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田中太郎物語  作者: レッドキサラギ
第二章 ヒーローガール
15/24

007

 廃工場。

 元々はステンレスの加工工場だったため、使えなくなった機材が多く並んでいるのだが、なんだろう、一年前とその姿は、全く変わらない。

 そうか、廃工場だからか。

 湯川高校からは、そんなに遠くない場所に位置しているが、まあ、こんな場所に立ち入る輩はいないだろう。

 いるとしても、多分、俺だけだ。

 あの場所で、俺は…………。



「ということで、この賭けは俺の勝ちだ」


 俺は携帯電話を使って、電話をしていた。

 相手は、七節迷花。



『あら、そう。それで、場所は何処なのかしら?』



「湯川高校の近くにある、廃工場だ。分かるか?」



『廃工場……、GPSで一応探してみるけど、出なかったら自分の足で探すわ』


 GPS検索か……多分、出ないだろうな。

 三年前に役目を終えた施設。こんな所、地図にも載っていないはずだ。



「分かった」



『それと、雄菜ちゃんが田中君に何か言いたいそうよ。ちょっと代わるわね』



「うん」



『田中さん、英城です。あの……元気ですか?』



「元気だけど?」



『そうですか……いや、そうじゃなくて、えっとですね、あのですね』


 英城のおどおどしている姿が、鮮明に、電話越しからも想像できる。

 一体、何を伝えたいのか。



『そうだ!田中さん、正義のヒーローは最後には必ず勝ちます!』



「そ、そうか」



『女の子にもモテモテです!』



「そうか!」


 意気高揚。

 何だか、テンションが上がってきた。モテモテって、響きが良いもんな。



『アメリカのヒーローは、もうそれはモテまくりですよ!スーパーマンだって、バットマンだって、スパイダーマンだって、最後には女性を手にしてますからね』



「日本のはどうなんだ?」



『日本は……まあ……それなりというか、何と言うか……それなりです!』



「それなりか……」


 意気消沈。

 まあ、ヒーロー稼業じゃ飯は食っていけそうに無いしな。その分、現実的と言えば、現実的だ。

 世の中、収入は大切ってことだ。



『とにかく、相手は極悪非道の悪者なんです!悪はいつか必ず滅ぶものなのです!だから、その……田中さんがヒーローになれば良いんです!』



「俺がヒーローに、か」


 子供の頃、誰でも憧れたであろう。

 普通の俺ですら、憧れた称号なのだから。



「よし!いっちょヒーローにでもなってやるか」



『その意気ですよ田中さん!カイシャイーンの力を今こそ世に知らしめる時なんです!』


 いや、カイシャイーンは普通の平社員なのだが。このツッコミは、あまりにも状況的に野暮だな。

 それに、相手はダークヒーロー。今回の、俺のターゲットでもある。時空の歪みの原因にして、その力は強大かつ、浸食が速い。

 つまりだ、ここで倒してしまえば、お金も貰え、ヒーローとしても尊敬される。

 一石二鳥。

 棚から牡丹餅。

 その他諸々、旨すぎる話ではないか。



『くれぐれも、出落ちキャラにならないことね』


 七節の手厳しいお言葉で、通話終了。

 ああ……何だか不安になってきた。

 ていうか、何故七節は最後の最後であんな不安になるようなことを吹き込んできたんだ。あまりにも、冒涜的だ。

 アイツは鬼か!――そういえば、鬼だった。

 吸血鬼と言う名の、鬼だった。

 いつもトマトジュースばかり飲んでいて、血を吸っているイメージが皆無なので、時々忘れてしまうことがあるが、七節迷花は紛れもなく、吸血鬼そのものだった。

 血を吸われた時の背筋の寒気は、まだ記憶に新しい。思い出すだけで、首筋に違和感を感じてしまう。

 だが、七節からはヴァンパイアたるそのものの何かを、感じ取ることが出来ない。俺が鈍感なだけなのかもしれないが、ヴァンパイア伯爵のような雰囲気は、全く無いのだ。

 それに、太陽の光は平気、大蒜は生は苦手なものの、焼いたり揚げたり、調理されている物は平気で食べられるし(実際、食堂でガーリックライスを食べているところを俺は見ている)、十字架を見ても平然としていられる(実際、何か起こらないか試してみたけど、本人からは冷ややかな目で見られた後、出鱈目な毒舌を浴びた)。

