004
「実は本日もビジネ……アルバイトを持って来ました」
「へえ……」
「どうしました?返事から意欲を感じませんが」
「俺はお前から話を伝えようとする意欲を感じない!」
家に帰ってみると、ナナミが純平とゲームをしていた。
いつの間にか、俺の家族と打ち解けていた。
「ちょっと待っていてください。外せないラウンドなので」
「あ、うん」
何だか知らないが、俺が待たされる破目になった。
立場逆転。
「あ!えっ!?そんなのアリかよ!!」
「下、右下、左、下、右下、右、パンチからのスパコンが決まりましたから」
完全勝利。ナナミの完封だった。
「何だか分からないが、格ゲーが好きなのか?」
「ゲーム全般得意分野です」
「ほう……」
好き嫌いではなく、得意分野なのかよ……。
でも、結構意外だった。俺の中では、いつも黙々と本を読んでいるイメージがあったのだが。
無口=読書という概念は、もはや古いのかもしれないな。
「では、部屋を出ましょうか」
「そうだな」
ナナミはコントローラーを粋華に渡し、俺と部屋の外に出る。
こういう話は、アイツらにはあまり聞かせたくない。
面白いことには、すぐに、剛速球で首を突っ込んでくるからだ。
「さて、何でしたっけ?」
「本題を忘れやがった!」
ここに来た根本を、忘れてしまっていた。
「えっと、あっ、アルバイトの説明でしたね。今回の内容は、ダークヒーローの成敗です」
「ダークヒーロー?」
「悪の限りを尽くすヒーローです。相手としては、とても厄介な相手です」
「厄介か……」
まさに外道。何をしてくるかは、未知数。
もし、人質など捕られた時は、一溜まりもない。
「ダークヒーローは前回相手をした伯爵と違って 非常に気性が荒く、行動パターンとしてはactive。活動的です。その分、歪みの進行が速く、根底まで残ってしまう可能性があります」
「つまり、早く行動して欲しいってことか」
「それもありますが、それと共に慎重な行動もしてください」
速く、慎重に。
何だか、今回は注文が多いな。
まあ、そういう仕事なのだろうから、仕方のないことなんだろうけど。
「それと、これを使ってダークヒーローを倒してください。ダークヒーローは生身の、しかも普通の人間が武器を持ったところで倒せる相手ではありません」
「一応ヒーローだからか」
「そうです」
心が闇に染まってしまったヒーロー。
その力は、普通のヒーローと変わらず、超人的なパワー。
「それで……これを使って俺は戦えと」
「そうです」
ナナミから貰ったのは、何の変哲もない革製のベルト。
もしかしたら、もしかするが。
「これってまさか……変身ベルトなのか?」
「惜しいですね。正解は、パワーアップベルトです。変身の方が良かったでしょうか?」
「いや、これでいいや」
バッタには、変身したくないしな。
「ベルトの端に付いている、小さなボタンを押せば、五分間だけ肉体を強化することが可能です。ただし、筋肉を強制的に動かすように働きかけるものなので、膨大な体力と、膨大な電力を消費します。なので、バッテリーはもって一五分、しかしあなたの体力を考えると、五分そこそこが限界。だから、タイムオーバーは五分です」
「五分か」
長いようで、短い。短いようで、長い。
時間なんて、ようは使い方だ。平等にしか、与えられてないものなのだから。
もう少し体力があれば良かったのかもしれないが、これで良いのかもしれない。
五分っていうのは、区切りが良いからな。
「けっしてリュウやケンのように波動拳は使えません。昇竜拳なら出来るかもしれませんが」
「その点は承知してるよ。それに、俺、格ゲーは苦手だから」
「コンボすら知らないと!?失望しました」
「失望された!」
不得意なことを、不得意と言って、初めて失望された。
無表情だから、どこまで本気か分からないけど。
「それと、ベルトのバックルを横にスライドさせると、必殺技機能が作動します」
「必殺技?ライダーキックとかスペシウム光線とかのことか?」
「いえ、ただのドロップキックです」
なんだろう、期待外れの虚しさ。
まあ、これが普通なんだろうけどさ。それでも、普通は普通なりに、それなりの憧れはあったんだ。俺にも。
「あ、ナナミさん……えっと」
扉を開け、出てきたのは、小首を傾げた粋華だった。
どうやらまた、何かを度忘れしたようだ。表情を見れば、分かる。
「もしかして、わたしに通帳と判子を渡しに来ましたか?」
「あ……そうだっけ」
「絶対に違う!」
とりあえず、全力で阻止した。
ただでさえも少ない田中家の財産を、こんなあっさりした詐欺行為で盗られてたまるか。
まあ、巧妙だったら良いという訳じゃないのだが。
「ああ、そうだ。わたしとゲームして欲しかったんだった」
現れて数秒後、やっと粋華は本来の目的を思い出した。
「分かりました。そろそろ決着をつけましょう」
「うん。お互い一九勝一八敗一分けだもんね」
どんだけ格ゲーをやり込んでいるんだ、この二人。
絶対、この二人には勝てる気がしない。
「……おっと」
いきなりの着信。相手は、七節だった。
「もしもし、こちらピザの……」
「田中君、今すぐ公園に来て頂戴」
通話終了。
冗談すら、聞いてくれなかった。
「公園っていったら、あそこか」
湯川東公園。昼間にいた、あの公園だ。
靴を履き、いつもの調子でスクーターの鍵を取ってしまうが。
「たまには、走るか」
スクーターの鍵を、俺は鍵入れに放り込んだ。