003
「まさかヒーローごっこをしようと公園に来たら、たまたまマジックショーをやっていて、たまたま田中さんに遭遇するとは思いませんでした」
目を丸くしながら、仰天している英城。
あのインチキ似非マジックを、マジックショーと言ってる辺り、彼女の純粋さを物語っている。
「俺もまさか近所に住んでるとは思わなかったよ」
正直、再会が嬉しかった。
一人だけの病室は、少し心細かった。英城がいたおかげで、大分楽しい入院生活を送れたのは、記憶に新しい出来事だ。
「ところで感動の再会の途中で悪いけど田中君、この子誰かしら?」
そういえば、七節は英城のことを知らないのか。
二日目以降、ぱったり見舞いに来なくなったしな。まったく、薄情な奴だ。
「英城雄菜、俺が入院していた時に同じ病室にいた子だ」
「へえ、そう」
あまり興味のなさそうな目付き。
「もしかして七節、子供嫌いか?」
「いいえ、大好きよ」
「え?」
正直、意外だった。
「田中君のそのアホ面に免じて教えてあげるけど」
「何故かアホ面って言われた!」
俺の顔って、そんなにアホっぽいのか?
「わたしは人嫌いだけど、純粋な子供は大好きなのよ。将来は保育士になって、後々は世界を子供帝国にするのが目標なの」
「ネバーランドじゃないか!」
ピーターパンも、きっと腰を抜かすだろう。
それにしても、七節が保育士か……保護者に毒舌の雨霰を浴びせそうで不安だ。
「ところで……えっと」
「七節迷花よ」
「あ、ありがとうございます。それで七節さん、さっきのマジックはどうやってやったのですか?」
どうやら、英城はさっきのマジックの種を知りたがっているようだ。
似非マジックなのに。
「いいわ、雄菜ちゃんだけに特別に教えてあげる。これは企業秘密よ」
企業秘密というか、特別というか、既に種が一般公開されているネタなのだが。
まあ、いっか。
子供の夢を、そう簡単に壊すものではない。弟と妹がいる分、その点は十分に配慮しているつもりだ。
一分後。
英城は七節が伝授(テレビなどで既に知られているが)したマジックを、完璧にマスターしていた。
「見てください田中さん!ハンドパワーですよ!」
缶が浮いているように見える。
見えるだけなのだが。
「おお、凄いな」
「これならミスターマリックのハンドパワーを越せる気がします!今から彼と勝負してきますね!!」
「それは止めておけ!」
勝敗など、見らずとも明らかだ。
この子に現実を見せるのは、ちょっと早すぎる。
「心配はないわ田中君。彼はおそらく、田中君と違って大人げないことはしないと思うから」
「まるで俺が大人げないような言い草だな」
「あら、違うの?」
「違うよ!」
力強く、否定した。
でも、まあ、子供の言ったことを全力で止めてしまったのは、大人げなかったのかもしれない。
「でも、そうですよね。相手は五〇〇円玉を消したり、トランプを瞬間移動させることができますから……。こちらはレパートリーに欠けていますよね」
英城は、顎に手を当てる。
多分、レパートリーというより、規模の問題だと思うのだが。
「わたし、修行に行ってきます!滝修行です!」
「マジックは何処にいった!」
完全に、何かを間違えていた。
ある意味、天然だ。
「ところで雄菜ちゃん。その持ってる物と、腰に着けてる物はもしかして、仮面ライダーかしら?」
「そうですよ、よく分かりましたね?」
「仮面ライダーはわたしも好きだから」
そういえば、この前そんな話を少しだけしたような気がする。
「でも、バッタにはなりたくないって言ってなかったか?」
「単細胞生物並みの頭脳しか持ってないの田中君は?」
「さらりとアメーバと同類にされた!」
責めて、多細胞生物にして欲しかった。
「実際になるのと憧れとは価値観が違うの。仮に田中君、もし自分がバッタ人間になったら、あなたは大学に行けるかしら?」
「多分、行けない」
「じゃあバッタ人間と遭遇したらどうかしら?」
「写真を撮るかな」