 そういえば、聖水をかければ吸血鬼は溶けるということを、以前、耳にしたことがあるが、多分、おそらく、七節の場合、何ともなく平然としているのだろうな。

 それどころか、こっちが毒舌の被害に遭いそうで、試す気にもならない。

 吸血鬼のようで、吸血鬼でない。人間のようで、人間でもない。

 だったら、七節は何者なんだ?

 まあ、今はそれを模索している余暇は残されていない。

 ダークヒーローの討伐が、最優先だ。



「ヒーローになるとかならないとかいう愉快な話し声が聞こえたと思ったら、おやおや、まあまあ、一般人がこんな廃工場に何の用なんだ?」


 声の聞こえた方へ振り向くと、そこには、茶髪で、赤い瞳で、灰色のシャツを着用した男が、月明かりと古ぼけた街灯に照らされていた。

 ダークヒーロー。心を闇に染めた、悪のヒーロー。



「お前が英城のベルトを……」



「ハナシロ?……ああ、あの餓鬼か。はいはい思い出した。まあ、オレも大人げなかったな、あれだけはよ。餓鬼相手に人質までとっちまってさ、いやいや、笑っちまうぜ」


 鼻で笑う。

 心底くだらなさそうに、どうでもよさそうに。



「それでアンタなに?その餓鬼からでも頼まれて、オレからベルトを奪え返しに来たって訳か?しかも、ヒーローになるだなんて、甘ちゃんなこといっちゃってさァ?」


 蔑んだ表情。



「冗談もそこそこにしてくれよなァ……でないとさァ、面白すぎちまって笑えるったらありゃしねぇや!」



「お前にだけは言われたくねえよ。出来損ない」



「ア?出来損ないだァ?」



「ヒーローになれなかったヒーローなんて、精々似非ヒーローを語れるくらいだろ。そんなもん、出来損ない以外の何者でもないだろ」


 口から出た出任せ。

 勢いだけの、発言だった。



「……どうやら発言だけは上等のようじゃねェか。ハハッ!オモシレェ!最高じゃんアンタ!!」


 腹の底から、笑っていた。その笑いは、初めから勝利を確信しているようにも見えた。



「その減らず口、いつまでもつか楽しみで仕方ねェな!」


 向かって来た。しかも、剛速球の速さで。

 その姿は、敵を確実にロックオンした、ミサイルそのものだった。



「クッ!」


 俺は瞬時にベルトの端に手を伸ばし、ボタンを押す。



「――、っつ!テメェ……」


 ダークヒーローは苦い表情を浮かべる。

 それもそうだ。



「……なんだ、こんなもんかよ」


 俺はダークヒーローの拳を受け止めていた。しかも、片手で。

 体の底から、力が溢れて出てくる。

 これが、ヒーローの力。

 ダークヒーローは一旦、俺の手中から拳を引き抜き、距離をとる。



「何だよ、その力はよォ……聞いてねェぞオレは!まさかのサプライズってか!」


 激昂していた。それと共に、誰かに叫んでいるようにも見えた。

 まだ他に、ここに誰かいるのだろうか?



