006
ここで少し、過去の話をさせてもらう。
と言っても、去年の冬のことなのだが。
高校最後の冬、俺は、とても不思議な、一人の少女と出会った。
いや、この場合、遭ったと言った方が、正しいのか。
彼女の美しさに、儚さに、不思議な雰囲気に、俺はいつの間にか魅了されてしまった。
当時の俺は、普通ではなく、異常というモノに憧れを抱いていた。もしかしたら、普通の人生に飽きてしまっていたのかもしれない。
まあ、一種の心の病気のようなものだ。
だから俺は、彼女に全てを尽くした。
体も、心さえも。
そして気づけば、彼女は俺の前から、消えていた。
一生懸命、守ったはずなのに。全力を尽くしたというのに。
何と言うか、皮肉な話だ。本当に。
だから俺は、未だにこのことを、自分の中の過去だと認め切っていない。夢か、はたまた幻想かと、暗示を自分にかけているところがある。
そんなの、ディスカウントストアなんかでお菓子を買って貰えないことに対して、駄々をこねて地団太を踏んでいる子供と何も変わりはしない。
我儘。
現実逃避。
まさに、俺にピッタリの言葉だった。
「久しぶりだな、ここを歩くのも」
街灯が照らされている、湯川高校への道を一人歩く。
この通りは、プライベートでも、学校へ行く時もあまり通らないから、数ヶ月振りに歩くことになった。
その途中。
「あ、田中先輩じゃないですか」
闇夜の中から現れたのは、通学鞄と部活用鞄をまとめて肩の掛けている、小さな後輩、遠山報瀬の姿だった。
「ん?部活帰りか?」
「はい。再来週には試合があるので、強化特訓というやつです」
「相変わらず、何事にも一生懸命なんだな」
「いつか魔王を倒すためです。なるべく多くの経験を積んでおくために、そのためなら、寝ることすら惜しみません!」
「いや、睡眠は大切だぞ」
言い切ったまでは良いが、RPG思考は顕在していた。
まあ、本人は満足そうな顔をしているし、いつものことなので、これ以上この会話に深入りするのは止すとしよう。それに、こっちにはあまり時間が無いからな。
英城が言うには、ダークヒーロー(まだ確定はしていないが)は、茶髪で、赤い瞳で、グレーのシャツを着用していたそうだ。
「遠山、ちょっといいか?」
「ふうむ……」
遠山が、俺の顔をまじまじと見てくる。何か、俺の顔に付いてるのか?
「その表情……田中先輩からは迷いの相が出ています。もしかして、人捜しですか?」
「すげっ!何故分かった!?」
「実は顔占いというのが、密かに学校で流行っているんですよ。これが意外に当たるんですよね」
遠山が鞄から出したのは、顔占いの基本と表紙に記された本。
ほんと、女子って占いが好きだよな。
「それに先輩、占いというものは、本来一種の魔術として古来より伝えられてきたものなんです。つまり、わたしは今、魔法の基礎を覚えている最中で、もしかしたらこれが火の玉になったり、氷の礫になるかもしれないのですよ!」
「力説するのはいいが、興奮しすぎだ」
どうやらコイツは、他の女子とは違った意味で占いを楽しんでいるらしい。
いや、まあ、こういうのは、楽しみ方も人それぞれだよな。
「それで田中先輩、どんな方を捜しているんですか?」
「あ、そうだそうだ。えっとな……」
本題へと戻り、俺は英城から聞いたダークヒーローの特徴を述べる。
「はあ……何だか、特徴の有り過ぎる人ですね。瞳の色とか、服の色から考えるに、とても悪そうな印象を持ちますね」
「もしかして、それも占いか?」
「いえ、情報屋の勘です」
「ほう……」
どうやら、あなどれないな情報屋の勘というやつは。特徴だけで、相手のことを完璧に特定できる辺り、素晴らしい推理力だ。
バスケの素質もあるが、推理する素質もあるなんて、将来の道が広くて羨ましい限りだ。
まあ、でも、その本人の将来の夢は、魔王を倒すことらしいが。
「お前、探偵の才能もあるかもな」
「探偵なんて、嫌ですよ。真実はいつも一つ!なんて言ってられませんし、実際に追いかけるのは殺人犯じゃなく、浮気した夫の浮かれた尻なんですから。浮気現場の写真を撮って、依頼人に提出する日々なんて、何が面白いのやら。わたしからしてみたら、悪趣味の一言ですよ」
「そんなに否定するなよ。それに、趣味でやってる訳じゃないだろ?」
「じゃあ、何なんですか?」
「金……かな」
結局、フォローするどころか、かえって印象を悪くさせてしまった。
口は、禍の元。
「それで、えっと、人捜しでしたね。そのような感じの人なら、さっき見たような気がします。えっと……あの方向は多分、廃工場の方だと思います」
「廃工場……あのステンレス工場か」
三年前くらいに、廃工場となったステンレス加工工場。
去年、俺も訪れたことのある場所だ。
あの場所で、俺は―――、
「サンキュウな遠山」
「田中先輩、もしかして何か変なことに巻き込まれていませんか?」
「なんだよ、急に」
「いえ……そうですね」
遠山は、手に持っていた顔占いの本を開き、ページを捲る。
「田中先輩からは、思念の相が伺えます。人が考えたり、迷ったりしている時、その相が深く、はっきり出るらしいんです。だから、もしかしたらと思いまして」
「ああ……」
ほんと、コイツは色々な才能を持ちすぎて、羨ましいやつだ。
それと同時に、絶対に敵に回したくないやつでもある。
そういえばあの時、遠山だけは、俺から離れていかなかった。それだけが、唯一の救いだった。
まあ、もう捨てた過去の話なんだけど。
「俺は大丈夫だよ。もし、何かに巻き込まれていたとしても」
もう、あの時の俺とは、違う。
「全て解決できるほどの、覚悟はある」