7:セカンド・タイム
SIDE IN~熊の王子様に御姫様抱っこをされる夢をみた維新幸樹~
混濁した意識のまま目を覚ます。
体の熱、喉の渇きが曖昧な意識に割り込んでくる。
「・・・ぅ・・・ぁ・・・」
「起きたか」
こらえきれずに呻いた声で、明人さんがよってくる。
何か喋ろうかと思うけれど、乾いた喉がはりついて、上手く声にならない。
それに気がついた明人さんは、待ってろ、と一言だけ呟いて視界から消えてしまった。
痛みと熱でも醒めない意識に、どれほど眠っていたのだろうかと思う。
それにしても、熱い。
おかしくなっているのではないか。
視線を向けると、そこには白い包帯に覆われた自分の腕が見えるだけで怪我の具合は見えなかった。
蒸れてる、だけじゃないな。
明らかに、怪我自体から発熱している。
「飲めるか?」
隣には水の入ったコップを持って椅子に腰かけている明人さんが見えた。
コップは僕の方に差し出されていて、喉の渇きが一気に酷くなった。
起き上がろうと努力はするけれど、結果はついてこなかった。
生殺し・・・!
そんなつもりはないのだろうけれど、これは酷い。
「ほら」
手助けをしてくれたのは、しばらくしてからだった。
ぼんやり眺めて楽しんでいた(だろう)明人さんが背中に手をまわして起き上がらせてくれる。
幸い、怪我に響くことはなく、起き上がることはできた。
それにしても、怪我にさわらないようにするのが、上手いな、明人さん。
御姫様抱っこのときだって、痛むことがなかった。
慣れているのだろうか。
ありがとう、と心の中でお礼をしてから、右手でコップを受け取ろうと思ったけれど、右手首にも軽く包帯が巻かれていた。
これは、使っていいのだろうか。
コップの寸前で一度手を止め、大丈夫だろうと、再び手を伸ばす。
コップの底を掌で受け、不自然だけれど、一番安定させられそうな持ち方で口に運んだ。
手首はそれほど痛まず、これならなんとか使えそうだと先ほどの結論を強固にする。
「ありがとうございます」
ようやく、声が出せた。
気になっていた心臓と肺のナイフはもうなかった。
処置をした、という医者の言葉を思い出し、ほっとする。
それにしても、包帯には全く気がつかなかった。
誰かに触られても起きない事は、今まで無かったことで、少しだけ驚く。
「むれるか?」
包帯を気にしていたからか、そんな言葉をなげかけてくれた。
そんなつもりではなかったのだが。
「いえ、大丈夫ですよ。それにしても、もう夜なんですね」
ふと気になって窓の外を見てみると、既に暗く、深夜だと言われてもおかしくはなかった。
「ああ、腹が減っているのか?」
「いえ、果物ぐらいなら食べられそうですが」
ほら、と今度はカットされたリンゴが入っている小皿を差し出してきた。
ん?
なんだろう、変な感じがする。
準備万端だからか?
先ほどあつらえた様に、新鮮だった。
「俺が食べようと思ってたんだけどな、やる」
なるほど、そういうことか。
「しばらくは俺が面倒をみることになった」
寝る前に小山田さんが張り切ってたみたいだけど、何かあったのだろうか。
「そう残念そうにするな。手が空いているのが俺だけだったんだ」
「残念そうにはしてません。むしろ明人さんのほうがよかったですよ」
「そうか?俺なら小山田のほうが良い」
「気が気じゃないですよ。異性に世話をしてもらうなんて、休まりません」
「男の子だな」
「思春期ですから」
クツクツと楽しそうに明人さんが笑って、楽しくなさそうに僕は笑った。
しゃくり、とリンゴを口に含む。
それを見ていた明人さんが、にやり、と笑った。
え?
・・・・・!
「くぅ・・・!」
思わず口をすぼめてしまいそうなほどの酸味だった。
たとえるならレモンをリンゴで割ったような味。
一瞬腐っているのかと思ったけれど、それはなさそうだ。
いやがらせか?
