ポンコツ認定された呪いのアイテム鑑定師、自意識過剰な聖女様にこき使われてたら、自作自演の大聖堂が崩れちゃいました。次は失敗しません!
私、リゼット・アーベルは、半年に一度の昇進試験を懲りずに受けています。何度目かは、もう覚えていません。
異世界に生まれ直して、憧れの鑑定師にはなれました。昇進は、まだです。
試験室は石造りで、窓が高いところに一つ。机の向こうには、王立鑑定院から来た審査官が座っています。中年の男の人で、机に置いた書類の角を、指で何度もそろえていました。私が名乗ろうとすると、まだそろっていない端を指で押さえました。
「所属と名前」
「王立呪いのアイテム処理班、ポンコツのリゼット・アーベルです」
「勝手に二つ名をつけるな!」
「はい。ポンコツのリゼットです」
「ポンコツを残すのか!」
審査官は羽根ペンを構えました。
最初の品は、古い銅貨でした。縁が欠けて、緑色に曇っています。
「このアイテムの価値を鑑定せよ」
私は銅貨を手に取って、曇りを爪でこすりました。下から赤茶色が出てきました。間違いなく銅です。私はしっかりうなずいて、答えました。
「銅の相場は、いま下がっています。溶かすなら、値が戻るまでお待ちください」
「溶かす?」
「はい。安いときに売っては、もったいないです」
「建国王の初鋳貨だ! 国に数枚しかない! 溶かす奴があるか!」
建国王の持ち物でしたか。私は慌てて、銅貨を両手で持ち直しました。
銅貨は取り上げられました。
次は薬草です。銀色がかった細い葉で、指でつまむと、すっとした香りがしました。いい香りです。
「このアイテムを鑑定し、その用途を述べよ」
「刻んで、油で炒めると香りが立ちます。この季節なら魚料理に合います」
「これは解毒の霊草だ! 数十年に一度しか採れん! 一株で家が建つ!」
「では、炒めるのは一枚だけにします」
「そういう問題じゃない!」
審査官は羽根ペンを置いて、両手で顔を覆いました。私は待ちました。人が顔を覆っているときは待つのがいいと、先輩から教わっています。
審査官は顔を上げて、書類に短く何かを書きました。
「以上だ。半年後、また受けなさい」
「はい。がんばります」
私は立ち上がって、深く礼をしました。落ちましたが、姿勢は大事です。机に袖が触れて、端に置いてあった羽根ペンが床に転がりました。私は拾って、両手で審査官に差し出しました。
「いつも、ありがとうございます。私なんかのために、半年ごとにお時間をいただいて」
審査官は、ペンと、私の顔を、順番に見ました。それから書類の角を、一度だけそろえました。
「……次は、もう少し勉強してきなさい」
「はい。がんばります」
私は試験室を出ました。
廊下を歩いているうちに、落ちたことより、ペンを拾ってお礼を言えたことのほうが嬉しくなってきました。今日は一つ、いいことをしました。
私は背筋を伸ばしました。
◇◇◇
処理班の建物は古くて、窓が少なくて、廊下には「触るな」「開けるな」「絶対に近づくな」と書かれた箱が並んでいます。埃と、お香の匂い。私の職場です。
倉庫に入ると、先輩が机で書類を書いていました。ひげの濃い、大柄な人です。作業着の袖に、焦げた穴がいくつも開いています。バルド先輩です。鑑定はせず、危ない品を運んだり、燃やしたり、埋めたりするのが仕事です。
「戻りました」
「どうだった」
「落ちました」
「そうか」
先輩は顔を上げませんでした。慰められると落ち込むので、これで助かっています。
「今日はそっちを頼む」
先輩が机の上の手紙を、指で押してきました。金の縁の、いい紙です。封の横に、笑っている女の人の顔が刷ってあります。
「聖アルメイアの教会からだ。あさっての大礼拝の前に、国の処理班に街を検分してもらって、『この街に呪いはありません』と言ってほしい、だそうだ」
「聖女様の街ですね」
「知ってるのか」
