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9:ワンツー&スリー

 SIDE IN~寝過ぎた維新幸樹~


 その夜は何事もなく過ぎ去った。

 朝までぐっすりだったらしく、目が覚めたのは医者が訪問してきたからだった。

 少し遅めの予定を組んでいたから、そのこと自体に驚いた。

 「お疲れのようですな」

 微笑ましいといわんばかりの笑顔で診察を開始する医者に、苦笑いをかえすことしかできなかった。

 明人さんは既に起きていたらしく、ベッドにはいなかった。

 おそらく今は食堂にでもいるのだろう。

 それとも、もうどこかで暇を潰しているのだろうか。

 かくいう僕も、右手はほとんど治りかけで、左腕も発熱はしていなかった。

 「これなら、出歩いてもいいでしょう。言わなくても分かっているとは思いますが、激しい運動をすれば熱がぶりかえしますから、お気をつけなさるとよいでしょう」

 その言葉に反応したのはお腹だった。

 ぐぅ、と可愛くない音をだして、訴える。

 ははは、元気な証拠です、と医者が部屋を後にすると、僕は久しぶりにベッドから起き上がり食堂に向かった。


 SIDE CHANGE~素敵ぽーかーふぇいす冷泉陽菜~


 喉が渇き、食堂へ水を貰いに行くと、そこには維新がいた。

 右手で器用に食事をとっているが、不便でしかたがないのだろう、と私は思う。

 その右手だって、まだ包帯が取れていなかった。

 御付きの人はどうしたのだろうか。

 「維新さん」

 「ん、冷泉さん?」

 すぐに隣の席に座ると、不思議そうに彼はこちらをみていた。

 何かおかしかっただろうか。

 「冷泉さんも今から朝ごはん?」

 的外れな事を言わないでほしい。

 もうすぐお昼だというのに。

 「水を貰いに」

 「ああ、なるほど」

 「右手」

 「大丈夫大丈夫、ちょっと痛いけど、それほど苦にならないから」

 それは、駄目なのではないだろうか。

 スプーンを持つだけで痛むのは、使用を避けた方がいいかもしれない。

 そう思ったが即実行。

 彼のスプーンを横取りした。ついでに彼の食事も。

 「え、なに?やっぱり食べるの?」

 そんなわけない。

 誰が人の食事をとるほどお腹が減っているのだ。

 何も言わずにスプーンですくって彼に差し出した。

 「・・・・・」

 驚いて、固まってしまうとは思わなかった。

 ちょっとした悪戯心だったが、ここまでテキメンだとは。

 意外と初心なのかもしれない。

 「食べる」

 ついカタコトになってしまうのは否めない。

 内心では少しだけ恥ずかしかった。

 諸刃だったか。

 看護といえば、と思いついたが、これは無かった。

 「いや、うん」

 とりあえず、彼はなんともいえない表情で私のスプーンから食事を受け取った。

 もきゅもきゅ、とかってに頭のなかで擬音をつけてみるが、ちっとも可愛くない。

 可愛くても、逆に困ってしまうけれど。

 「・・・・・」

 無言で差し出し続ける。

 バランスは考えて、細かい気を使いながら食事をとっていく。

 ご飯、サラダ、スープ、副菜。

 その作業に、没頭していく。

 彼もまた何も言わずに食事を続けていった。

 右手が本当は痛かったのか。

 抗議の声をあげることもなかった。

 

 SIDE IN~勇気がなかっただけの維新幸樹~


 断るのは気が引けた。

 気を使ってくれた相手。それも年下。そして子供。

 甘んじて、受けるべきなのだろうと思い、口に食事を運んでもらう。

 黙々とその作業を続ける冷泉さんは機械さながらだった。

 おそらく飽きさせないように細かい注意ははらっているのだろうことは、わかる。

 だが、ご飯のあとにサラダを食べさせるのは、センスの違いというだけで済むのだろうか。

 スープでかき流せと。

 不器用、なのか?

