ヒーローごっこ
リアルタイムの話で申し訳ないのですが、もうすぐ一年が終わろうとしています。子供の頃は、「年越しの瞬間まで起きていること」が楽しみの一つでしたが、今では、それはかなり容易で当たり前のことになってしまいました。
この一年を振り返ってみると、大きな事故や事件もなく、平穏な一年だったなと思います。今、投稿している物語は、どこか穏やかではありませんが、やはり、平穏が一番だと思っています。
投稿の話ですが、年末も正月も関係なく、頑張って少しずつでも投稿していきたいと思っています。それでは、今年も残りわずかですが、最後までお付き合いのほどをよろしくお願いします。
しばらく走ると、駅前の商店街に入った。鳶は人混みをものともせず、流れるように走り続ける。俺は何回かぶつかりそうになりながらも、鳶と一定の距離を保って走る。
異変に気が付いたのは、そのときだった。どこかで叫び声が聞こえた。大勢の人の声に埋もれていたが、確かに叫び声だった。俺は、速度を上げ、鳶に追いつく。鳶はそれでも走り続けるので、肩をつかむ。鳶は舌打ちをして立ちどまる。
「誰だ。邪魔すんな。今、勝負してんだよ。」
「俺だ。鷹だ。」
鳶が目を開く。が、すぐに元の表情に戻る。
「ああ、やっと追いついたのか。遅いなあ。もう帰っちまったかと思ったぜ。」
「急用が出来た。今日はこれで終わりにしていいか。」
「なんだよ。いい女でもいたのか?若いねえ。俺には、もうそんな気力も体力もねえよ。」
「叫び声が聞こえたんだ。」
鳶が首を傾け、目を細める。鳥のような動作だった。
「なんだ。まだヒーローごっこは続いていたのかよ。」
「助けにいく。」
「勝手にしてくれよ。俺はプライベートには口出ししねえよ。じゃあ、またな。」
鳶が肩をすくめると、人混みの中に消えていった。俺は、叫び声の聞こえた辺りを探し始める。すると、意外と簡単に見つかった。建物と建物の間の細い通路。そこに人影があった。全部で三つ。そのうちの一人は女性で、二人でその女性を襲っているようだ。
「ちょっといいか。」
二人の男は素早く後ろを振り返る。その顔は強張っていたが、俺の顔を見るや否や、すぐに顔の筋肉の緊張をほどいた。
「問題ねえよ。もう収まった。」
男たちのうちの一人が、勝手に言い訳を始める。なぜか、呼吸が荒かった。
「何がだ?」
「つまらない喧嘩だよ。」
「女と喧嘩するのか、おまえらは。」
男たちの眉間に皺が寄る。その皺の深さが、不快感の度合いを示しているようだった。
「口喧嘩だよ。もういいだろ、あっち行けよ。」
「おまえらは口論するのに、服を脱がせようとするのか。裸で話し合うってそういう意味じゃないだろう。」
男たちの奥の女性は、服が中途半端に脱がされ、下着が見えていた。男たちは咄嗟に身体を寄せ合い、奥の女性を隠そうとする。もう手遅れだ。
「運が悪かったな。俺が見つけちまった。なあに、また今度でいいじゃないか。もっと綺麗な人見つけて、付き合えばいいだろ。」
なぜか、言葉がスラスラ出てくる。その言葉を聞いて、なんだか鳶みたいなこと言っているな、と思っている俺がいる。
男の拳が見える。握りこぶしを作り、腕をわずかに引き、腕を伸ばす。
遅い。俺は身体を回転させ、相手の鳩尾めがけて右腕を放つ。男は呻き声を上げ、倒れる。ついでに、もう一人の男の首に手刀をくらわせる。倒れる二人を飛び越え、女性に近づく。
「鷹西君?」
聞き覚えのある声だった。ああ、あいつだ。中学の頃から、ずっと俺にまとわりついている、あの女。俺は舌打ちをしたくなるのをこらえる。
「助けてくれたの?」
「通りかかっただけだ。とりあえず、服を着ろ。」
女が服の乱れを直す。男たちが立ち上がろうとするので、俺は女の腕をつかんで奥に走る。すぐさま行き止まりが目に入る。壁を越えれば何とかなりそうだったが、女を運ぶのは無理だった。男たちを蹴散らすしかない。
「ここで待ってろ。」
女を置いて元来た道を戻る。しかし、男たちに出くわすことなく、商店街に出る。男たちは消えていた。諦めたのだろうか。俺は女を迎えに行こうとする。そこで、目には入ったものがあった。黒い羽が一枚、地面に落ちていた。俺は、その羽を拾う。烏。その単語が思い浮かぶ。
顔を上げると、女が立っていた。目を見開き、口を手で覆っている。思わず、肩をつかみ、壁に押し付ける。女は、小さく声を上げる。しかし、それ以上、どうすればいいのか分からず、沈黙が続く。女の震える息遣いが聞こえる。暑さのせいか、汗が一筋、首筋を伝っていた。
「やっぱり、君が烏なの?」
「違う。誤解だ。」
だからといって、誤解を解く方法があるわけでもなかった。誤解を解く必要があるのか、そう思いたければ、勝手にそう思っていればいいじゃないか、とも思っていた。
「やっと会えた。」
女の目から涙が一筋こぼれた。やはり、誤解を解いたほうがよさそうだ。
「違う。俺がここに戻ったときには、もうあいつらはいなかった。だいたい、烏なんて―」
首の後ろに手を回される。女は身体を引き寄せ、密着させる。呼吸に合わせ、胸が上下する。俺は引き離そうとはしなかった。なぜかは、よく分からない。どうでもいいじゃないか、と思っていたのかもしれない。
「ずっと、ずっと待ってたんだから。」
どうすればいいんだ。いくら頭を働かせても、打開策が思いつかない。逃げだすことも出来たが、そうはしなかった。するべきではないと思っていた。




