009
「ダークヒーローには逃げられてしまいましたか」
「まあ、その、スマン」
俺は白いベッドに横たわり、ナナミと話していた。
自宅ではなく、ここは病院。
骨折はしていなかったものの、打撲した部分が酷く、結局のところ救急車に搬送された俺は、医者から一日入院をするように告げられた。
退院して三日後に入院。
病院に慣れてしまっている自分が、少し恐ろしい。
「いえいえ、実はですね……この結果は、事前に予想されていた結果なんです」
「えっ!?」
痛めた体を、無理矢理ベッドから起こす。
「それはつまり……」
「つまり、どんなに力を持っても、あなたは始めからダークヒーローには勝てない。そういうことです」
「何故そんな重要な事を黙ってた……」
「あなたがダークヒーローと戦って負ける事は、この時空で定められていた事なのです。だから言えなかった。戦意喪失してもらっては、こちらとしても困りますからね。だから、あえて言わなかったのです」
「じゃあ……早くダークヒーローを倒さないといけないというのは」
「嘘です」
「……なるほど」
つまり俺は、始めから勝敗が決まっていた、八百長試合をさせられていた、ということになる。俺は知らぬ間に、ナナミの手駒にされていた、ということになる。
だから、コイツはこの件を伝える時、進んで俺の顔を見なかった。
表情は、口よりも正直者だ。
それが例え、四六時中無表情なやつだったとしても、だ。
「謝罪して済む事では無いと思いますが、すみませんでした」
ナナミは、深々と頭を下げる。
確かに、人を欺いておいて、謝罪して済む程、世の中甘くはない。
だけど。
「そういう仕事なんだから、仕方ないだろ?」
「…………」
これはあくまで、時空を調整するための仕事なんだ。私情は、持ち込むべきではない。
それこそが、このアルバイトの基本概念なのだから。
「けど、ヒーローに成り損ねたのは、ちょっと痛かったかな」
重い空気だったので、話題変更。
「田中さん、捲土英来という四字熟語を知っていますか?」
「?、そんな四字熟語、あったっけ?」
「今わたしが作りました」
「へえ……」
そりゃあ、知らない訳だ。
何と言うか、心底どうでもいい。
「それで、その意味は?」
「英雄は、一度敗れても再び勢力を盛り返す、という意味です」
「なるほど」
正しくは、捲土重来。
でも、そうだな。
ヒーローというものは、本来、そういうものなのかもしれないな。