「新聞で読みました。とても人気だそうです」
「そうか。話が早いな」
「検分って、何をするんですか」
「見て回って、呪いの品がなければ、ないと言う。それだけだ。向こうは、処理班に呪いが読めるとは思っとらん。うちは処分が仕事だからな」
「私は読めます」
「読めるのはお前だけだ。だから勝手に触るな。何かあったら、まず俺を呼べ。人前で読み上げるなよ」
「はい」
呪いの品に触れると、私の頭の中には鑑定の文字が浮かびます。そして浮かんだ文字は、勝手に口から出ます。まず先輩を呼んで、それから触ればいいのですね。
私は背筋を伸ばしました。国のお仕事です。
◇◇◇
聖アルメイアの街には、翌日の朝に着きました。
街に入ると、明るい声が聞こえました。
白い大聖堂のバルコニーに、白い服の人が出てきました。金色の髪飾りが、いくつも光っています。
「おはよう、アルメイアのみんな!」
通りの人たちが、いっせいに手を振り返しました。みんな笑っています。
「今日もみんなのおかげで、わたし、元気です! ほんとに感謝しかない!」
通りが、わっと沸きました。先輩は手を振りませんでした。私は少し振りました。誰かが振っているときは、振るのがいいと思います。
通りに並ぶ家の戸口には、同じ紙が貼ってあります。真ん中に、聖女様の笑っている顔。よく描けています。
広場には、寄進の額の順に名前を彫った金色の板が立っていて、人だかりができています。「今年も一番だ」「うちも来年は」。露店も出ていました。
パン屋のおじさんが、私たちが処理班だと分かると、少し声を大きくしました。
「うちは三年、欠かさず買ってる。だから何にもない。井戸も屋根も、かまども。この街で不幸になるのは、加護の札を買わない家だけだよ」
「そうなんですか」
「去年、隣の空き家を片付けるのを手伝ったら、床下から変な石が出たんだ。黒くて小さいの。気味が悪いから聖女様に持っていったら、古い加護の種だから預かる、って。あんたたち、検分の人だろ。ちゃんと見てってよ」
「はい。見ます」
通りの端に、一軒だけ、黒い壁の家がありました。屋根が半分ありません。戸口に、紙は貼ってありません。その壁を、女の子がブラシで洗っていました。ブラシを動かすたび、煤の混じった水が壁を伝いました。
「ここ、火事があったんですか」
「去年。うちだけ」
「加護の札は、貼っていなかったんですか」
「それまでは毎年買ってました。去年だけ、父さんが寝込んで、銀貨一枚が出せなくて。買わなかったのは、その一度だけです」
女の子は、ブラシを持つ手に力を入れました。
「聖女様、来てくれたんです。手を握って、一緒に泣いてくれて。信仰が足りなかったんですね、って言われました」
私は壁を見上げました。焼け残った窓枠に、まだガラスが少し残っていました。
「……足りてましたけど」
私は少し考えて、いちばん役に立つことを聞きました。
「今年の更新は、お済みですか?」
後ろから、先輩の手が私の頭に落ちてきました。
「すみません」
「いいえ」
女の子は、私に向かって初めて、少しだけ笑いました。
「ミラです。今年の分は、自分で稼ぎました。明日、いちばんに並びます」
ミラはまたブラシを壁に当てました。
◇◇◇
大聖堂の中は、外よりもっと白かったです。
高い天井には、細い金色の飾りが格子に組まれています。
バルコニーにいた聖女様が、奥から歩いてきました。近づくと、甘い香りがしました。爪に色が塗ってあって、靴は金色でした。
聖女様は入り口をちらりと見ました。扉は閉まっていて、ほかに人はいません。
「処理班? 二人だけ?」
声は、バルコニーの声と同じ高さでした。ただ、笑っていませんでした。
「わたし、セラフィーナ。悪いけど、明日の準備で忙しいの。手短にね。……あなた、鑑定師? 等級は」
「無級です。ポンコツのリゼットです」
「無級」
聖女様は私を、上から下まで見ました。