「クソ……もういい、だったらこっちもよォ、本気で行かせてもらうだけだ」


 ダークヒーローは走り出す。しかし、先程のように飛んでは来ない。一歩一歩、足を使って進んでくる。

 俺は身構えをする。殴り合いに関しては、勿論素人だ。避けることは出来ないが、受け止めることは出来る。

 ストレートに一発、これは受け止める。

 だが、所詮は素人。



「甘いなァド素人!戦闘ってのは、こうやってするんだよ!」


 脇腹に一発、片足を使って俺のバランスを崩しにかかる。



「吹っ飛べ素人野郎!!」


 ダークヒーローの回し蹴りが、俺の背中に入る。



「クハッ!」


 廃工場の壁に、真正面から体が衝突する。

 幸い、体を強化していたため、ダメージは少なかったが、それでも痛いものは、痛い。



「どうしたよさっきまでの勢いはよォ?まさか口だけってヤツか?たく、骨のねェヤツだ」



「骨が無いだと?」


 立ち上がり、敵を見据える。

 力尽きては、いない。



「素人を、あんまり嘗めるなよな」


 一気に駆け出し、右ストレート。

 だが、これは受け止められてしまう。それもそうだ。相手はダークヒーロー、戦闘に関しては、玄人。



「ストレート一発でノックアウト狙いってかァ?ド素人の考えそうなことだなァ?」



「まあ、そうだろうな。小学生でも考え付きそうだ」


 しかし、俺の狙いはそこではない。本命から目を外す為の、囮にすぎない。

 狙いは。



「ガラ空きだ!」


 本命は、鳩尾へのボディブロー。いかに、肉体を強化しているヒーローでも、人間の弱点である人中を狙えば、ノックアウトを狙えるはずだ。

 だが、しかし。



「甘いなァ考えがよォ。もう少し、無い知恵振り絞って、猿並みの知恵は働くかと思ったら、これっきりなのかよォ。ホント、ダサ過ぎてこっちが同情しちまいそうだぜ」


 ボディブローを、受け止められた。受け止めた手から体までの距離は、僅か数ミリ程度。



「テメェに折角だから教えてやるよド素人。スマートな戦いってのは、こうするんだよ!」


 ダークヒーローは、俺の背後に素早く回り込むと、そのまま腕を捻り、首を鷲掴みにする。



「くたばりやがれ!クソド素人がァ!!」


 俺はそのまま足を引っ掛けられ、冷たいアスファルトへ、顔面ごとねじ伏せられてしまった。

 強い……。



「暇潰しにもならねェ……チッ、まあいいや。時間は十分稼げたしな」



「時間……稼ぎ?」


 でも、何故だ?



「ほれ、これだろお求めの物はよォ」


 ダークヒーローが手に持っていたのは、英城の玩具の変身ベルトだった。



「返してやるよこんな物。もう必要ないしな」


 俺の眼前に、変身ベルトが置かれる。

 何故だ。何故人質をとってまで奪った物を、コイツは、こんなにも簡単に。

 分からない。



「あと、コイツは壊しておくぜェ。色々と厄介だからな」


 俺の腰にあるベルトが、引き千切られる。

 なるほど、これが力の根源だと分かっていたのか。



「じゃァな善人ド素人」


 ダークヒーローは、俺の首を掴んでいた手を払い、去って行く。

 完全敗北。

 これが、一般人の人間とヒーローの差。力を持ってしても、埋めることの出来ない、深い溝だった。

 ここまでやられて、こう言うのも烏滸がましいことなのだが、悔しい。

 だから、いや、だからこそ。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 俺は再び駆け出す。

 渾身の力を籠めた、右ストレート。

 強化などしていない、生身の体。

 それでも、悔しかったから、俺はみっともなく、勝機もなく、突っ込んだ。

 しかし。



「甘い!アマイアマイアマイ!!反吐が出そうになっちまうぜこのクソ負け犬がァ!!」


 脇腹への、回し蹴り。



「グ……ホァ……」


 力を失った俺は、避けることも、受け止めることも出来ず、無様に、吹っ飛ばされた。

 飛び、転がり、機材へと背中を打ちつける。

 その距離、一〇メートル前後。


 

「ハァ……つくづく甘いなァ」


 ダークヒーローは、廃工場の出口へと歩いて行く。



「俺もよォ……」


 月明かりに照らされたその姿は、しかし、何か哀愁を感じた。

 そして間もなく、俺は意識を失った。

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