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田中太郎物語  作者: レッドキサラギ
第三章 ファンタジーガール
20/24

003

 遠山が、幾ら幅を利かせた情報屋だからといって、大学の情報までは入ってこなかったらしい。

 遠山の情報は、この周辺の地区の高校の情報が主。

 それ未満と、それより上は、風の噂を聞きつけた程度にしか、知識がない。

 だから、俺と七節が友人である事を、遠山は知らなかった。

 ドッキリなんて、するつもりも無かったのに、そんな形になってしまった。



「ご、御注文を、ど、どうぞ」


 そんな事もあって、盛大にずっこけた遠山を起こし、俺と七節は対面する形で、席に座っていた。

 遠山は、まだ動揺を隠しきれていない。

 まあ、遠山にとって、七節は憧れの先輩。本人を前に緊張してしまっても、おかしくはないのかな。



「じゃあ、俺はサイダーで」



「わたしは、そうね……」


 メニューと書かれた、A4サイズの画用紙を、七節は見つめ。



「デスコーラで」


 

「ブッ!!」


 吹いたのは、遠山だった。



「デスコーラ?そんな物あったか?」


 メニューを幾ら探しても、そんな物は記されていない。



「田中君は、頭もそんなに良くないのに、目も悪いのかしら?」



「頭と目は別物だ!」


 それに、頭が悪いのは、仕様だ。



「ほら、ここ」


 七節は、俺にメニューを見せ、指差して見せる。

 ああ……確かにうっすらと。

 示されたのは、印刷された文字の下に、本当にうっすらとしか見えない、鉛筆かシャーペンで書かれた下書きの、消された跡。



「よく見つけたな、こんなの」



「わたしの観察眼を、あまり甘く見ないで欲しいものね、田中君。わたしの目は、胃に入った食べ物や、人骨まで丸見えなのよ」



「レントゲンじゃねえか!」


 目からエックス線。目玉が飛び出てくるより、恐ろしい。



「で、でも、それは男子が勝手に作った、所謂、ミックスジュースなんですけど!?」



「ミックスジュース……ああ……」


 ミックスジュースと言っても、二種のジュースを混ぜたり、フルーツをミキサーにかけたジュースの事ではない。よく男子が、特に小・中学生男子がする、ファミレスのドリンクバーで出鱈目にジュースを混ぜまくる、あれの事だ。

 結果的に不味くなる、あれの事だ。



「構わないわ」


 しかし、七節は一歩も退かず、澄まし顔。

 コイツ、こんなにチャレンジャーな奴だったのか。

 感服。



「もしあまりにも酷かったらわたしがお金払いますんで……」



「お構いなく。わたしが頼んだのだから、わたしが払うわ」



「は、はい!では少々お待ちください」


 小走りで駆けて行く遠山。その姿は、さながら逃げているようにも見えたのは、俺だけだろうか。



「かっこいいな、お前」



「もっと褒めなさい、田中君」



「流石ッス!七節先輩!!」



「そういうの、求めてないから」



「…………」


 完膚なきまでに、潰された。

 毒舌というより、苛めに等しいレベル。


 それからしばらく、経ったか経ってないか、遠山はお盆の上に、一つは爽やかな、ごく一般的な、誰がどう見たって理解する事が可能なサイダーと、一つは生々しいと言うより、むしろ毒々しい、かなり特殊的な、誰が何と言おうとコーラとは認める事の出来ない、と言うより、認めてはいけない、謎の液体が紙の容器に入った物が並べられていた。

 あの二つ、一緒に並べてはいけない気がする。



「お待たせいたしまし……わっ!」


 その時だった、遠山は、延長コードに足を引っ掛けてしまい、躓いてしまう。

 躓いて、しまうのだが。



「おっと……」


 遠山は、まだ床に着いていた足を瞬時に蹴り上げ、教室の天井に頭が着いてしまうような勢いで跳び、いや、飛び、お盆を手放してから、空中でサイダーとデスコーラをキャッチしてから、足を曲げてクッションのようにし、着地する。

 身軽な動き。その姿は、さながら、猿のようにも見える。

 これが、秀才。これが、スター。

 半端なものでは、なかった。

 歓声が湧き上がる。



「見事ね」


 呟くが、表情には何一つ表さない七節。

 俺はコイツの笑顔を、一度しか見た事がない。

 病院で、メールアドレスを交換した時に見たのが最後。



「はあ……何だか大袈裟になってしまいましたね。たかだか飲み物を運ぶだけなのに」


 スッパリと、本性を口にする遠山。

 コイツは嘘を吐く事が出来ないらしい。いや、吐きたくないという表現の方が、この場合は正しい。

 どうやら、嘘を吐く事について、誰に対しても口に出来ないトラウマが、有るとか無いとか。

 まあ、ここら辺はプライバシーだ。深入りする問題ではない。

 遠山は、俺の前にサイダーを、七節の前に例の怪しい液体を置いて、手放したお盆を拾いに行く。



「でも、何と言うか……」


 離れて見える物と、近くで見る物は、若干印象が変わってしまう。目の前にあるデスコーラは、想像を絶する、ミックスジュースを遥かに超越した、液体と言うより、むしろ個体のような、一言で表現すれば吐瀉物のような、そんな感じの何かだった。

 悪ふざけも、程々に、だ。



「ここまで来ると、素晴らしいと言わざるを得ないわね」



「そうだな……」


 目に毒とはまさにこの事だ。おそらく、見た目以上に、味も毒なんだろうけど。



「七節、最期に言い残しておく事はないか?」



「そうね、来世ではわたしが肉食動物になって、田中君をハンティングしたいわね」



「草食動物になる事が裏付けられてる!」


 草食系男子、という事か。



「一応、死んでもらっては困るのでお口直しを持って来ました!」


 遠山は、お盆を拾うついでに、一五〇ミリリットルが丸々そのまま入ったペットボトルの正真正銘、本物のコーラを持って来てくれた。

 気の利く奴だ。



「復活の呪文は知らないし、ましてはわたし僧侶じゃないので、復活は見込めません。あと、毒を消す手段も無いので」


 遠山のRPG思考。

 何でもRPGゲームの物に例えてしまう、遠山の癖のようなもの。



「デスルーラだけは回避したいわね。ここから家まで、結構距離があるもの」


 それに乗っかる、七節。

 どうやらRPGゲームも、七節の保管済み分野であるらしい。

 僅かながら、遠山を馬鹿にしないだろうかと心配してしまったが、どうやら俺の考え過ぎだったようだ。



「それにしても、やっぱり普通のコーラと全然違うな」


 遠山の持って来てくれたコーラと、例のデスコーラを見比べる。その差は、天と地を超え、天と地獄の差。

 こんな物、トイレにでも今すぐ捨ててしまいたい物なのだが。



「では……」


 七節は、デスコーラの入った紙コップを握り、口に近づけ。



「え!ちょっ!お前!!」



「な、七節先輩!!」



「…………」


 一気に飲み干しやがった。

 これは絶対にヤバイ。こんな事、絶対にやってはいけない。あんな物を、しかも一気飲みするなんて、自殺行為としか思えない。こんな物で自殺するなら、いっそ殺された方がマシだ。

 七節は、紙コップを机に置き、一言。



「うん」


 いつもの、本当にいつものお澄まし顔で、一言。



「不味い」


 もう一杯までとは、けっして言わなかった。

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