「うちの子たちでも、札くらい読めるのに。まあいいや。国の人が来たっていう事実があればいいんだから。そっちの作業員さんは?」
「バルドだ」
「作業員さんは、あとで帳簿を見てもらうから待ってて。ポンコツちゃん、ついでにそこの寄進箱、祭壇まで運んで。重いから。それと靴、ちょっと汚れたの。拭くもの持ってる?」
私は作業用の手袋をはめ、寄進箱を抱えました。中で銀貨がずしりと動きます。祭壇まで運ぶと、腕がぷるぷるしました。
戻ると、聖女様が片足をこちらへ出しました。私は手袋の甲で金色の靴を拭きました。
聖女様は長椅子に座って、足を組みました。私たちは立ったままです。
「この街ね、わたしが来てから、加護を買った家は何も起きてないの。それだけ覚えておいて」
聖女様は懐から、白い紙を一枚出しました。真ん中に、自分の顔。
「一年で銀貨一枚だけ。買わない家があるのが、わたしには信じられないけど。……ああ、通りの端の焼けた家、見た? あの子、去年払わなかったのよね。かわいそうに。一枚ですむのに」
ミラの家のことです。ブラシを握る指が、煤で黒くなっていたのを思い出しました。
「ま、いいや。鑑定師さんなんでしょ? これ、見てみて。呪いじゃないって言えるよね」
私は汚れた手袋を外して、紙を受け取りました。
呪いの品なら、触れた途端に氷のように冷たくなります。でも、この紙は冷たくなりません。頭の中にも文字は浮かびませんでした。
つまり、これは普通の品です。普通の品も、鑑定はできます。私は紙を窓の光に透かしました。
「上質な紙です。厚みがあります。写しを取るのに向いています」
「……紙の話じゃなくて。この札の力を聞いてるの」
「丈夫さですか」
私は紙の端を軽く引っ張ってみました。繊維が長く、しっかり絡んでいます。
「丈夫です。少々濡れても破れません」
聖女様は、ふ、と鼻で笑いました。
「ポンコツちゃんらしい。いいよ、それで。呪いじゃないって、それだけ言ってくれれば」
「呪いではありません。ご安心ください」
「それ。それを明日、みんなの前で言って。国の処理班が呪いじゃないって言った、それが欲しいの」
聖女様は、紙の自分の顔を、爪で軽く弾きました。
「奇跡は、見れば分かるでしょ。でも呪いは、ないって誰かが言わないと、ないことにならないの。買わない家がね、教会が呪ってるだの、変なことを言うのよ。信仰が足りないだけなのに」
「はい。呪いではありませんので」
「それ、持ってていいから。明日、忘れないでね」
私は紙を懐にしまいました。
ずいぶん手短に話す人でした。大勢に呼びかけるときとは、しゃべり方を変えるのでしょう。忙しい人は、時間を無駄にしません。
外で、人の声がしました。
聖女様の顔が、変わりました。眉が上がって、口の両端が上がって、目が濡れました。一瞬でした。バルコニーの顔です。
扉が開いて、男の人たちが担架を運び込んできました。後ろから見物人も入ってきます。
「半年も立てなかったんです。どうか、お願いします」
担架を運んできた人が頭を下げました。乗っているおじいさんは、腰に手を当てたまま聖女様を見ています。
聖女様は走って、担架の横に膝をつき、おじいさんの腰に手を当てました。
「大丈夫。わたしがいるから」
おじいさんが、立ちました。ゆっくりでしたが、立ちました。周りの人が声を上げました。聖女様は泣いています。
「よかった。ほんとに、よかった」
開いた扉の向こうでも、人が背伸びをして手を叩いていました。
私も拍手しました。先輩は拍手していませんでした。
「先輩、拍手しないんですか」
「手が汚れてる」
◇◇◇
おじいさんが見物人たちと広場へ出ていくと、聖女様は扉を閉めました。
振り返った顔から、笑みが消えていました。腰に当てていた手を布で拭き、担架を運んだ人たちの靴跡を見下ろします。
「床まで汚して。ポンコツちゃん、あとでそこも拭いておいて」
