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田中太郎物語  作者: レッドキサラギ
第三章 ファンタジーガール
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004

 結局のところ、七節はデスコーラを飲んだ後、新しいコップに入ったコーラ(デスコーラではなく普通のコーラ)を三杯程飲んで、口直しをしていた。

 よほど不味かったに違いない。表情には出さないものの、雰囲気で大体分かる。

 


「よくやってのけたな、あんな事。芸人じゃあるまいし」


 俺は、目の前にあるサイダーを一口、飲む。



「わたしは芸人ではないわ。大物芸能人よ」



「大御所だった!」


 毒舌大物芸能人。

 毒舌にも、年季が入る。



「あ、あの、七節先輩……ちょっといいですか?」


 遠山は、後ろめたそうにしながら、それでも、何かを七節に伝えようとしている。

 遠山にとって、七節は憧れの先輩。

 自分の中の、大スター。

 緊張するのも、無理はない。



「何かしら?」


 七節は、遠山の方へ振り向きもせず、紙コップに入ったコーラを啜る。

 興味が無いだけなのか、はたまた、遠山を警戒しているのか。

 顔色は、全く変わらない。



「え、えっとですね……なんというか」



「…………」



「き、今日は良い天気ですねー」



「そうね」



「あ、えっと、さっきのコーラ……デスコーラですっけ?どうでしたか?」



「不味かったわ」



「そ、そうですか!やっぱりそうですよねーあははは……」



「…………」


 凄く、気まずい会話。

 何と言うか、聞いてるこっちまでもどかしくなってしまう。



「あ、あの!」



「何かしら?」


 遠山は、それでもめげない。

 諦めるという選択肢は、存在しない。

 


「わ、わたしとその……バ、バスケットボールで勝負して貰えないでしょうか!?」


 直球勝負。後腐れなど、無い。



「……そうね」


 七節は椅子から立ち上がり、俺の方に手を差し伸べてくる。

 疑問を問いかける前に、その答えは返ってきた。



「田中君、こんな事をお願いするのも癪だけど、あなたのスクーターを貸してくれないかしら?バスケットシューズとジャージを取りに帰らないといけなくなったわ」


 何故、七節は俺がここへスクーターに乗って来た事を、知っているのだろうか。

 俺は七節より先にここに来ていた。そして、その時にはもう、俺はスクーターを駐輪場に止めていた。

 ……、まあ気になるところだが、それは後々尋ねるとして、今は後輩の夢を叶えてあげる事を優先しよう。

 破天荒な奴だ。何時気が変わるか、分からない。



「癪ってのは、余計だ」


 俺は、ポケットの中からスクーターの鍵を取り出し、七節に手渡す。



「駐輪場に置いてあるから、間違えるなよ」



「何を言ってるの田中君。わたしは物を見ただけで、その価値まで分かってしまうほど、目利きは鋭いのよ」



「鑑定士かよ!」



「ちなみに田中君の価値は……」



「…………」


 七節は、俺のスクーターの鍵を握った手で、俺を指差す。



「プライスレス」



「上手い事言ってんじゃねえよ!」


 心の底から、ツッコんでしまった。

 本当に、頭の回転の速い奴だ。最高のボケを、最高のタイミングでかましてくる。

 ある意味、噛ませ犬。

 こうして、ボケるだけボケて、七節は教室を出て行った。

 ここから七節の家までは、結構距離がある、らしい。本人がそう言うのだから、きっとそうなのだろう。



「はあ……」


 いつの間にか、遠山は床の上にへたれこんでしまっていた。

 どうやら、かなり緊張していたようだ。

 バスケットボールの試合でも、ここまで緊張した遠山は見た事が無い。

 それだけ、遠山は七節に憧れているという事だ。



「お疲れさん」


 俺は立ち上がり、遠山に手を差し伸べる。



「あ、田中先輩。ありがとうございます」


 遠山は、俺の手を掴んで、立ち上がる。

 しかし、立ち上がった後の遠山の足は、安定感というものが全く無く、今にも崩れてしまいそうだったので、七節の座っていた椅子に座らせる事にした。



「いくらなんでも、緊張し過ぎだろ。お前らしくないぞ」



「田中先輩、わたしの中でバスケットボールのスターと言えば、ジョージ・マイカン、ビル・ラッセル、マイケル・ジョーダン、七節先輩なんですよ!」



「凄いメンツに並んだな!」



 何と言うか、本当に凄いメンツ揃いだ。

 いかにも、恐れ多くもって感じだ。



「でも、わたしはどうしても、一つだけ納得のいかない事があるんです」



「ふうん、言ってみろよ」



「何故、田中先輩が七節先輩と仲が良いのかが全く分かりません!」



「ああ……」


 やっぱり、そうなってくるのか。

 今まで、誰一人として親しい相手のいなかった、孤独を貫き通してきた、七節。

 そんな彼女の唯一の友人が、俺。

 自分でいうのもなんだが、接点が全くと言っていいほどに見つからない。

 天才と凡人。

 あまりにも、違いすぎた。



「何と言うかさ、まあ……なんとなくだよ」



「全く説明になってないんですけど!」



「いや、その……」


 今日は、やけに強気で俺に食いかかってくる遠山。

 飼い犬に手を噛まれる。

 いや、違うか。



「とにかくだな!そうだ!とにかくなんとなくなんだよ!!」


 目には目を。

 歯には歯を。

 強気には、強気を。



「そうですか。では、質問を変えましょう」


 冷静に返された。

 空振り三振。



「七節先輩との初めの会話を教えてください」



「えっとな……あれ?それって七節と仲良くなったキッカケに繋がらないか?」



「ばれちゃいましたか?」



「ばればれだ!」


 遠回しの、核心を突いた質問。

 遠山曰く、情報屋の常套手段、らしい。そんな事を、以前、聞いた事がある。

 嘘はけっして吐かない。

 しかし、真実で騙す事は出来るらしい。

 嘘と偽りは違う。

 つまり、そういう事。



「でも、今ので分かりましたよ田中先輩。つまり、キッカケはあるけれど、それは公言出来ないような事、或いは秘密という事ですね。まあ、これだけ分かれば大収穫です」



「…………」


 裏の裏を搔くとよく言うが、この場合は真実の核を掻かれたと言った方が良いだろうか。

 末恐ろしい後輩を持ってしまったと、自分の運の無さを呪うしかない。

 まあ、今のは冗談だけど。



「そうだ、遠山。俺からも一つ質問してみていいか?」



「何でしょうか?」



「遠山は何故、七節に憧れたんだ?」



「ああ……そうですね」


 遠山は、目線を明後日の方向に逸らし、腕を組む。

 名探偵ならぬ、名情報屋のお手並み拝見とさせてもらおうか。



「まあ」


 目には目を。

 歯には歯を。



「なんとなくですよ」


 なんとなくには、なんとなくを。

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