005
七節が戻って来たのは、文化祭が丁度終わった直後だった。
学校では、撤去作業が行われていたため、一般人は強制退場。
仕方なく、行く宛ても無く校門の前で立っている俺を、七節は見つけたらしい。
「成程、だからこんな所で突っ立っていたのね」
「まあ、そういう事だ」
ある程度事情を説明し、俺と七節は駐輪場へと向かう。
それにしてもだ。
「なんか七節のジャージ姿って、新鮮に見えるな」
紺色に、ピンクのラインが入ったジャージ。
何と言うか、様になっていた。
「このジャージを着ることで、わたしの力は一二〇パーセントまで跳ね上がるのよ」
「お前のそれは戦闘服か!」
「サイヤ人仕様よ」
伸縮自在という、あれの事か。
しかし、肩パッドを忘れているようだが、まあいいか。
「しかし、本当に戻って来るのに時間掛かったな」
「前もって言っておいたでしょ。遠いって」
「まあ、な」
それにしても、スクーターで往復三〇分だ。
それなりに、距離はあると思う。
「ちょっと待てよ……という事は、この前公園に来た時も、それに今日も、そんな長距離を往復しているって事だよな!?」
それに、俺と遠山の話を盗み聞きしていた、あの日も。
「心配は無用よ田中君。ここからは家の近所までの直通のバスがあるから」
「そうか……いや、でもなあ」
交通手段があるのは良いが、毎回バスを使って、ここまで来てもらうばかりでは、こちらとしても心苦しい。
このままでは、本当に甲斐性無しになってしまう。
「時々は俺がそっちの方に行くよ。そうしないと、不公平だろ?」
「ふうん、田中君にも、思いやりの心というものはあったのね」
「まあな。こう見えても、思いやりだけで生きてきた人間だからな」
「寂しい人生ね……」
「憐みの目を向けるな!冗談だよ、冗談!」
「とんだ茶番ね」
「素に戻った!」
まあ、確かに茶番だった。
くだらないと言えば、くだらない。
「でも田中君、その配慮は不要よ。正直、わたしの住んでいる場所は繁華街から遠いし、住宅しか立ち並んでいないの」
「そうなのか」
「その代わり、迎えに来てくれないかしら?その方が、わたしとしても助かるわ」
「迎えか……まあ、オッケーだ」
そういえば、俺のスクーターって、二人乗り出来たんだっけ。
いつも荷物置きにされているので、その本来の存在意義を忘れてしまっていた。
乗せる人も、今までいなかったし。
「それに田中君、わたしはこの町、結構気に入ってるのよ」
「この町が?」
意外な発言。
「だって、この町では色々と不思議な事が起きてるじゃない。興味があるわ」
「まあ……確かに」
ヴァンパイア伯爵に、ダークヒーロー。
必ずと言って良い程、時空の歪みの原因はこの町近郊に現れる。
摩訶不思議アドベンチャーを体験したい奴には、うってつけの場所だ。
「という事で、しばらくはお世話になるわ、田中君」
「まあ、俺が言い出した事だからな」
それに、ここで否定したら、どんな毒舌を浴びる事になるか、分からないからな。
お茶を濁す。
けっして、七節の前ではしてはならない。
「田中君の下手な運転は、少し心配だけど、きっと大丈夫よ」
「気持ちが濁された!」
肯定しても、否定しても、結果は同じ。
その先には、毒しかない。
「さてと、スクーターも止めたから体育館に向かいましょ、田中君」
「そうだな……」
「どうしたのかしら田中君?顔が干乾びているわよ」
「俺は海藻じゃない!」
日干しにすると、水分が抜けて干乾びる。
心の潤いが、俺には抜けていた。
干し人間。
「でも田中君、わたしはあなたに感謝しているわ」
「何だよ急に」
「そうね、田中君のおかげで、人嫌いでは無くなったわ。少し、他人に興味を持てるようになったってところね」
「他人に興味をか……」
俺のおかげかはとにかく、七節は確実に成長していた。
人嫌い。
何故そうなったのか、経緯は分からないが、心の病はそう簡単に治るものではない。
人を拒み、疑い、関係を持つ事を恐れる。以前の七節は、きっとそんな人間だったのだろう。
けれど、七節は変わる事が出来た。短期間で、克服までとはいかないが、それなりに人とも接するようになった。
もう、初めて話した時の七節とは、違う。
「じゃあ、今は人嫌いじゃなくて、何なんだよ」
「そうね……」
七節は、いつもの澄まし顔ではなく、上品に微笑してみせる。
おそらく、俺だけが見た、七節の顔だ。
「人見知り、かしら?」