「作業員さん、帳簿を見てもらうから。こっち来て」
聖女様が先輩を呼びました。先輩は私に、その場で待つように言いました。
「触るな。開けるな。近づくな」
「はい」
聖女様は奥へ行きかけて、振り返りました。
「あ、ポンコツちゃん。待ってるだけなら、祭壇の裏の物置、古い箱を処分しといて。中身ごとね。処理班でしょ、それくらいできるよね」
「処分。はい、できます」
「運び出せるか見ておけ。無理なら俺が戻るまで待て」
先輩はそう言い残して、聖女様の後を追いました。
処分は、処理班の仕事です。私は作業用の手袋をはめました。手袋なら、触っていないのと同じです。
祭壇の裏手に、小さな物置がありました。壁ぎわには古い木箱が積んであって、蓋の開いた箱から黒い小石がこぼれています。どれも親指の先ほどの大きさで、表面に細い溝が刻まれていました。
箱の札には「加護の種」と書いてありました。パン屋のおじさんが話していたものです。
隅の作業台に、細身の鏨と、彫りかけの黒い石が置いてありました。きれいな道具です。よく手入れされています。
私は箱の前に立って、考えました。処分の仕方は三つです。運ぶ、燃やす、埋める。
外へ運び出すには、多すぎます。台車もありません。
燃やすのは、教会の中でよくないです。
埋めるしかありません。外へ運べないぶんは、ここで処分すれば先輩も助かります。
それに、札には種と書いてあります。種なら、土がいいはずです。
物置を出ると、祭壇の脇に修繕道具が置いてありました。段の横板が外れていて、床下の土が見えます。ここなら、箱を運ぶのもすぐそこです。
私は置いてあった小さなシャベルを借りて、床下の土を掘りました。箱の中身をざらざらと空け、上から土をかぶせます。最後の箱を空けるころには、土の山が床板の裏につくほどになりました。
横板を戻し、空いた木箱は物置の隅に重ねました。あとで先輩と運べば、一度で済みそうです。
手袋越しなので、鑑定の文字は出ませんでした。読んでいないので、口が勝手に動く心配もありません。
手袋を外して土を払い、長椅子に座って待ちました。先輩が戻ってきたので、箱は空にして重ねておいたと報告しました。
「中身はどうした」
「埋めました」
「……運べないなら待てと言っただろうが。埋めた場所は明日、検分のときに見せろ」
「はい」
先輩は額を押さえました。私は、借りたシャベルも元の場所に戻したと付け加えました。
◇◇◇
翌朝、大聖堂の前は、街の人でいっぱいでした。
列が広場を一周しています。パン屋のおじさんもいました。いちばん前に、ミラがいました。
鐘が鳴って、みんなが中に入りました。私と先輩は、いちばん後ろの壁際に立ちました。
「昨日の箱、そんなに重かったのか」
「はい。何度も運ぶには多すぎました。教会で燃やすのもよくありませんので」
「それで埋めた、と。場所はどこだ」
「祭壇の床の下です。ぜんぶ」
「ぜんぶ」
「はい。ざらざらと」
「外じゃないのか。お前な……」
先輩が祭壇へ歩き出しかけました。
そのとき、祭壇に聖女様が上がりました。白い服が光っています。髪飾りが光っています。両手を広げて、笑いました。
「みんな、おはよう! 今日も来てくれて、ほんとに感謝しかない!」
拍手。
聖女様は、後ろの壁際を指しました。私です。
「今日はね、国の処理班のかたも来てくれてます! リゼットちゃん、こっちに来て。昨日言ってくれたこと、みんなにも」
聖女様に手招きされて、私は祭壇の段を上がりました。先輩は正面を避け、脇の通路を回ってきます。聖女様が私の肩に手を置きました。
「加護の札は、呪いではありません。ご安心ください」
拍手。聖女様が、いちばん大きく拍手しました。
「国のお墨付き! だから今年も、一年分の気持ちを、ここに」
ミラが寄進箱へ銀貨を落としました。からん、と音がして、代わりに加護の札が渡されます。ミラは受け取った札を両手で握っていました。
