008
ヒーローが大好きだった少女は、ヒーローになることが夢だった。
だから、悪には果敢に立ち向かわなければならない。
それが、ヒーローだから。
だがある日、少女はお父さんを人質にとられてしまった。交換対象は、大切な大切な、変身ベルト。
変身ベルトは、今は亡きお母さんの、最期の娘への贈り物。
お母さんの、最期の意志が詰まっている。
そんな大切な物を、受け渡すことは、出来ない。
けれど、それでも、お父さんが人質になっている。
大好きな、唯一のお父さん。
だから、それだから。
少女は、ベルトを受け渡した。
お父さんは、今此処にしかいない。変身ベルトくらい、また買えばいいじゃないか。
いいじゃないか。
そう思う度に、涙が溢れる。
お父さんが無事に助かって……それでいいじゃないか。
ベルトを渡しただけで事は済んだ……それでいいじゃないか。
それなのに、それなのに。
お父さんは、ずっと謝っていた。
大切なベルトを失った事を、ずっと謝っていた。
お父さんは悪くない。悪いのは、お父さんを人質にとったアイツだ。
しかし、小学生の力だけでは、とても太刀打ち出来るものではない。
己の微力さくらい、分かっている。
そして少女は思い出す。帰り際に、携帯電話の番号とアドレスを交換した大学生の顔を。
あの人なら、自分の力になってくれる。
そう信じて、子供用携帯電話のボタンを押した。
そして、今に至る。
「大丈夫ですか!田中さん!」
俺が気が付いた時には、目の前に英城がいた。
そうか、来れたのか。
「ああ……大丈夫だ」
体は傷だらけだったものの、幸い、骨は折れていなかった。せいぜい、打撲程度。
成程、最後の甘いというのは、そういう事だったのか。
「で、でもボロボロのズタズタじゃないですか!」
「まあ……確かにボロボロだな」
「早く美容院に行かないと!」
「そりゃあ……良い感じにカットされそうだな」
正しくは病院。
「そういえば……七節は?」
「七節さんなら今、救急車を呼んでいます」
「はあ……そうか」
俺は大丈夫なのに。まったく、大袈裟だな。
でも、その心遣いはありがたかった。
「そうだ……英城、ちょっと待ってろ」
俺は機材を掴み、なんとか立ち上がり、足を引き摺って歩く。
「いっつ……」
「あっ!」
「大丈夫だ……其処にいろ」
「…………」
しかし、思っていた以上に怪我が酷い。体全体が、漏れなく痛い。
だが、これだけは。
「あったあった……」
アスファルトの上に置かれていた変身ベルトを、俺は手に取り、英城の元へと運ぶ。
「そ、それは……!」
「一応……約束だからな。お前の手に返すまでが」
ただ、取り返したのではない、拾っただけ。
相手が不要な物を、拾っただけ。
「あ、ああ……」
英城は俺の手から、ベルトを受け取る。
大切な、母親の意志を。
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!!」
ベルトを抱え、涙を浮かべていた。
これで、良かった。
英城の元に返すことが出来て、本当に良かった。
「でも……ヒーローには……成り損ねちまったな」
ただ、唯一果たせなかった事。
悪を、成敗出来なかったこと。
胸の中で、わだがたまりとなり、霧のように曇る。
「何を言ってるんですか、田中さん!」
でも、それでも、英城は笑ってくれた。
それはまるで、全てを快晴にする、太陽のように。
「田中さんは、わたしの中のスーパーヒーローですよ!」