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田中太郎物語  作者: レッドキサラギ
第一章 ヴァンパイアガール
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004

 俺の家族はオカンとオトンと純平と粋華と俺で五人家族だ。

 だから食卓には五つのカレーが並んでいて、五つの席しかないのが当たり前。

 それが、当然なのだ。

 


「あれ?」


 席が六つ。カレーも六つ。

 目の前で怪異的な何かが、思わずとも起こっていた。



「おかえり兄さん!」

 


「あ……お帰り兄さん」


 前者が純平、後者が粋華。

 しっかり者の弟とおとぼけな妹だ。



「遠山とさっき会って話してたんだ。よろしくだってよ」

 


「遠山先輩が!?俺もついにスター格なのかな!?」


 純平が満面の笑みで喜ぶ。

 遠山に気に入られただけでスターにはなれない。田中家は普通であり、スターという称号とは遠く離れた位置に存在しているのだから。

 でも口では言わない。純平は遠山に気に入られる程度には実力もセンスもあるからだ。

 


「遠山……遠山……」

 


「報瀬だよ。湯川高の」

 


「あ……遠山さんかぁ。最初っからちゃんと言ってよねぇ兄さん」

 


「俺は最初っから言ってたぞ!」


 ただ呆然とした表情でゆっくり微笑む粋華。

 彼女は人の名前を僅か数秒で忘れることができるらしい。(本人の自慢)

 とても迷惑なやつだ。だが、業とではない。粋華は無意識の内にとぼけてしまっているだけで、本当は全てのことを記憶している。

 


「ところで純平、今日はお客さんでも来てるのか?」

 


「えっ!?何で?」

 


「何でって……椅子とカレーが六つあるからだよ」

 


「ああ、それ兄さんのお客さん用だよ」

 


「客?俺の?」

 


「うん」


 客……誰だ?客なんてものを、俺は知らない。

 呼んだ覚えもないし、呼んだつもりもない。

 


「そのお客さんって何処にいるんだ?」

 


「兄さんの部屋だけど」


 二階の部屋へ直行。急ぎ足だ。

 


「あ、どうも」


 いた。俺の知らない人物が、俺の部屋に。

 白いボブヘアの似合う女の子で、律儀にも、床に正座で座って待っていた。

 


「わたしは時空省時空管理及び時空修正係七七三号です」


 名乗れとも言っていないのに、いきなり名乗ってきた。

 


「え?今なんて?」

 


「時空省時空管理及び時空修正係七七三号です」


 まったく噛んでいない。

 名前なのか分からない名前を。

 中二病のような名前を。

 中二病の対策としては相手のペースに乗った方が良いと心得ている。平凡な日常から得た、知って特に得もしない情報だ。


 

「えっと、呼び名はナナミでいいかな?」

 


「みんなそう呼ぶので大丈夫です」


 七七三号。ナナミだ。



「ところでその時空省ナントカ係っていうのは何?」

 


「時空省時空管理及び時空修正係。いわば時空間の歪みを観測したり、修正しているお役所です」


 いつの間にか日本は時空事業を展開していたのか。

 まあ、それはないとして。

 


「それで、君はなぜ俺の家に?」

 


「あなたに時空調整のお手伝いをしていただこうと思って参りました」


 時空?調整?ゲームの話か?

 


「ゲームの押し売りはお断りしてるんで」

 


「わたしはセールスをしに来た訳ではありません。ビジネスを提供しに来たのです」


 あまり変わらない。いや、変わるか。

 しかし大学生にビジネスを提供しても、儲けはゼロ。学生にビジネスは無縁だ。

 


「しかし俺に何故ビジネスを?」

 


「ビジネスが駄目でしたらバイトでもいいのですが?」

 


「疑問形を疑問形で返された!」


 言葉の綾。いや、会話が成立してない。

 しかし彼女は無表情のまま、平然とした態度でいる。

 


「わたし達がこのビジネ……アルバイトの条件として提示したのは、その時空で極めて普通である人材。平凡でかつ凡庸な人材を捜し、特定されたのがあなたなのです」


 褒められているのか、貶されているのか。

 嬉しいようで、嬉しくもなんともない。

 確かに俺は普通だ。特別な才能とか能力は持っていない。それなりの経験とそれなりの技術。

 ほとんどがそれなり。

 だから俺は言える。胸を張って普通の人間だと。

 周りの人間がどうという訳でもない。俺自身が普通なのだから。

 


「仕事内容はいたって簡単。時空の歪みの原因を存在ごと消してもらうだけです。癌細胞を切除するのと同じ原理です。ただし、早く切除しないと癌が移転するように、時空の歪みも大きくなってしまいます。仕事はなるべく早めに終わらせてください」

 


「俺はまだするとは言ってないぞ」

 


「する前提で言ってるんです」

 


「勝手に決められた!」


 考える間もなく、決められた。

 


