけない?笑わせるな。」
目の前で小刻みに震える男を見下ろす。包丁の刺さった胸からは、赤黒い液体が音も立てずに、ゆっくりと流れ続ける。血がログハウスの床を染める。醜い。そう思った。
返り血を浴びた手が生温かい。俺は、男の血で染まった自分の手を見つめた。俺は汚れていく。その血は洗い流されることはない。これからも、ずっと。俺は汚れ続ける。
「汚れるのは、俺だけで十分だ。これは俺だけの使命で、義務だ。そうだろ。」
俺は振り返る。その視線の先には、いつの間にか部屋に入ってきた黒いコートを着た鳶が立っていた。鳶は困ったような笑みを浮かべて肩をすくめる。
「まあ、そう思いたいなら、そう思えばいいさ。」
黒いコートを着た男が、地面に転がる男の側に近寄り、しゃがむ。男の顔を覗き込むと、笑みを浮かべた。作り笑いだ。
「見ろよ。苦しそうだ。こんなことしなけりゃ、苦しまずに済んだのによ。」
想像力が欠如しているんだ。鳶は、そう言うと再び立ち上がる。俺は、身動きしないもう一つの身体に近寄る。
そこにいたのは、セイジを抱えた養い親だった。しかし、それはもう生命としての機能を失っていた。まるで、剥製のようにピクリとも動かない。もう、生きていない。
「離婚された旦那さんの怨恨らしいぞ。なんでも、離婚してから職は失うわ、家は火事になるわ、両親は心の病になるわで不幸続きだったらしい。」
生きるのって大変だなあ、と鳶がしみじみと漏らす。もう一度、動かなくなった二人の身体を見る。心がシクシクと痛む。この場合、そんな表現が当てはまるのかもしれなかったが、どうも腑に落ちなかった。俺は鳶を見る。鳶は目を細めるが、すぐに笑みを浮かべる。
思えば、このときから鳶の笑みは奇妙なものになっていた。
笑い続けていたからか、笑いが収まったころには息切れしていた。呼吸することも忘れ、笑っていたらしい。
「なんか、ごめんな。こんな形になっちまってよ。」
一体何に対して謝っているのだろうか。俺の家族を救えなかったことだろうか。俺が人を殺してしまったことだろうか。それとも、人殺しの自分だけが俺の世界に残ってしまったことだろうか。
人生というのは奇妙なものだ。どこかの誰かが道を決めてしまっているのではないかと思うこともあるが、振り返ってみれば、自分で選んでいたようにも思える。
俺は強くなれるだろうか。それは何にも動じないとか、負け知らずとか、そういう意味ではない。俺のいう強さというのは、譲れないものを最後まで譲らないということだ。罪を背負って、人を救済する。いくら他人にそれは間違っていると非難されようが、俺は譲歩することはない。仕方がない、と言い訳もしない。それが奇妙な人生に巻き込まれた、俺の決意だ。
俺の背中はそんなに大きくない。だから、そんなに罪を背負えないかもしれない。そのうち、身を滅ぼすかもしれない。そのときには、烏に神隠ししてもらおう。俺という存在を消してもらって、小さい背中に背負っている罪も一緒に消してもらおう。
覚悟しておけよ。俺は、未来の俺自身にそう伝える。
俺は、頬をつたっていたものを袖で拭う。鳶との間は夜の闇で隔てられている。その間の薄い暗闇を通って、俺は鳶の元に行く。暗闇はあっという間に通り抜けた。街灯の下、鳶と二人、小さな世界を共有した。古ぼけた光が、俺と鳶だけを照らしていた。
―了―
以上で、「HAWK」はおしまいです。最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。この物語では、「人に無関心なキャラクターから見た世界」を書こうと思って、あれこれ画策してみたのですが、どうだったでしょうか?
なお、物語はここでおしまいですが、例のごとく、最後におまけコーナーを設けます。「HAWK」の裏話などを書こうと思っていますので、よろしかったら、そちらの方も読んできただけると幸いです。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。




