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田中太郎物語  作者: レッドキサラギ
第三章 ファンタジーガール
19/24

002

「本当にもったいないことをしたわね、田中君。二度とこんな機会は無いわよ」


 そんな事を、七節迷花は呟いた。



「まあ、いいんだよ。俺はこれで良いと思ってるし」


 本音は、結構後悔している。

 でも、これはこれで良かったと思うし、俺が選択した事だ。責めるとしても、その矛先には俺しかいない。



「ふうん。結構欲浅なのね」



「そうかもしれないな」


 俺には二人の、しかも双子の弟と妹がいる。以前から、兄として、二人に何でも譲ってきた俺は、もしかしたら知らない内に、欲が浅くなってしまったのかもしれない。

 良いのか、悪いのかは別として。



「欲浅……浅い……思考回路」



「何だか嫌な物言いだな」



「あら、そうかしら?言葉を継ぎ足せば、愉快になるかもしれないわよ?」



「ほう……」


 言葉遊び。



「欲浅『な人間ほど』、浅い『だけの』、思考回路『の田中君』」



「不愉快だった!」


 行きつく先の毒舌。

 なんとなく、分かってたけど。



「ところで田中君、何故わたしを誘ったのかしら?」



「えっ?そりゃあ、まあ」


 沈黙の間。



「友達だから?」



「そう」


 七節の表情は、何も変化せず、いつもの澄まし顔。

 言うだけ言わせておいて、その結果がこれだ。

 恥晒し。



「田中君って、ここで高校生活を送ったのね」



「ん?まあ、そうだな」


 湯川高校。三年間という月日を、俺はここで過ごした。

 部活もしたし、それなりに勉学にも励んだ。

 だが、全てが良い思い出とは……決して言えない。

 俺はここで一度、全てを失ったのだから。

 一部の断片の記憶――。

 無実の……罪――。



「どうしたの田中君?表情が暗いわよ」



「ん、あ、ゴメン……」


 つい、謝ってしまった。

 過去を思い出すのはよそう。今は、楽しまなくてはならない。

 せっかくの、叶えてもらった願いなのだから。



「七節、せっかく出店があるから何か食べないか?」

 

