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HAWK  作者: 大藪鴻大
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悲劇のヒーロー

 この話で、この物語は急速に終わりに向かいます。自分でも唐突だなと思い、何度も検討しましたが、いまでは、これはこれで悪くないと思っています。物語が終わったとき、「これで終わり?」と思う方も出てくると思いますが、そのことに関しては、おまけコーナーを読んでくだされば解決する(疑問が解消されるという意味ではありません。)と思います。

 それでは、HAWKを最後まで楽しんでください。

夏休みというものは、暇だった。普通なら、海に行こうだの、キャンプに行こうだのとあっちこっちに行ったり、塾かどこかに通って、大学入試に備えるだのやることがいっぱいだという人が大半だろう。だが、俺はそうではなかった。塾にも行かなかったし、どこかに出かける友もいなかった。ずっと本を読んだり、一人で博物館に出かけたり、退屈だった。だからといって、いつも楽しいわけではない。強いていうなら、学校に行くという義務がなくなり、退屈な日々にさらに退屈な時間が出来たにすぎない。

 だが、今年は違った。鳶が、山に行こうぜ、川に行こうぜ、と毎日ではなかったが、俺をあちこちに連れ回した。感性を磨くんだよ、と鳶はよく言っていたが、俺はただ行き先で風景を眺めていただけだった。ただ、呆然と風景を眺めていると、心が落ち着いた。

「情報集めの練習、しているか?」

 仕事の帰り、鳶が尋ねてきた。その夜は夕立の後ということもあってか、ムシムシした熱気を帯びていて、暑苦しかった。

「している。」

 そうか、と鳶はつぶやくだけだった。この間、鳶にある業者に連絡してもらい、その業者の顧客に登録してくれた。そこの情報網は大したもので、最新のニュースやまだ報道されていない情報、さらには、いかなる論文の情報も網羅していた。思いつく限りのことをしてみたが、「情報がない」ということはただの一度もなかった。ごく一部を除いて。

「烏について、何か分かったか。」

「特には。」

「例の彼女には会っているのか。」

「会っていない。」

 ふーん、と鳶は興味がなさそうに声を漏らす。俺は首を傾げる。気のせいだろうか。

「元気ないな。」

「んなこったねえよ。」

 またしても、一言だけで口を閉ざす。明らかに、いつもと違った。鳶は、一言で会話を終わらせるような人間ではない。

「何かあったのか。」

「何もねえよ。」

「もしかして、俺が過去を知ったんじゃないかって気がかりか?」

 鳶が急に首を曲げ、こちらを見る。分かりやすい反応だった。どうして分かったんだ、とその顔は言っていた。こんなに分かりやすいやつだったか?よく覚えていない。

「過去なら知ったさ。あんな便利な業者紹介してもらって、調べないはずがないだろ。」

「教えてくれよ。」

 懇願するようでもなかった。ただ、俺がどこまで知ってしまったのか、知りたかったのだろう。俺は、軽く深呼吸する。そして、吸い込んだ空気を一気に吐き出すようにして、言葉にする。

「俺は、捨てられたんだろ。両親が離婚して母親に引き取られた俺は、そいつに捨てられた。」

「どうして離婚したんだ。」

 鳶が尋ねる。まるで、試問みたいだなと思う。

「そいつは詐欺師だったんだよ。結婚詐欺っていうのか?子供が出来て、結婚して、家計を握って、十分儲かったら離婚する。養育費まで請求する。詳しいことまで調べなかったが、そんなことを何度も繰り返し、何度も大金を手にした。離婚したことがあるという事実を何度も誤魔化し、繰り返してきた。」

「悲劇のヒーローだな。」

 鳶が笑みを浮かべる。俺は皮肉交じりの笑いが出る。

「ああ、そうだな。」

「補足説明するとな、そいつは、おまえの母親は俺たちの間じゃ、有名な詐欺師だったんだよ。手間はかかるが、法に引っかからない。ましてや、子供を見捨てるその冷酷な手口は誰にも真似できなかった。」

 なるほどな。その親の子供がこれだ。感情のない、無口な少年。鳶に会わなくとも、いつかは道を踏み外していただろう。今の養い親にもっと早く出会っていれば、少しはまともな人間になれたのかもしれない。

「ある日、そいつは突然消えてよ。そのとき住んでいた家に、黒い羽が落ちていたらしい。だから、一部の人間のあいだでは、烏に神隠しされたんだって噂になってよ。」

「自作自演だろうな。」

「そりゃあ、そうだ。そんな小細工、すぐ分かる。だが、みんなそれをわざわざ指摘するほど、興味がなかった。放っておいても問題がなかったしな。」

 もしかして、烏とはそういう存在なのではないか。罪を意識した人間が逃げ出すために用いる口実。唯一の出口。もしくは、行方不明になった者にも使われる口実。真実を隠す黒い幕。

「その後、そいつはまともな生活を過ごせたんだろうか。」

「さあな。でも、おまえには分かるんじゃないのか?」

 鳶が笑みを浮かべる。作り笑いだった。それも、今までで一番出来そこないの作り笑いだった。


「今まで、一緒に暮らしてきたんだろ。」


 俺は立ちどまる。鳶もやや遅れて立ちどまる。ちょうど、二人とも街灯の明かりの下に立つ。小さな二つの世界にたつ二人。今、この世界には俺しかいない。薄い暗闇を隔てて、すぐ近くに鳶の世界が見えるだけだ。

「何で気付かないかね。もしかして、ひどい扱いしているのかと思いきや、高校にも行かせるし、おまけに大学まで行かせようとしている。暴行している後もなさそうだし、なにより、おまえの身だしなみはきれいだし、言葉づかいも普通だ。愛されてますって、言っているようなもんだったよ。何で気付かねえかな。おまえのその鈍さ、やっぱ尋常じゃねえよ。悪魔だよ。悪魔並みだよ。」

 鳶が向こうの世界で半分笑いながら言う。どうも、笑みをつくる余裕がないのか、その顔は崩れていた。笑っているというよりも、泣いているように見える。その顔が、随分昔に見たあの人の顔を思い出させた。施設に迎えに来た、あの人の泣いているような、笑っているような顔。

 俺は、あの人の本当の息子なのか?

俺には、親がいたのか。当たり前の事実だが、俺だけには親はいないと心のどこかで思っていた。俺は特別な存在なんだと、どこかで思っていた。俺にも、愛情を注いでくれていた人がいたのか。

でも、遅かった。いまさら、なにをしたところで、どんなに愛情を注いだところで、遠い昔に捨て去ったものを拾いに戻ることなんてできない。俺は、親の愛情に気がつくことすらできなかった。なんで今さら、と怒ることも出来たかもしれない。そうだったのか、と涙を流して真実を受け入れることも出来たかもしれない。ただ、やはり手遅れだった。その事実を知らされた俺は、何も感じていない。そうだったんだな。それだけだ。むしろ、その滑稽さに笑いが込み上げそうになるくらいだ。

気が付けば俺は笑っていた。一人ぼっちの世界で、一人笑っていた。声がところどころ震えていた。頬をつたうものがあった。だから?ただの現象にすぎない。向こうの世界で、鳶が笑みを浮かべている。先程と変わらず、随分奇妙な笑顔だった。そんな顔になるくらいなら、無理に笑みを浮かべなくてもいいだろ。

 ログハウスで動かなくなった母親とセイジの姿が脳裏によみがえる。さっきの仕事の後の情景だ。


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