 不器用で済んでいい問題なのか?

 かちゃり、と一際大きく食器が鳴って、最後の一口を食べ終わる。

 そうするとすぐさま食器を食堂のおばちゃんのところまで運んで行き、ついでにボトルにはいった水を受け取っていた。

 僕はそのすぐあとについていく。

 「訓練見学してていいかな?」

 「どうぞ」

 このまま部屋に戻っても、寝ている他にやることもない。

 城内はまだ全然わからないし。

 下手に動きまわってしまうのも、はばかられた。

 それならば、他の皆と一緒に居た方がまだ心が休まるというものだ。

 僕は彼女についていく。

 彼女は小さな身体にはちょっと大きな水筒を抱えて、もくもくと歩き続ける。

 持とうか、と声をかけようとおもったけれど、食事の世話さえしてもらった僕が言うのは違うだろう。

 手を気遣われる僕が、その相手を気遣うなんておかしな話だ。

 だから、何も僕は言葉にできなかった。

 彼女の後ろから、その姿を眺める。

 黒くて長い髪。小さくてやわらかそうな体躯。僕の肩にも満たない身長。

 とにかく、その小ささが目立った。

 けれど、そこに折れてしまいそうな細さはない。

 この世界にきてからずっと、僕らの中で平然として見せているのは彼女だろう。

 小山田さんは時々寂しそうにしているし、明人さんですら、物思いに耽っているところを何度か見たことがある。

 それを彼女にだけは見たことがない。

 いつもクールに、平然と、悠然と、泰然と、自然としている。

 ちらり、と視線が合った。

 それはすぐに戻されるが、どうしたの、と言われている気がした。

 ただの確認だったのかもしれない。

 本当についてきているのかということの。

 黙々と。

 それでも僕は何もしゃべらなかった。

 言葉が、何も出てこない。

 聞いてみたいことが、ある。

 けれど、そんな雰囲気でもない。

 これはおそらく、杞憂で済む問題。

 この時、僕はそう思っていた。


 SIDE CHANGE~喉が渇いている灰田直~


 そいつらは、冷泉が水を取りに行ったタイミングを見計らったように襲撃してきた。

 口には出していないが、良かった、とおもう。

 今のところ一番剣の扱いが上手いが、それでもあいつは子供だ。

 こんなのと対峙させることには、どうしても不安が付きまとう。

 こういうのは、俺達がやればいい。

 幸い、剣の扱いにも慣れてきたところだ。

 どうせなら、小山田さんだって居ないほうがいい。

 俺一人だけのほうが、不安がなくていい。

 グルガァァァァァァ!!!

 城内にある天井が無い野外訓練場に、そいつらは飛来した。

 ゆっくりと翼をはばたかせて降り立つ獅子の姿をした、獣。

 その背には人を模したトカゲが種種様々な得物を持って騎乗していた。

 グリフォンとリザードマン。

 言うなれば、こんなところか。

 それにしても、団体さんでお出ましとは、本格的じゃねぇか。

 昨晩は準備でもしてました、ってか?

 てことは、あの二回は偵察だったってことか。

 「おさがりください」

 剣術と拳法の師と呼ぶべき人たちが前に出る。

 「今衛兵が増援をよんでまいります」

 俺達では、まだ太刀打ちできないのだろう。

 まだ、三日も修練を積んでいない。

 足手まといなんだろう。

 それがわかっているのか、小山田さんはおとなしく土場と城内との間まで下がっている。

 俺はその隣に移動した。

 数が、多い。

 おそらく、彼ら二人だけで対処しきれはしないだろう。

 何匹か漏れてくる可能性は高い。

 素人でもわかる状況だった。

 でも、一匹か二匹くらいなら、二人掛りでやればいける。

 そう見立てている。

 一際大きく砂埃が立ち、一匹目が降り立った。

 その背中からリザードマンが飛び降りる。

 大きく。

 胸の内側で、心臓が鳴った。


 SIDE OUT  

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