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HAWK  作者: 大藪鴻大
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鷹の才能

 ここでの鳶のセリフは、前作の「Scare Crow」を読んだことのある方には、なかなか興味深いものがあると思います。「まだ、読んでない。」という方は、もし興味があれば「Scare Crow」の方も読んでいただけると幸いです。

 今回は喧嘩のシーンですが、実は私自身、あまり喧嘩をしたことがありません。比較的平和な日々を送ってきました。寛容だったから、ということもできなくもないですが、喧嘩するほど守るべきものがなかったからでは?と思うこともしばしばです。

 喧嘩することは、必ずしも悪いことだとは思いません。ただ、何を手に入れ、何を失うかを冷静に分析した上で、それでも喧嘩をするという形がベストだと思います。でも、それができたら喧嘩なんてしないかな?喧嘩に関しては、ド素人なのでよく分かりませんが、私はそう考えています。

「おまえが勝ったら、もうおまえに付きまとわねえよ。だが、俺が勝ったら、おまえは俺の弟子になる。それでいいだろ。ここが人生の分かれ道ってことだ。言っておくが、そんな約束守らなくていいとか思うなよ。」

「それは、お互い様だろう。」

 俺は構える。武術も喧嘩も、今まで一度もしたことがなかったので、適当に構える。鳶がわずかに目を開く。目を開き、笑みを浮かべる。

「手加減はしねえぞ。」

 鳶が消える。咄嗟に横に飛ぶ。拳を突き出す鳶がすぐ近くにいる。苦しい。そう思ったら、首元を左手で掴まれていた。鳶は笑っている。余裕があるのか、それとも、感情が高ぶっているのか。

 俺は右足を振る。鳶の身体に当たるが、ビクともしない。細い見た目にかかわらず、まるで鎧を着ているかのように硬かった。何度も蹴るが、効果がない。

「どうした?手加減しなくていいんだぞ。」

 俺は頭の中が真っ白になる。ここまで何も出来ないとは思いもしなかった。少しくらいダメージを与えることが出来るのではないかと、あわよくば勝てるのではないかと、心のどこかで思っていた。それは、ただの妄想だった。現実は、そんなに甘くない。

「何も知らねえガキが調子に乗ってんじゃねえよ。ちょっと持ち上げりゃあ、いい気になりやがって。自分のことさえろくに知らねえ。だから、ガキは嫌いなんだよ。」

 自分のことさえろくに知らない。鳶は偶然、そう口にしたのだろう。その言葉に妙に納得してしまった。本ばかり読んで、勝手に自分の中で世界を膨らませ、そこで安穏と過ごしてきた。そこに答えがある気がして、ずっと縋ってきた。俺の存在意義が、俺が何者なのか、きっと分かる日が来るのではないかと、心のどこかで思っていた。

 けれど、今の俺には何もできていない。不条理に物騒な世界に巻き込まれそうになっても、それを回避することも出来ない。それが全てだろう。何を知っていようが知らなかろうが、どんなに強かろうが弱かろうが、度胸があろうが無かろうが、結局、何が出来るかが全てだ。何も出来なければ、何もないことと同じだ。

 俺はそんなに人間にはなりたくない。

 気が付けば、右腕を振っていた。拳を握り、鳶の顔をめがけてまっすぐ腕を伸ばす。鳶の顔が消える。拳はそのまま空を貫く。呼吸が楽になる。息を大きく吸う。

「調子に乗るな。」

 息とともに声を吐き出すと、鳶の懐に飛び込む。どこかにナイフがあるはずだ。それを奪えば、なんとかなる。そう思い、視線を動かすと、腰に刺さっているナイフが見えた。それを引き抜く。いつ打撃が来るかと常に身体を強張らせていた。

