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田中太郎物語  作者: レッドキサラギ
第二章 ヒーローガール
10/24

002

「先程の逆上がり、素晴らしかったわ。congratulation」



「…………」


 フラグだった。

 しかも、一番見られたくない相手に、見られてしまった。

 七節迷花、コイツには見られたくなかった。



「笑うなら笑え!」



「あら、心外ね。わたしがお友達のお逆上がりの、それはまあ、お酷い姿をお馬鹿にするほど、お小さい人間ではないわ」



「完全に馬鹿にされた!」


 完全無欠の悪口。

 七節の中では、言葉の頭に『お』を付けたら全てが敬語になるシステムになっているらしい。何百年もの時間をかけて作られた言葉の歴史が、総崩れした瞬間だ。



「さて、挨拶はこれまでにして」



「今のが挨拶だったのか!」



「田中君、このコーディネイトどうかしら?」



「スルーされた!」


 まあ、でも。

 七節の服装は、正直意外なものだった。大学でも私服なのだが、大学の時とはまた少し様子や雰囲気が異なっている。

 なんというか……一言で表すと、大胆。

 長い黒い髪はそのままで、上半身は明らかに、あからさまに、胸を強調したと思われる白いコーディネイト。スカートは水色のミニスカートで少女なイメージがあるが、黒いニーソックスが大人の女性のイメージを持たせる。

 黒いイメージではなく、白いイメージが強かった。



「なかなか良いと思うけど」



「それはエロい方向でかしら?」



「まあ、それなりに」



「期待を裏切らないわね、田中君は。良い変態っぷりよ」


 真に勝手ながら、変態扱いされた。

 真に遺憾である。



「真に遺憾である!」



「心の声を口にしたわね」



「何故分かったんだ!?」



「上に書かれてあるからよ。小説なんだから、当然でしょ」



「余裕のメタ発言!」


 そういえば、こんな展開この前もあったような。



「それより田中君、一つ教えて欲しいことがあるわ」



「何だよ」



「今まで友達のいなかったわたしに、友人との会話というものを教えて欲しいの。それなりに友達のいそうな田中君なら知ってると思うから」



「それなりは余計だ」


 正しくは、なかなか。

 でも、これは彼女の進歩なのかもしれない。

 友達との会話をしようとする、その心意気。

 俺にはそれを補助する義務がある。

 なぜなら、俺は七節の最初で、唯一の友人なのだから。



「そうだな……こうやって普通に話してるのが友人との会話じゃないのかな?」



「普通……例えば、わたしが田中君に今日は良い天気ねっていうのは?」



「友人との会話だ」



「例えばジョージクルーニーにいきなりキスされたとかは?」



「規模が大きいな!」


 その大きさ、ハリウッド級。



「とりあえず今ので分かったわ。ようは、何気ない日常の会話がそれってことね」



「そういうことだ」


 どうやら今ので理解してくれたらしい。天才の思考回路は、少し特殊だ。



「ところで田中君、わたし昨日レオナルドディカプリオとデートしたの」



「見え見えの嘘じゃないか!」


 完璧に、間違って解釈をしていた。

 大体、そんなの何気ない日常の会話ではない。むしろ、大事件だ。



「嘘とは限らないわよ田中君。わたしが散歩していたら、たまたまレオナルドディカプリオと遭遇して、たまたまお茶をしたという可能性だってあるかもしれないのよ?」



「お前、レオナルドディカプリオ好きなんだな」



「レオナルドディカプリオより、トム・クルーズの方が好みよ」



「簡単に乗り換えた!」


 女心は秋の空。

 しかし、こんなにも早く秋の天気は変わりやしない。



「ところでトム・クルーズの端くれにも値しない田中君」



「なんだか複雑だな。その言い回し」



「いいのよ。本当のことなんだから」



「…………」


 本当のことだから、何も言えない。



「それはいいとして、怪我は大丈夫なの?」



「心の傷が重症だ……」



「あら、心を傷つけるなんて酷い外道なこと、誰がしたのかしら?田中君の友人として許せないわ」



「自覚が全くない!」


 本当に、おめでたい思考だ。



「心の傷じゃなくて、わたしが言ってるのは体の方よ」



「ああ、それなら大丈夫だ。傷も完全に塞がったし」



「そう、ならいいんだけど。あの時は田中君のおかげで命拾いしたわ。ありがとう」



「なんだよ急に改まって」



「お礼をしてるのよ。わたし考えたの。田中君と友人であり続けるには同等でなくてはならないと思うの。だから、今からわたしが田中君に、鶴の恩返し的奇跡パフォーマンスで恩返しをしようと思うの」



「何だよその鶴の恩返し的パフォーマンスって?」



「恩返しよ」


 そのままだった。何かを期待した、俺が悪い。



「ところで田中君は恩返しに何をして欲しいのかしら?」



「うーん、これといってないな」



「堕天使エロメイドで一日お付き合いでも構わないわよ」



「えっ、良いのかよ!」



「ただし、田中君には一生変態という称号が付き纏うことになるでしょうね。想像しただけで鳥肌が立つわ」



「俺は変態じゃない!」


 コイツは自分の体を張ってまでも俺を変態にしたいのか!

 はっきり言って、迷惑この上ない。



「じゃあ田中君は何をして欲しいの?」



「そうだな……じゃあ何かマジックをしてみろよ」



「それくらい、お安い御用よ。わたしはかつて、七色の腕を持つマジシャンと呼ばれて有名になったことを妄想したことがあるのよ」



「妄想止まり!」


 なんというか……七色の腕なんて、気持ち悪いだけだ。



「でもマジックはできるわよ。見てなさい」


 七節が取り出したのは、トマトジュースの空き缶だった。

 空き缶の口に、七節は親指を入れる。

 なんとなく、この時俺は、なんとなく七節がしたいことの予想がついていた。

 七節は親指の入った空き缶を、まるで缶がさぞ浮いているようにして、俺に見せる。



「ハンドパワー」


 やっぱりと、思わざるを得なかった。もう何というか、マジックの種は見えていたし、テレビで見たことあるしと、色々な文句及び意見が口の中に籠っている。

 だが、俺は言えなかった。

 七節のマジックショーの観客は、どうやら俺だけではなかったらしい。



「い、今のはどうやってしたのですか!?」


 玩具の変身ベルトを腰に巻いて、仮面のようなマスクを手に持った少女が、七節の似非マジックショーを見て、目を輝かせていた。

 俺は、その少女を知っている。

 彼女は間違いなく、病室を共にしたあの子だ。

 確か名前は……英城雄菜だ。

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