後ろの人も銀貨を出しました。箱の中で硬貨が鳴るたび、列が少しずつ進みます。
祭壇のろうそくが倒れました。私が立て直していると、天井の染みから水が落ちて、頭に当たりました。
横を見ると、聖女様は札を渡すのに忙しそうです。その後ろでは、別のろうそくが傾き始めていました。
脇の通路を来る先輩と目が合いました。先輩は祭壇の床を指して、口だけ動かしました。ど、の、へ、ん、だ。私は自分の足元を指しました。こ、こ、で、す。
床板が、みしり、と鳴りました。
私の足元で板が割れ、端が沈みました。隙間に、昨日かぶせた土がのぞいています。土の中から、黒い石が半分顔を出していました。
踏んだら足をひねりそうです。私はしゃがんで、石をつまみ出しました。
石が氷のように冷たくなりました。頭の中に文字が浮かび、口が勝手に動きます。
「【呪い。災いの種。土中で発動。一粒につき災い一つ。対象、埋めた家。数が増すほど進行が加速。製造、聖アルメイア教会。製作者、セラフィーナ】」
私の頭に落ちていた水が止まりました。祭壇の向こうでは、ろうそくがまた倒れました。
銀貨の音も、止まりました。
誰も、何も言いませんでした。言うな、と言われていたのに、言ってしまいました。でも、口が勝手に動くのは仕方ありません。
私は立ち上がって、石を祭壇の端に置きました。頭上を見ても、水は落ちてきません。
けれど、割れた床には穴が開いたままです。小石を戻して土を押さえれば、少しは埋まるかもしれません。私は石を取り、しゃがみ直して元のくぼみに押し込みました。
ぽたり。頭に水が落ちました。
石を土から抜くと、水が止まりました。
「……埋めると降って、抜くと止まります」
「何をしてる」
先輩が祭壇に上がってきました。私が立ち上がると、入れ替わりに屈んで、床の穴をのぞきます。
「先輩、見てください。ここに戻すと」
私は先輩の手の横から、石を土に押し込みました。
同じ天井の染みから水が落ちて、今度は先輩の頭に当たりました。
「おい」
抜くと止まり、戻すとまた落ちます。先輩が上を向いたところへ、ぽたり。
「俺でやるな!」
「加護の札があれば、防げるそうです」
私は石を抜き、先輩に少し待ってもらって、懐から昨日の札を出しました。先輩の濡れた肩に押し当てると、水が紙に染み込んでいきます。
「そのまま持っていてください」
「お前、またやる気か」
先輩が札を押さえたので、私は石を土に戻しました。頭に落ちた水が、先輩の頬を伝いました。札の中の聖女様は笑ったままです。
「……防げませんね。でも、よく吸います。拭くのには使えます」
私は石を抜きました。先輩は札で顔を拭きながら、私を見ていました。
「私にも災いを止められました。聖女様と同じです。簡単です」
列で見ていた人たちの中から、パン屋のおじさんが声を上げました。
「……その石」
おじさんは列から出て、私の手のひらを覗きました。
「隣の空き家にあった石と同じだ。あそこは札を買ってなくて、屋根が落ちたんだよ」
「うちの焼け跡からも、出ました」
ミラでした。紙を握ったまま、祭壇を見ています。
あちこちで声が上がりました。「うちは井戸の横にあった」「かまどの下にも」。石を取り除いてから水が澄んだと話す人もいました。
パン屋のおじさんが、もう一つ言いました。
「じいさんの腰も、石のせいだったんじゃないか。聖女様、おととい、じいさんの家に祈りに行ってたよな」
「床下にもお入りになったよ。悪いものが残ってるからって」
長椅子のおじいさんが、腰に手を当てました。
「あの晩から痛みが引いてたんだ。昨日、聖女様に立ってみろと言われるまで、まだ無理だと思ってたが……」
先輩が、頭を拭き終えました。それから、大聖堂じゅうに聞こえる声で言いました。
「埋めれば災いが起きる。抜けば止まる。札では止まらん。買わなかった家から、これが出てる。しかも、作ったのは教会だ」
