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田中太郎物語  作者: レッドキサラギ
第一章 ヴァンパイアガール
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003

「七節迷花さんですか?」


 遠山は俺の隣で歩きながら、首を傾げる。



「自称情報屋のお前なら知っていると思って尋ねたのだが、お役違いだったかな」

  


「自称ではなく一応情報屋です。七節さんと言ったら城野高出身の方ですよね?」


  

「それは知らんがおそらく」

  


「その方なら任せてください!情報はカバー済みです」


 遠山は満面の笑みで胸を張って見せる。しかしちょっと小さいか?

 彼女なら知っていると思った。いや、知っていたと確信していた。

 遠山報瀬とおやましらせ

 俺の高校時代の後輩であり、現在高校三年生。バスケ部に所属しており、ここら辺ではちょいと名の知れたバスケプレーヤーになっていると聞いている。

 しかしその裏腹、彼女は情報屋としても活躍しており、この辺りの高校の情報は、先輩後輩に関わらず網羅しているらしい。

  


「しかし人にまったくと言っていいほど興味のない田中先輩が何故女性の情報を?まさか惚れたとか」

  


「惚れてないけど、気になるかな」

  


「気になる……その一言に免じて情報を提供しましょう!」


 明るさに満ちた顔。けっして、夕日のせいではない。

 何に免じたのか知らないが、情報が手に入るのなら結果オーライといったところだろうか。

  


「彼女は中学高校時代とバスケ部に所属していたそうです。中々のプレーヤーだったそうですよ?チームでは県大会止まりでしたけど、個人の実力だったら全国大会は確実と言われていた人材のようです。わたしも一度試合をしたことがあるのですが……まったく駄目でした」


 七節の身体能力は本物のようだ。遠山が言うのだから、きっとそうなのだろう。

  


「頭も良く、美人だったため、狙っている男性は多数いたとか。けれどその反面、人との馴れ初めを極端に嫌っていたそうです。部員ともクラスメイトともプライベートで話すことはなかったとか」

  


「人嫌い?バスケ部なのに?」

  


「人が嫌いでバスケットボールが好き。だからバスケ部に入る。結構いますよそんな人は」


 筋金入りのバスケ少女。それが七節迷花の本当の姿であるらしい。

 俺もスラムダンクの影響を受けてバスケットボールをしていた時代もあったが、なんせ普通だ。センスの欠片なんて微塵もなかった。

 もう一度してみようかな……バスケットボール。

  


「わたしがバスケをしている理由は実はですね……いつしか来襲してくる魔王を倒す体力をつけるためなんですよ!」


 遠山が、シリアスな表情から一転して俺の一歩前へと踏み出す。

  


「ドヤ顔するのはいいが、未だに治ってないんだな。お前のRPG脳は」


 俺は少しペースダウンして歩き続ける。

 遠山報瀬の脳の大半はRPGゲーム要素で構成されている。はずだ。

 体力をつけるのはヒットポイントを増やすため。知力をつけるのはマジックポイントを増やすため。そんな考えの持ち主なのだ。

 悪くはない。悪くはないのだが、七節とは違った意味で少しイタい。

 しかしRPG脳のおかげで、彼女はスポーツ優秀、成績良好と皮肉にも結果を出している。

 皮肉にも、だ。

  


「最近のRPGのラスボスはイケメンばかりで面白みに欠けていますね。いっそ不細工の方が潰しがいがあって楽しいくらいです」

  


「今の発言は全国の不細工を敵に回したという解釈でいいんだな?」

  


「不細工はいつか滅び行く文明なのです!」

  


「完全に敵に回しやがった!」


 遠山はいかにも当然のように一人頷く。

 納得しているようだが、納得ならん。

  


「えっと……話すのはイケメンの話ですかね?」

  


「そんな話してもないし、したくもない!」

  


「ではRPGの基礎について教えましょうか?」

  


「興味はあるが情報にならない!」


 巻き戻し。そして再生。

  


「七節さんの情報と言ったらこれくらいですかね。なんせ、人とほとんど繋がりのない人ですから」

  


「繋がりがない……か」


 天涯孤独。

 それなりの友達が今まで周りにいた俺にとって、彼女の気持ちは難問中の難問。分かるはずもないし、理解しようとも思わない。

 普通である俺は、今まで通り普通でいいんだ。特別になんてならなくていい。

  


「ところで田中先輩、ちょっと伺ってもいいでしょうか?」


 遠山が首を傾げる。

  


「答えれる質問なら答えるよ」

  


「七節さんとはどんな関係なんですか?」

  


