ビニール傘
雨が降ると、彼女は沈んだ顔になる。
道の真ん中で座り込んでしまうこともあった。
スカートが濡れてしまうよ、と声を掛けても、彼女は顔を上げない。
そう言うときは、たいてい泣いていた。
少しすれば、私の心配をよそに、また歩き出す。
彼女はいつもビニール傘だ。
彼女の年頃なら、鮮やかな色のものや、花柄などが似合うはずなのに、透明の傘を手放さない。
どうして、と彼女の友達が聞いたことがある。
彼女は、周りがよく見えるから、と答えた。
私は胸を締め付けられた。
ビニール傘を好む本当の理由を知っていたからだ。
あの日、彼女はおろしたての傘を楽しそうに回していた。
夢中な彼女に、危ないよ、と言っても、大丈夫だよ、という返事しかなかった。
ずいぶんと、新しい傘を気に入ってくれたようだ。プレゼントした甲斐があった。
その直後のことだった。
雨でスリップしたトラックが私たちに突っ込んできた。
私は彼女を突き飛ばした。
若葉色の傘と、透明の傘が空を飛んだ。
彼女は青い顔で濡れていた。
大丈夫か、と声を掛けたが、彼女の目は雨よりも多くの涙を流していた。
それ以来、彼女は透明の傘を使い続けた。
彼女が言うように、周りがよく見えるからなのだろう。
でも、私のことは見えないらしい。
しかたがないことだ。
雨が降ってきた。
一人でいる彼女のそばで、私は今日も見守る。