先輩が聖女様を見ました。
「セラフィーナ。買わなかった家に、何をして回った」
みんなが、いっせいに、祭壇を見ました。
ミラも前へ出ました。買ったばかりの札を握りしめています。
「信仰が足りなかったって、言いましたよね」
聖女様は返事をしませんでした。
「私の手を握って、一緒に泣いて。あのとき、知ってたんですよね。どうして家が焼けたか」
ミラは顔を上げました。
「足りてました。私たちの信仰は、足りてました!」
声が高い天井に響きました。
聖女様は、笑っていました。笑顔のまま、止まっていました。
「リゼットちゃん。それ、どこにあったの」
「裏の物置の箱です。中身ごと処分してほしいと言われましたので。昨日、ぜんぶ、この床の下に埋めました」
聖女様の顔から、笑顔が、落ちました。
「……ポンコツが、何言ってるの。三年分よ。一粒ずつなら半年かかるのに、あんなにまとめて……」
小さい声でした。私にだけ聞こえる声です。バルコニーの声ではありませんでした。
聖女様は私の手首を、ぎゅっと握りました。私の目を見ず、手の中の石をにらんでいます。
その頬を汗が伝いました。白い襟の上には、金色の模様があります。新聞の絵で見た、聖女様の聖痕です。
汗がそこを通ると、金色の筋が首から襟へ伸びました。
「あ、色が落ちています」
私は空いた手でハンカチを出しました。
「服につく前に、拭いたほうが」
聖女様は私の手首を放し、自分の胸元を押さえました。指にも金色がつきました。祭壇の前にいた人たちが、その手を見ていました。
先輩が私の肩を引きました。足元の割れ目が広がって、土がこぼれています。飛び出した釘が先輩の袖に引っかかりましたが、先輩はかまわず腕を引きました。布が裂ける音がしました。
私たちは段を下り、聖女様も裾をつかんで後に続きました。
堂の奥で、水の落ちる音がし始めました。今度は何か所もあります。手の石を持ち上げてみましたが、そちらの水は止まりません。
「あの、ね」
聖女様は両手を胸の前で合わせ、みんなのほうを向きました。
「そこだけ聞くと、誤解されちゃうと思うんだけど」
床が、大きく鳴りました。
◇◇◇
全部が、いっしょに来ました。
天井から落ちていた水が、線になって、幕になりました。柱が、みし、と鳴って白い粉を吹きました。鐘楼から鳩が、いっせいに堂内へ入ってきました。白い羽根が、天井の下いっぱいに舞いました。
祭壇の床が、抜けました。
金色の聖女様の像が、ゆっくり傾きました。台座が祭壇の縁を踏み抜き、像は誰もいない祭壇の裏へ横倒しになりました。
人が走りだしました。昨日、立てるようになったおじいさんが、誰より速く扉を出ていきました。半年立てなかった人の足ではありませんでした。
「こっち! 出口こっち! 押さないで、順番!」
ミラの声が、悲鳴と羽音の上から響きました。通路で立ち止まっていた人が振り返り、扉へ向かって動きだしました。
聖女様は祭壇脇の台から札の束をつかみ、逃げる人たちへ向けて高く掲げました。
「みんな、落ち着いて! 加護があるから! わたしを信じて!」
呼び止められた人が、足を止めかけました。
水は落ち続け、鳩は飛び続け、柱は白い粉を吹き続けました。
「効きません。呪いではありませんので」
私が太鼓判を押した札です。先輩の顔を拭く役には立ちましたが、水は止めてくれませんでした。私は出口を指しました。
「こちらです。石はあとで拾います」
「わたしは……みんなを笑顔にしたかっただけなの」
誰も聞いていませんでした。みんな、出口へ走っていました。
先輩が、私の襟をつかみました。
「行くぞ」
「先輩」
「なんだ」
「これは失敗でしょうか」
先輩は、横倒しになった金色の像を見ました。
「見ろ。大失敗だ」
「どうしましょう」
「埋めたものは仕方ない。全員出せ」
私たちは、走りました。
