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第1話 『大樹の下の魔女』

 木剣がぶつかる乾いた音が、村の空き地に響いた。

 腕の骨まで痺れが走る。指先が、自分のものじゃないみたいにじんじんした。それでも僕は、木剣を離さなかった。

 目の前で、リディアが静かに構えている。

 僕と同じくらいの歳のはずなのに、ただ立っているだけで絵になった。背筋はすっと伸びていて、木剣を握る手には少しの迷いもない。


「来ないの?」

「……行くよ」


 言われなくても分かってる。

 息を吸う。乾いた空気が、喉の奥をひやりと通っていった。

 地面を蹴る。正面から、思いきり振り下ろした。

 けれど、手応えはなかった。リディアが身体を半歩、ほんの少し横へずらしただけで、僕の木剣は空を切る。勢い余って、前へのめった。

 その懐へ、リディアが滑り込んでくる。

 まずい――そう思ったときには、もう遅かった。

 ごつ、と鈍い音がした。脇腹に木剣がめり込む。衝撃が肋骨の内側を叩いて、息が勝手に口から押し出された。


「ぐっ……!」


 視界の端が白く弾ける。膝から力が抜けて、身体がよろめいた。足がもつれる。それでも歯を食いしばって、どうにか踏みとどまった。

 じわり、と脇腹が熱を持つ。息を吸おうとすると、痛みが引っかかる。

 顔を上げるが、リディアは追撃してこなかった。木剣を下げて、こちらを見ている。


「今の、惜しかったね」

「……そうかな?」


 脇腹を押さえたまま聞き返すと、リディアは片足を一歩前に出した。


「前より踏み込みが速かった」

「でも当たらなかったよ?」

「うん」

「そこは、当たってくれてもいいじゃん」

「嘘はつきたくないから」


 悪びれもせずに、リディアは言った。

 こういうところは、昔から変わらない。僕が勝っているときは勝っていると言うし、負けているときは負けていると言う。手加減も、お世辞もない。

 だからこそ、僕も本気になれるのだ。


「もう一回」

「いいよ」


 木剣を構え直す。今度は、さっきよりずっと慎重に。

 リディアの足を見る。肩を見る。どこから来る。考えろ。右。いや、違う。

 左――。そう思った瞬間には、リディアがもう動いていた。

 木剣で受ける。がん、と衝撃が腕の芯まで響いた。

 一撃。二撃。三撃。

 受けるたびに、痺れが肩まで駆け上がる。足が重い。脇腹の痛みが、呼吸のたびにうずく。息が浅くなって、視界が狭くなって、それでもリディアの木剣だけは見失わないように、必死に食らいついた。

 昨日より、長く続いている。それだけは、自分でも分かった。

 けれど。四撃目を、受け損ねた。

 下から跳ね上げられた木剣が、手の中から抜けていく。乾いた音を立てて、少し離れた地面に転がった。

 空っぽになった手のひらを、ぼんやり見つめる。そのまま、僕はその場に座り込んだ。


「……また負けた」

「まただね」

「そこは否定してよ」

「でも負けたでしょ」

「そうだけど」


 リディアが笑った。つられて、僕も笑ってしまう。

 悔しい。すごく悔しい。なのに、不思議と嫌じゃなかった。


「せめて慰めるとかしてよ」

「んー」


 リディアは少し考え込むと、近づいて、しゃがんで、僕の頭へそっと手を伸ばした。


「よく頑張りました。前よりも良くなってるし、次はもっと良くなるよ」


 その言葉より目の前の笑顔の方が、僕にはずっと温かかった。


「ありがとう」

「まぁでも私も良くなるから、結果は変わらないけどね」

「分かんないじゃん!」


 ムキになった僕を見て、リディアは楽しそうに声を上げて笑った。

 リディアは僕より強い。今は、それでいいと思っている。

 いつか勝てれば、それでいい。


「ほら」


 目の前に、手が差し出された。


「立てる?」

「立てるよ」

「じゃあ早く」


 その手を掴む。ぐっと引っ張られて、足の裏に地面が戻ってきた。立ち上がった拍子に、脇腹がずきりと鳴る。顔に出ないように、こっそり奥歯を噛んだ。

 落ちていた木剣を拾い上げる。握り直すと、指がまだ少し震えていた。


「……いつか勝つから」

「うん」

「本当に勝つから」

「楽しみにしてる」


 リディアはそう言って、また笑った。


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