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田中太郎物語  作者: レッドキサラギ
第二章 ヒーローガール
11/24

003

「まさかヒーローごっこをしようと公園に来たら、たまたまマジックショーをやっていて、たまたま田中さんに遭遇するとは思いませんでした」


 目を丸くしながら、仰天している英城。

 あのインチキ似非マジックを、マジックショーと言ってる辺り、彼女の純粋さを物語っている。



「俺もまさか近所に住んでるとは思わなかったよ」


 正直、再会が嬉しかった。

 一人だけの病室は、少し心細かった。英城がいたおかげで、大分楽しい入院生活を送れたのは、記憶に新しい出来事だ。



「ところで感動の再会の途中で悪いけど田中君、この子誰かしら?」


 そういえば、七節は英城のことを知らないのか。

 二日目以降、ぱったり見舞いに来なくなったしな。まったく、薄情な奴だ。



「英城雄菜、俺が入院していた時に同じ病室にいた子だ」



「へえ、そう」


 あまり興味のなさそうな目付き。



「もしかして七節、子供嫌いか?」



「いいえ、大好きよ」



「え?」


 正直、意外だった。



「田中君のそのアホ面に免じて教えてあげるけど」



「何故かアホ面って言われた!」



 俺の顔って、そんなにアホっぽいのか?



