005
公園には、七節ともう一人、英城が街灯の下に並んで立っていた。
「遅かったわね田中君。あなたの頭には、急ぐという概念はあるのかしら?」
「走って……はあ……来たんだよ」
「あらそう。どうりで息が荒かったのね。わたしはてっきり、夜の月を見て興奮してるのかと思ったわ」
「俺は……ふう……狼男じゃない!」
ツッコミに、いまいちキレが出ない。呂律が疲れて回らない。
昔に比べて、俄然体力が落ちた気がする。
運動しないといけないな。
「それで、俺のジョークを無視して呼んだ要件は何だ」
「あら、あれジョークだったの。つまらないから分からなかったわ」
「…………」
結構、傷ついた。
七節の毒舌には、若干慣れたと思ったんだけどなあ……。
「要件は雄菜ちゃんのことよ。話してあげて」
「あ、はい……」
英城はこの時、昼間の時の英城とは違っていた。
活気がなく、弱々しい。
そんな印象が、少なからず、俺には感じ取れた。
「実は……ベルトを盗られてしまったんです」
「ベルト?あの変身ベルトか?」
「はい」
「少し詳しく教えてくれ」
「はい……わたしが家に帰ると、家には茶髪の男性がいました。男性はお父さんを人質にとって、ベルトをよこせとわたしに要求してきたのです。反撃は出来たかもしれませんが、パニックになってしまって……ベルトを渡してしまいました。うう……不甲斐ないです」
英城は、ベソをかいていた。
肩が揺れる度に、片方だけ結った髪の束が揺れる。
仕方のない判断。
しかし、それは十分な判断だった。
なのに、それなのに。
目の前の小学五年生の少女は、納得などしていなかった。むしろ、悔しそうだった。
悪に屈してしまった悔しさ。
その姿は、さながらヒーローそのものだった。
「それで……お父さんは大丈夫だったのか?」
「お父さんは解放されました……だけど……」
「だけど?」
「お母さんの……ベルトが……」
英城は、声を詰まらせてしまう。
涙が、アスファルトを濡らす。
「あのベルト、どうやら亡くなったお母さんが最期に雄菜ちゃんに贈ったものらしいわ」
「そうか……」
亡き母から贈られた、最期のプレゼント。
その価値は、値段で表せるものではない。
「田中君、わたしがあなたを呼び出した意味、分かってくれたかしら?」
「ああ、十分過ぎるくらいにな」
「そう、良かったわ」
つまり、その強盗野郎から英城のベルトを盗り返すということだ。
それに、あのベルトを人質をとってまで奪った辺り、そいつはあのベルトの本当の力を知っている。
それはつまり、一般人ではない。おそらく、ダークヒーロー。
しかし、何故ベルトを奪った?ダークヒーローだって、仮にもヒーローだ。その超人的な力は、既に備わっているはず。
考えれば考えるほど、相手の思惑が読み取れない。
「二手に分かれて捜索する方が効率が良いわ。田中君は湯川高校の方を、わたしと雄菜ちゃんは住宅地の方を捜すわ」
「了解」
「田中君、頼りないけど一人で大丈夫よね?」
「少しは頼りにしろよ!」
「もし、田中君が何か手がかりを見つけたら、一つだけ願いを叶えてあげるわ」
「願いか」
「でも失敗したら、その場で三周回って僕は奴隷ですと叫びなさい」
「ハイリスクハイリターンだ!」
「フェアな賭けだと思うけど?」
確かにフェアなのだが、賭けている物が重過ぎる。
だけど、それでも。
「言っておくが七節、お前のその言葉、後悔することになるぜ?」
「ふうん、どうやら乗り気のようね」
「……あの、お二人とも目が怖いです」
英城が思わず泣くのを止めて、仲介をしてしまうほど、俺と七節の目は本気だったらしい。
虎と龍。
気づかない間に、主旨が変わりつつあった。