「大学で同じ講義を受けているだけだよ」


 彼女の一歩前に前進する。

  


「七節さんのことは好きですか?」

  


「早くも直球!?」


 彼女の一歩後に後退する。

 しかし本人はいたって真面目な顔。

 情報屋は仕事も早いらしい。

  


「興味がないと言ったら嘘になるけど、好意はないかな」

  


「それはどれくらいの興味なんですか?」

  


「他人以上好きな人未満かな」


 俺の解答に、遠山は眉を顰める。

  


「際どいですね」

  


「俺の中でも際どいんだから仕方ないんだよ」


 ストライクと見せかけて、外角側のボール。

 真実以上なんてものは存在しない。俺にとって、これが真実なのだから仕方ない。

 盛り上がりなんて、俺は求めてないし、遠山も求めていないはずだ。

  


「しかし中途半端な情報ですねぇ。田中先輩の情報ってあまり売れ行きが良くないんですが……これではワゴン行きは確定ですね」

  


「今さらりとヒドイこと言いやがった!」

  


「えっ?何がですか?」


 突然の驚愕の表情。

  


「いや……なんでもない」


 遠山は正直者だ。嘘を吐けないのではなく、吐きたくないらしい。

 嘘を吐いたせいで後悔してしまった記憶があると言っていた。どんな後悔か、何の後悔かは知らないけど、苦汁を嘗める思いを、あるいは、辛酸を嘗めるような思いをしたとか。

 しかしストレートに悪口を言われると、何か堪えるものがある。

 当の本人は悪いとは思ってないらしいが。

  


「でも七節ってそんなに人気のあるやつなんだな。知らなかった」

  


「七節さんの人気に気づいてないのは田中先輩くらいですよ。でも、どの情報も同じようなものばかりで進展がないというか、つまらないというか。まぁ、閉鎖的な人物だから仕方ないのですが……」

  


「閉鎖的ねぇ……」


 しかし俺だけは知っている。七節の最大の秘密を。

 七節迷花はヴァンパイアである。

 信憑性は低い情報だが、本人がそう言っているのだから仕方ない。

 何より、俺は実際に噛まれたのだから、信じるほか何もない。ニンニクと十字架を標準装備した方がいいのだろうか。

  


「時に田中先輩、文化祭といったら何をしますか?」

  


「文化祭?まだ一ヶ月後のことだろ?」


 五月八日。六月にある文化祭の話をするにはまだまだ早い時期だ。

  


「いや、田中先輩と随時話せる訳ではないので。聞いておきたいことはまとめて尋ねたいんです」

  


「その前に定期試験があるだろ?」

  


「定期試験は通過地点なので問題ありませんよ」


 平然な顔で遠山は言う。

 成績凡庸な俺に、優秀の言葉は理解できない。

  


「そうだな……去年は貼り絵を作ったかな」

  


「定番ですね。凡俗ですが案としては十分かもしれません」

  


「凡俗は言いすぎだろ。でも大体こういうのはアンケートで決めるもんじゃないのか?そっちの方がクラスの了承を得やすいだろ」

  


「アンケートをするためのアンケートでそれぞれ案件を出さないといけないんです」

  


「それはさぞかしデモクラシーな発想だな」


 生徒の生徒による生徒のためのアンケート。

 一見民主的なアンケートだが、その裏腹は学級委員の手抜きだ。所詮民主主義なんてそんなものなんだろう。人間に作られたイデオロギーにすぎないのだ。(一部参考書抜粋)

  


「ところで田中先輩はどちらに?」

  


「家に決まってるだろ」

  


「あっ、そうですか。では純平君と粋華ちゃんによろしく言っておいてください」

  


「ああ、言っておくよ」


 純平じゅんぺい粋華すいかとは、俺の中学二年になる双子の姉弟であり、純平がバスケ部に入っているので、遠山とは縁があるらしい。

 よく純平の中学と遠山の高校(俺にとってはどちらも母校だが)は練習試合をよくしているようで、その時に純平の弁当を持っていく粋華とも仲が良くなったらしい。

 元々、遠山は比較的友達ができやすいタイプなのだ。

 コイツの場合、友達一〇〇人なんてものが、軽々と有り得てしまう。

 そんなやつなんだ。

  


「それでは田中先輩。またお会いできた時はゆっくり会話しましょうね」

  


「おう」


 遠山の笑顔を見てから、俺は遠山と分かれ道で二つに分かれ、一人スクーターを引き歩く。

 自宅からは夕飯の香りが……今夜はカレーだな。

  


「腹減ったな」


 車庫にスクーターを止め、そして俺は、家の扉を開いた。

   

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