「つまりそういうことなの。他人がするのは面白いからいいけど、自分はしたくない。人間の心理上、そう作用するようにできているのよ」
「なるほどな……」
なんとなくだが、七節に俺は諭されたような気がする。頭の良いやつが言うことは、大抵道理に適っている。
「単細胞生物にでも十分に分かるように説明したけど、理解してくれたかしら?」
「理解できたけど、俺は多細胞生物だ」
「あら、意外」
「満更でもない顔された!」
そこに道理なんてものはなかった。あったのは、毒舌だけ。
「田中さん、なんだか暗い表情になってますが、大丈夫ですか?」
「心が痛い……」
「……田中さん、遊んで気を紛らわしましょう」
「……そうだな」
小学生に、慰められた。
大学生が、だ。
「ではヒーローごっこをしましょう!わたしがヒーローをします」
「じゃあわたしがボスで、田中君が下っ端ね」
「ん……あれ?何故俺は勝手に下っ端にされたんだ!」
「だって、田中君の印象から下っ端が一番合ってるもの。いつも上司に頭を下げている画が鮮明に浮かび上がるわ」
「それ違う下っ端だ!」
怪人の下っ端ではなく、会社の下っ端。
「さあやっておしまいなさい怪人カイシャイーン。成功しなければボーナスは抜きよ」
「それっぽく言ってるけど、やっぱりただの会社員じゃないか!」
「でたな怪人カイシャイーンめ。また上司の尻拭いをするつもりだな!」
「小学生が何言ってるんだ!」
尻拭いという意味を、果たして知っているのだろうか。
いや、今はそんなことを考えてる暇などない。
こうなったら、カイシャイーンの恐怖を見せてやる!
「ぬおおおおおおお!」
「喰らえ!ヒーローパンチ!!」
正面からは、英城の小さな拳が向かって来ている。
「小学生のパンチなど効かぬ……わ」
だが、しかし、それは俺が思っていたパンチより、遥かに重かった。
重量級のボクサーに、腹を抉られたような、そんな感じ。とてもじゃないが、小学生のそれとは、比べ物にならないくらいの破壊力が、そこにはあった。
背中を地面で強打し、四メートルほど転がる。
本当に、痛かった。
「え……」
殴った本人、英城は呆然としていた。
それもそうだ、小学五年生女子が大学生男子を殴って吹っ飛ぶことなど、有り得るはずもない。
普通は、だ。
「……雄菜ちゃん、ちょっとそのベルト貸してくれないかしら?」
「あ、はっ、はいっ!」
英城は慌てた手付きでベルトを外し、七節に手渡す。
一体、何をするつもりなんだろう?
「悪いけど、地面を殴ってみてくれないかしら?」
「え?地面をですか?」
「そうよ」
「わ、分かりました」
英城は文句を一言も言わずに、地面を殴って見せる。
案の定、凄く痛そうにもがく破目となっていた。
本当に、何がしたいのか分からない。
「じゃあ次はベルトを着けて地面を殴ってみて頂戴」
「ま、また地面をですか!?」
「今度は絶対に痛くないわ。わたしが保障する」
「も、もし痛かったらどうしてくれるんですか……」
「そうね、仮面ライダーグッズ一式を買ってあげるわ」
「やったー!やりますやります!!」
完璧に釣られていた。
英城はベルトを再び装着し、空中に拳を構える。
「よ、よーし……いきますよ」
痛みというのは、頭の中によく鮮明に記憶されるのだろう。
随分と殴るのを躊躇った英城だったが、覚悟したのだろうか、目を瞑ると、地面を思いっきり殴りつけた。
「な……!?」
その光景に、俺は驚愕の意を隠せない。
そこには、英城を中心に罅の入っている地面があった。
まるで、大きな地殻変動が無理矢理起こったような、そんな光景だった。
「どうやら、そのベルトに絡繰りがありそうね。スーパーマンのような力の原因が」
スーパーマン、ヒーローか。
ということは、相手は怪人かな?
「?、どうしたの田中君。腹を抱えて苦笑いなんか浮かべて」
「ん、いやなに」
腹から手を放し、汚れた部分を手で払う。
決して、笑っていた訳じゃないのだが。
「ちょっと、バイトのことを考えていただけだよ」
「バイト……ふうん」
あまり、興味はなさそうだった。