「わたしは人嫌いだけど、純粋な子供は大好きなのよ。将来は保育士になって、後々は世界を子供帝国にするのが目標なの」



「ネバーランドじゃないか!」


 ピーターパンも、きっと腰を抜かすだろう。

 それにしても、七節が保育士か……保護者に毒舌の雨霰を浴びせそうで不安だ。



「ところで……えっと」



「七節迷花よ」



「あ、ありがとうございます。それで七節さん、さっきのマジックはどうやってやったのですか?」


 どうやら、英城はさっきのマジックの種を知りたがっているようだ。

 似非マジックなのに。



「いいわ、雄菜ちゃんだけに特別に教えてあげる。これは企業秘密よ」


 企業秘密というか、特別というか、既に種が一般公開されているネタなのだが。

 まあ、いっか。

 子供の夢を、そう簡単に壊すものではない。弟と妹がいる分、その点は十分に配慮しているつもりだ。

 一分後。

 英城は七節が伝授(テレビなどで既に知られているが)したマジックを、完璧にマスターしていた。



「見てください田中さん!ハンドパワーですよ!」


 缶が浮いているように見える。

 見えるだけなのだが。



「おお、凄いな」



「これならミスターマリックのハンドパワーを越せる気がします!今から彼と勝負してきますね!!」



「それは止めておけ!」


 勝敗など、見らずとも明らかだ。

 この子に現実を見せるのは、ちょっと早すぎる。



「心配はないわ田中君。彼はおそらく、田中君と違って大人げないことはしないと思うから」



「まるで俺が大人げないような言い草だな」



「あら、違うの?」



「違うよ!」


 力強く、否定した。

 でも、まあ、子供の言ったことを全力で止めてしまったのは、大人げなかったのかもしれない。



「でも、そうですよね。相手は五〇〇円玉を消したり、トランプを瞬間移動させることができますから……。こちらはレパートリーに欠けていますよね」


 英城は、顎に手を当てる。

 多分、レパートリーというより、規模の問題だと思うのだが。



「わたし、修行に行ってきます!滝修行です!」



「マジックは何処にいった!」


 完全に、何かを間違えていた。

 ある意味、天然だ。



「ところで雄菜ちゃん。その持ってる物と、腰に着けてる物はもしかして、仮面ライダーかしら?」



「そうですよ、よく分かりましたね?」



「仮面ライダーはわたしも好きだから」


 そういえば、この前そんな話を少しだけしたような気がする。



「でも、バッタにはなりたくないって言ってなかったか?」



「単細胞生物並みの頭脳しか持ってないの田中君は?」



「さらりとアメーバと同類にされた!」


 責めて、多細胞生物にして欲しかった。



「実際になるのと憧れとは価値観が違うの。仮に田中君、もし自分がバッタ人間になったら、あなたは大学に行けるかしら?」



「多分、行けない」



「じゃあバッタ人間と遭遇したらどうかしら?」



「写真を撮るかな」



「つまりそういうことなの。他人がするのは面白いからいいけど、自分はしたくない。人間の心理上、そう作用するようにできているのよ」



「なるほどな……」


 なんとなくだが、七節に俺は諭されたような気がする。頭の良いやつが言うことは、大抵道理に適っている。



「単細胞生物にでも十分に分かるように説明したけど、理解してくれたかしら?」



「理解できたけど、俺は多細胞生物だ」



「あら、意外」



「満更でもない顔された!」


 そこに道理なんてものはなかった。あったのは、毒舌だけ。



「田中さん、なんだか暗い表情になってますが、大丈夫ですか?」



「心が痛い……」



「……田中さん、遊んで気を紛らわしましょう」



「……そうだな」


 小学生に、慰められた。

 大学生が、だ。



「ではヒーローごっこをしましょう!わたしがヒーローをします」



「じゃあわたしがボスで、田中君が下っ端ね」



「ん……あれ?何故俺は勝手に下っ端にされたんだ!」



「だって、田中君の印象から下っ端が一番合ってるもの。いつも上司に頭を下げている画が鮮明に浮かび上がるわ」



「それ違う下っ端だ!」


 怪人の下っ端ではなく、会社の下っ端。



「さあやっておしまいなさい怪人カイシャイーン。成功しなければボーナスは抜きよ」



「それっぽく言ってるけど、やっぱりただの会社員じゃないか!」



「でたな怪人カイシャイーンめ。また上司の尻拭いをするつもりだな!」



「小学生が何言ってるんだ!」


 尻拭いという意味を、果たして知っているのだろうか。

 いや、今はそんなことを考えてる暇などない。

 こうなったら、カイシャイーンの恐怖を見せてやる!



「ぬおおおおおおお!」



「喰らえ!ヒーローパンチ!!」


 正面からは、英城の小さな拳が向かって来ている。



「小学生のパンチなど効かぬ……わ」


 だが、しかし、それは俺が思っていたパンチより、遥かに重かった。

 重量級のボクサーに、腹を抉られたような、そんな感じ。とてもじゃないが、小学生のそれとは、比べ物にならないくらいの破壊力が、そこにはあった。

 背中を地面で強打し、四メートルほど転がる。

 本当に、痛かった。



「え……」


 殴った本人、英城は呆然としていた。

 それもそうだ、小学五年生女子が大学生男子を殴って吹っ飛ぶことなど、有り得るはずもない。

 普通は、だ。



「……雄菜ちゃん、ちょっとそのベルト貸してくれないかしら?」



「あ、はっ、はいっ!」


 英城は慌てた手付きでベルトを外し、七節に手渡す。

 一体、何をするつもりなんだろう?



「悪いけど、地面を殴ってみてくれないかしら?」



「え?地面をですか?」



「そうよ」



「わ、分かりました」


 英城は文句を一言も言わずに、地面を殴って見せる。

 案の定、凄く痛そうにもがく破目となっていた。

 本当に、何がしたいのか分からない。



「じゃあ次はベルトを着けて地面を殴ってみて頂戴」



「ま、また地面をですか!?」



「今度は絶対に痛くないわ。わたしが保障する」



「も、もし痛かったらどうしてくれるんですか……」



「そうね、仮面ライダーグッズ一式を買ってあげるわ」



「やったー!やりますやります!!」


 完璧に釣られていた。

 英城はベルトを再び装着し、空中に拳を構える。



「よ、よーし……いきますよ」


 痛みというのは、頭の中によく鮮明に記憶されるのだろう。

 随分と殴るのを躊躇った英城だったが、覚悟したのだろうか、目を瞑ると、地面を思いっきり殴りつけた。



「な……!?」


 その光景に、俺は驚愕の意を隠せない。

 そこには、英城を中心に罅の入っている地面があった。

 まるで、大きな地殻変動が無理矢理起こったような、そんな光景だった。



「どうやら、そのベルトに絡繰りがありそうね。スーパーマンのような力の原因が」


 スーパーマン、ヒーローか。

 ということは、相手は怪人かな?



「?、どうしたの田中君。腹を抱えて苦笑いなんか浮かべて」



「ん、いやなに」


 腹から手を放し、汚れた部分を手で払う。

 決して、笑っていた訳じゃないのだが。



「ちょっと、バイトのことを考えていただけだよ」



「バイト……ふうん」


 あまり、興味はなさそうだった。

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