 ナイフの刃が見える。そのまま、鳶に突きつけようとしたとき、地面に叩きつけられる。その衝撃で、ナイフを手放してしまう。右手を踏まれる。短い叫び声が漏れる。

「それで?次は?」

 鳶の声が上から降ってくる。その口調には覚えがあった。あの日、倉庫でスーツ姿の男たちと対峙し、少女に拳銃を突きつけたときにも、男たちは同じことを口にした。鳶は、俺の出方を観察している。またしても、無力感に襲われそうになる。

 左手で右手を踏んでいる鳶の左足をつかみ、噛みつこうとする。すると、腹部を蹴られる。呼吸が出来なくなる。しかし、怯んでいる場合ではない。そのまま、鳶に突進する。右足を振り切り、片足立ちの状態になっていたので、バランスを崩すのではないかと考えていた。しかし、そうはならなかった。鳶はビクともしなかった。そのまま、首の後ろをつかまれる。口の中が苦い。口の中が切れたのだろうか。

「もういいか?」

 鳶は全然息が切れていなかった。俺の目には鳶の腰のあたりが映っていた。まだ、諦めていなかった。まだ、残っているはずだ。俺は視線を動かす。

「十分、分かっただろ?何にも出来ないんだなあってことが。」

 俺は視線の先に手を伸ばす。手応えがあった。それを掴むとそのまま鳶の足に向かって振る。そこで、顎の下を蹴られる。視界が歪む。景色がゆっくりと流れる。頭がクラクラする。そのまま、背中から仰向けになって倒れる。ナイフが地面に落ちる音がする。

「あっぶねえよ。殺す気か!」

 鳶の声が聞こえる。その声はどこか震えている気がした。動揺しているのだろうか?鳶が俺を覗き込む。

「知らねえでやったのかもしれねえけどよ。怖えよ。あと少し気付くのに遅れてたら、殺されてたよ。」

 鳶が、末恐ろしいガキだなと言って、両腕で肩を抱えている。足を刺されるくらいで何を大袈裟な、とも思ったが、鳶の様子を見ると、まんざら大袈裟と言うわけでもないらしい。鳶がしゃがみ込む。

「それにしても、なかなかしつこかったなあ。怪我はさせないようにしようとか思っていたんだが、あんまりしつこかったからよ。そこは許してくれよ。それでよ、約束覚えているか。」

 俺は頷く。頷いたとき初めて、身体のあちこちが痛みだした。

「俺の勝ちでいいよな。」

 再び頷く。もう、どうにでもしてくれよ。思えば、昔から形は違えども、ろくな人生じゃなかった気がする。ただ、今だけ上手くいっているように見えるだけだ。鳶が俺の腕を抱え、立ち上がらせる。

「ということで、晴れておまえは俺の弟子だ。よかったな、鷹。」

 俺は頷く。鷹ってなんだっけ。ああ、そうか。俺の名前か。随分と呑気な考えが浮かんだ。

「おいおい。不貞腐れてんのかよ。さっきみたいに、『断る』って言ってもいいんだぜ。まあ、言ったところで何も変わんねえけど。」

 それより、その怪我どう説明したらいいんだろうな、と鳶が俺の心配をしてくる。騎馬戦の勲章だっていえばいいな、と勝手に話を進める。

「―してくれるんだよな。」

「あ?なんか言ったか?」

 鳶と目が合う。つり上がった目は威圧感があるが、その奥の瞳は汚れたところがなく、澄んだ光を発していた。そうか。俺はあのとき、これを描きたかったのかもしれない。

「強くしてくれるんだよな。約束だぞ。」 

 鳶が目を細めた後、笑みを浮かべる。

「努力はする。けど、実際どうなるかは、おまえ次第じゃないか。」

 短く息が漏れる。笑い声だった。笑っていたのは、俺だった。そりゃ、そうだよな。そう思った。

「心配すんなって。おまえは才能があるよ。」

「何の?」

「生き抜く才能だよ。きっとおまえは、車に轢かれようが、大勢に銃をつきつけられようが、生き延びれるようになる。」

 鳶は笑っていた。よく分からなかったが、俺も笑っていたに違いない。そんな気がする。


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