扉を出て、広場で振り返ると、開いた扉の奥で、天井の金色の飾りがばらばらに落ちていくのが見えました。
広場では、逃げてきた人たちが家族や隣人を呼び合っていました。先輩は扉の脇に残り、まだ中に人がいないか確かめていました。
最後に聖女様が出てきて、先輩も扉から離れました。聖女様の白い服は濡れ、金色の髪飾りが斜めになっています。札を持つ手を上げかけましたが、ミラが前に立ちました。
「うちが焼けたのは、信仰が足りなかったからじゃない」
ミラは、買ったばかりの札を差し出しました。
「返してください。私のお金」
その後ろに、パン屋のおじさんたちも並びました。
私は、手の中の黒い石を見ました。
「先輩」
「なんだ」
「加護の種では、なかったんですね」
「……今わかったのか」
◇◇◇
そのあとは、処理班の増員を呼んで、石拾いでした。大聖堂の土から石を掘り出し、街の家々も調べて回りました。拾った石は、土の入っていない箱に入れます。
私はまた埋めないように、箱へ大きく「埋めるな」と書きました。先輩がその下に「リゼットへ」と書き足しました。
聖女様は駆けつけた衛兵に引き渡されました。取り調べと裁判のことは、王都へ戻ってから新聞で読みました。
聖女様は聖女様ではなくて、もとは呪具の職人だったそうです。街に来る前は、別の街で、注文を受けて呪いの品を彫っていました。胸の聖痕は、毎朝、鏡を見て描いていたそうです。
罪は、詐欺と、呪具の不正な製造。持っていたものは全部、返金に消えました。返しきれない分は、働いて返すことになりました。送られた先は、北の山の修道院です。仕事は洗濯と掃除。賃金はきちんと出るそうです。出た分は、そのまま返金に回ります。感謝では、払わせてもらえません。
もうひとつ。
売れ残った加護の紙は、まとめて古紙の商人に引き取られました。よく吸う紙なので、市場で魚を包むのに使われています。荷物の詰め物にも。
◇◇◇
街の様子は、ミラが手紙で知らせてくれました。
石を回収してから、濁っていた井戸が澄み、屋根が落ちることもなくなったそうです。パン屋のおじさんは、もう護符代がいらないからと、店のパンを少し大きくしました。
広場の金の板は外されて、跡地に市が立ちました。
ミラの家にも、新しい戸が付いたそうです。手紙の最後に、小さな家の絵が描いてありました。戸口には何も貼ってありません。
◇◇◇
ミラの手紙を読んだ日、処理班に次の依頼の箱が届きました。
先輩が蓋を開けると、白い紙が詰め物に使われていました。丸まった紙のしわの間から、聖女様が笑っています。
「もう、ここまで来たんですね」
「よく売れてるらしいぞ。包み紙としては」
先輩は箱を脇へ寄せ、書きかけの報告書を机の真ん中に戻しました。羽根ペンが動きだしたところで、私は声をかけました。
「先輩。今回の教訓を、まとめました」
「聞こう」
「聖女様にできることは、私にもできます」
「……まあ、そうだな」
「もうひとつ」
「なんだ」
「守ってくれる人が、その災いを作っていることもあるんですね」
先輩は羽根ペンを止めて、私を見ました。
「そうだ。だから、肩書きだけで」
「では、私たちも聖女になれます。起こして、片付けました」
「片付ける仕事だけしろ」
先輩は書きかけの書類に目を落としました。石の回収に来てくれた人たちの名前が、並んでいます。
「助けに来る奴まで、みんな疑うことはない。そいつが何をしてるか、自分で見ろ」
私は先輩の袖を見ました。前からある焦げ穴の横に、祭壇の釘で引っかけたほつれができています。
私を引っ張って、段から下ろしてくれた袖でした。
先輩は書類を書き終えて、箱の中から手紙を出して、私に渡しました。封がしてあります。宛名は、王立呪いのアイテム処理班。
「次の案件だ。やるか」
「はい。次は失敗しません!」
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