 校門から正面玄関までの通りには、クラスの出店が数ヶ所並んでおり、その中には焼きそばやジュースなどの飲食品も売っていた。



「わたしはいいわ。お腹空いてないから」



「あ、そうか……」



「田中君は、何か食べたいの?」



「えっと……そうだな」


 とは言ったものの、俺もあまり空腹ではないし、食べたい物も、これといってない。

 七節がもしかしたら空腹かもしれない、と思って気を利かせただけなのだが。

 空振り。



「特にありません……」



「惨めね、田中君」



「…………」


 人間、真実を言われた時は、幾らそれが毒舌だったとしても、黙ってしまう。

 これ以上、自分を傷つけないために。



「それより田中君、後輩があなたを待ってるんでしょ?早く行ってあげた方が良いんじゃないかしら?」



「ああ……それもそうだな」


 遠山報瀬。

 俺の高校時代の後輩にして、名の知れ渡った、言わば大スター。

 そんな遠山が誘ってくれた文化祭。サプライズがあるとかないとか言ってたな。



「そういえば七節って、遠山の事知ってるんだっけ?」



「遠山?……ああ、あなたの後輩の事ね。知ってると言えば知ってるし、知らないと言えば知らないわ」



「どっちなんだよ」



「だから、どちらともよ」



「…………」


 言葉の綾以前に、既に言語として崩壊している。

 それとも、俺にはついていけないような事を、七節は言っているのだろうか。

 頭の冴えている遠山が聞いたら、果たして理解出来るのだろうか。



「何だか田中君が困ってるようだから、ミジンコでも分かるように説明してあげるわ」



「微生物からは脱せないのか!」


 だから、責めて多細胞に……。

 ――、そういえば、ミジンコは多細胞生物だったような気がする。

 だったら、責めて動物に……。

 ――、そういえば、ミジンコは動物プランクトンだったような気がする。

 自縄自縛。



「田中君、わたしが言いたいのは、つまり、遠山さんがバスケットボールで有名なのは知ってるけど、遠山さん本人自体は知らないという事よ」



「ああ、成程」


 納得した。

 そういえば、七節もバスケットボールをしていたんだった。しかも、実力はインターハイレベル。

 チームとしては、県大会止まりだったらしいけど。

 けど、そういえば。



「でも、この前遠山はお前とバスケの試合をした事があるって言ってたぞ?」



「そうだったかしら?……まあいいわ。どちらにしても、一度見た事あるから十分よ」



「一度見た事あるって……あっ」


 そういえばコイツ、俺と遠山の話を盗み聞きしたという前科があったんだっけ。

 という事は、遠山が情報屋である事も知ってるし、もしかしたら、ここで近々文化祭があることも分かっていたのかもしれない。



「わたしが言いたかった事は以上よ。ボルボックスにも分かるように説明してあげたけど、田中君には少々難しかったかしら?」



「ミジンコからレベルダウンした!」


 動物から、植物へ。

 食う方から、食われる方へ。



「そういえば田中君、あなたの後輩のクラスの教室は何処なのかしら?」



「えっと、三年一組だから……四階かな」



「三年生は二階ではないのかしら?」



「ああ……」


 まあ、それが普通らしいからな。


「実はこの高校、少し特殊でさ。学年が上がる毎に、フロアも上がっていくようになってるんだよ」



「ふうん」


 訊いてきた割に、興味の無さそうな反応と、澄まし顔。

 もう、慣れてしまったけど。



「歳をとる毎に、苦労が増えるという事を暗示しているのね」



「いや、それは無いと思うけど……」


 階段一つにそんな嫌な意味が含ませていると思ったら、それこそ、登校する時の重い足取りが、もっと重くなってしまう。

 ほんと、嫌な事だらけだ。



「一寸先は闇……」



「ほんと、嫌な事言うよなあ」



「田中君の人生が」



「ホント、嫌な事言うよなあ!」


 俺の人生は、まだ明るい、はずだ。

 正直、言い切れないのだれけど。



「大丈夫よ田中君、もし借金まみれになって、多重債務になって、裏金融に尻を追いかけられる破目になっても、わたしが助けてあげるわ」


 だってと、七節は、いつもと変わらない表情で。



「田中君は、わたしの友人だから」



「俺が多重債務になる事前提なのか!」


 友人への憐みの方向が、基本的に歪んでいる。

 何と言うか、まあ、冗談なのだろうけど。

 そこら辺、ツッコミの腕が試されているような気がする。



「三年一組……ここか」


 階段を上って左側。空の講義室と、二組の教室の先にあるのが一組の教室なのだが、どうやら二組の教室も使って、コーナーを設置しているらしい。

 講義室の前には看板が立て掛けてあり、そこには。



「田中君、どうやらジュース屋さんをやってるらしいわね」



「責めてドリンクバーと言ってやれ」


 七節の言う通り、教室に机が並べられていて、その裏で生徒が紙コップにジュースを入れて、あるいは混ぜたりしている姿は、さながらジュース屋さんという表現がピッタリくるのだが、看板にはドリンクバーと書かれているのだから、きっとそうなのだろう。

 ジュース屋さんより、ドリンクバーの方がネーミング的にもかっこいいし。

 しかし、俺が注目したいのはそこではない。



「もしかして田中君、女子高校生のウエイトレス姿を見て、発情しちゃったのかしら?」



「俺はそんな軽弾みに発情なんてしない!」


 まあ、確かにサプライズとしては強烈な物なのだが……。

 表で接客をしているのは、華のあるウエイトレス姿の女子。裏でドリンクを混ぜたりして、途方な作業をしているのが、むさ苦しい制服姿の男子。

 サプライズを超えてしまう、驚きの残酷な配置図。

 そこには、格差社会が存在していた。

 男子<越えられない壁<女子みたいな、そんな感じの絶対格差。

 こんな物を見てしまうと、男って何なんだろうと、つくづく考えさせられてしまう。



「どうしたの田中君?顔がやつれてるわよ」



「うん……俺はもしかしたら、見てはいけない社会の裏側を見てしまったのかもしれない」



「家政婦は、見た」



「俺は家政婦じゃない……」



「家政婦は、ミタ」



「承知してたまるか!」


 サスペンスから某人気ドラマにまで至るボケ。

 ある意味、神出鬼没。

 難攻不落。



「それで、田中君。あなたの後輩は何処にいるの?」



「ん?ああ……そういえば、いないな」


 教室の中を覗いてはみたものの、そこには遠山の姿はない。

 おそらく、他の女子に混ざり合っているとは思うのだが、何分、遠山は一般的な女子の背丈より、少し小さい。それでも、バスケットボールのスターであるというのが、遠山の凄い所だ。

 ハンデなんて、幾らでも引っ繰り返す事が出来る。

 それが、努力と秀才を併せ持つ者の、集大成。



「あっ、田中先輩!」


 遠山は、後方にある、俺と七節が上ってきた階段から姿を現した。

 手には、デカデカと三年一組ドリンクバーと書かれた看板を持っている辺り、宣伝でもしてきたのだろう。

 にしても、だ。

 遠山も勿論、他の女子と同様にウエイトレス姿をしているのだが、何と言うか、親しい後輩なだけに、見ようにも見れないような、そんなもどかしい思考が、俺の頭の中を巡り回る。

 


「あれ?田中先輩、隣の……」



「ああ、コイツは……」



「な、ななななななな!ナナ……フシ……セン……パイ?」


 卒倒とはいかなかったものの、転倒。

 遠山は、思わずといった驚愕した表情で、看板を手放し、一昔前のコントよろしく、腰を抜かしてしまった。

 フリルの着いたスカートの下には、短パンが覗いている。

 鉄壁。



「あら」


 七節は、長めの黒いスカートを翻し、相変わらずの、澄まし顔。

 でも、これで分かったことがある。

 幾ら優秀なスターでも、幾らバスケットボールの秀才でも、幾ら何でも知っている情報屋でも。

 ズッコケるところは、ズッコケてくれる。

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