「それに俺はまだお前を信用した訳じゃない」


 俺の中では、ナナミ=中二病という方程式ができあがろうとしている。覆すことは、簡単にはできない。

 


「そう言うと思ってあなたの一ヶ月後に受ける講義内容を調べてきました」


 個人の受ける講義内容は他人には分からない。大学では好きな時に好きな講義を受けることができるので、時間割は各自が持参し、各自が一年間の割り振りを計画する。

 俺の場合は、その時間割が携帯電話のスケジュール表に記されてある。

 他人はもちろん、家族も知ることができない。

 


「一ヶ月後は経済、英語、倫理、心理、現代言語学をとってますね」


 携帯電話を確認する。

 全てが、当て嵌まっていた。

 


「嘘だろ……」 



「まだ詮索しますか?今度は二ヶ月後のがありますけど?」


 比較してみるが、やはり合っている。

 結果、五ヶ月分をチェックしたところで俺がギブアップ。その全てが一致していた。

 


「これでわたしを信用していただけたでしょうか?」

 


「ああ……するよ」


 完全降伏。ここまで個人情報を言い当てられたのなら、信じるほか何もない。

 


「それでバイト代ですが、もちろん弾みますよ。一回で五〇〇円」

 


「子供の小遣いじゃないか!」

 


「というのは冗談で、五万円でどうでしょう?」


 ナナミは随時無表情なので、冗談が冗談に聞こえない。全て本気で言ってるようにしか聞こえないのだ。

 


「五万円かぁ……妥当な値段ではあるな」

 


「納得しましたらここにサインを」


 ナナミが差し出してきたのは、本格的は契約書に、本格的な万年筆。

 


「元々はビジネスの一環で持ってきたものですから」

 


「ビジネスをバイトにしていいのか知らないけど、面白そうだから引き受けるよ」


 書類にサインをし、契約成立。

 これで俺は普通ではなくなった……はずだ。言ってみれば、異常。人生のターニングポイントと言ってもいいだろう。

 あの時目指したものが、今叶った。

 ほんの少し、ほんの若干だけ遅かったような気がするが。

 


「ではお仕事の内容ですが、あなたにはヴァンパイアの討伐を行ってもらいます」

 


「ヴァンパイア……ヴァンパイアだと!?」


 思わず耳を疑った。自分の耳のくせに。

 けれど、疑うほかなかった。

 


「討伐にはこの杭を使ってもらいます。これをヴァンパイアの心臓に突き刺してください」


 渡されたのは木製の杭。

 


「顔色が良くありませんが大丈夫ですか?」


 言われるまで気づかなかったが、どうやら俺は青ざめていたらしい。

 それもそうだ。俺はそのヴァンパイアが誰なのかを知っているのだから。

 


「もしかして檜アレルギーですか?」

 


「檜?」

 


「その杭、檜でできているんです」


 檜の杭。なんて贅沢なんだ。

 長さは四センチ程度だろうか。この長さでは孫の手にもならない。やはり、杭はどこまで行っても杭にしかなれないらしい。

 


「すいません……そろそろ足を崩してもいいですか?」


 そういえば、ナナミは俺がこの部屋に入る前からずっと正座をしていたようだ。何故足を崩さないのか、俺も疑問に思っていたのだが。

 


「崩しても構わないよ」

 


「ではお言葉に甘えて……」


 立とうとする。が、立てない。立つのが逆に苦しそうだ。

 表情には表れていないが、雰囲気で分かる。

 長時間正座をし、足が痺れてしまったのだろう。

 律儀ではあるが、迷惑になっている。

 


「すいません……手伝ってくれませんか?」


 で、結局俺が手伝うことになるのだが、手伝えれることは何もない。

 


「そういえば、太腿の部分を伸ばせば治るって聞いたことがあるが」


 テレビの受け売りだが、試してみる価値はある。

 


「太腿すら上がりません」


 駄目だった。

 テレビの情報なんて、全てが本当という訳ではない。

 いや、この場合テレビが悪いのではないのだが。

 


「でも……これに耐えきれば何かを手に入れることができると思うのです」

 


「必殺技か?」

 


「いえ、元気玉です」

 


「超必殺技だった!」


 無表情プラス正座で言われると、余計シュールに感じてしまう。

 


「兄さ~ん、夕飯出来たよ~」


 純平からの夕食コール。待ってましたと言わんばかりに俺の腹の虫が鳴く。

 いつもなら素っ飛んで食卓に着いているところだが、無表情で、しかも正座で、ナナミが目で訴えてくる。

 


「……もうちょっと頑張ってみようか」

 


「お願いします」


 結局俺が夕飯に辿り着いたのはその四〇分後である。

 カレーは冷めていたが、ナナミはそんなことも気にせずカレーを残さず平らげてしまった。

 俺はもちろん、温め直した。

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