「こっちのリーシュって果物らしい」
そういう、ことか。
なるほど、確かに。
リンゴなわけが、なかったな。
「先にいってくださいよ!」
「先に言ったら不公平だろう?」
「あんた鬼か!病人になんてことするんだよ」
「元気そうじゃなかったらやってない」
「そういう問題じゃない!」
「慣れれば、結構美味い」
それは確かに。
2口目をしゃくり。
顔をしかめてしまうほど、おいしかった。
「いろいろ今日のことを報告するから、のんびり聞いてくれ。寝たくなったら寝てもかまわない」
「しばらく体が熱くて眠れなさそうです」
「先ずは、お前について。あと二日は絶対安静で、ベットからも出るな。右手は一週間ほどで使い物になるらしいが、左腕はだめだ。三か月は使えないと思え」
リーシュを啄ばみながら、左肩に視線を落とす。当然と言えば、当然か。
「そういえば、この包帯は?」
「あまりお前の場合は意味がないのだがな。固定するという意味合いで俺がやった。自由に使えたらうっかりなんてこともありえそうだからな」
「なるほど。続けて」
「次に、他の4人についてだ。これは簡単に説明すると、レベル上げをすることになった。魔王を倒すため、というよりも自己防衛がまず先だがな。着ていきなりだがこんな状況だからな、当たり前といえる」
「明人さんは?」
「俺は例外だ。勇者じゃない、というのはこの場合例外にはならないんだが、お前がいるからな、それどころではない」
「誰か御城の人に頼めばよかったんじゃ」
「それほど、俺は誰かを信用したりはしない」
まっすぐに、僕を射抜く。
「気にするな」
「別に、気にしてませんよ」
「ならいい。それから、警備がついた。これは、ついてなかったのが不思議なぐらいだがな。近衛の強い連中らしいから、安心はできそうだ」
「それは、よかったです」
「もっとも、お前ならいなくてもどうにかしてしまいそうだがな」
「あんなの、奇跡ですよ」
「連中からいわせても、そうらしい。あの熊相当厄介な奴だったらしいからな」
「へぇ、こっちの世界でも熊はやっかいなんですね」
「いや、あの熊が特別なんだとさ。無駄に知能が高いっていう話だったな」
ブラフとか使うぐらいだしね。
下手したら言葉も理解してるよ。
「どうやって入ってきたんでしょうね」
「それは不明らしい」
「気付いたら、僕の部屋の中にいたんですけど」
「それは・・・おそろしいな。起きたらあんなのが室内に居たのか」
「いえ、それが、どうにもおかしなもので、起きてすぐは見つけられなかったんですよね」
「どういうことだ?」
「一度部屋を見渡して、何処にも異常がなかったように感じたからドアまで行ったんですよ。そこでドアノブにあのハルバートから反射した光が映って、ようやく気がついたんです」
「おかしな話だな」
「かもしれません」
「あんなでかぶつを見落とした・・・?」
「気が動転していたのかもしれません」
二人して黙り込むが、結論が出ない討論ほど果てないものもない。
明人さんが肩をすくめて、終わりの合図となった。
「そう立て続けに襲ってきたりはしないだろう。眠っておくといい」
「眠れそうにないですけどね」
傷の発熱が酷い。
激しい運動をした日の夜は筋肉が発熱して寝づらいが、その比じゃない。
「横になっているだけでも大分違うさ。水は絶やさないように入れてやる」
「ありがとうございます」
「気にするな」
僕はとりあえず、横になっていることにして、最後に水を飲み、ベットに倒れこんだ。
SIDE CHANGE~自分の優しさに鳥肌が立っている新沼明人~
しばらく苦しそうに喘いでいたが、今は熱っぽい息を規則的にあげていた。
どうやら眠ったようだ。
しかし、まあ。
油断していたことは確かだと、認めよう。
ただの換気のつもりだったのだがな。
息を殺して、のむ。
「けーきゃけけかかか」
それは聞きなれない鳴き声を上げて、そこに降り立った。
石のような肌。
背の低い人間のような大きさ。
背中に生えた、蝙蝠のような羽。
その手は猛禽類のように、するどい爪が伸びていた。
能ある鷹は爪を隠す。
なんて言葉が、ふいに浮かんで消えた。
能なしの木偶なら、いくらか楽なんだがな。
心にもない言葉で濁す。
落ち着け。
騒ぐな。
考えろ。
「今日は来ないなんて言ったのは誰だ・・・?」
俺か。
小説などは普段読まないが、これはあまりに有名な生き物だろう。
化け物といったほうがいいだろうか。
ガーゴイル。
こいつにはこれがぴったりだな。
息をするように鳴きながらガーゴイルは中の様子をうかがっていた。
いや、違うな。
すぐに、一点だけを見つめ始めた。
ベッドの上に横たわる幸樹はまだ気付かずに眠っている。
おい、お前なんか怨まれるようなことしたのか。
早いうちに謝っておいたほうが、身のためだぞ。
じり、とすり足で幸樹に近づいていく。
窓までは5mもない。
だが、こいつを連れてにげるどころか、背中を見せた時点でやられることはわかっていた。
選択肢が、ひとつしかない。
こっから繋がる道は、デッドオアアライブ。
休む間もなく、強くなる暇もなく攻めてくる魔王様には溜息一つと文句をやりたいが、良い作戦だとしか思い浮かばない。
どこまで戦力がばれているのやら。
外にいる近衛を呼びたいが、声を上げた瞬間襲いかかってくるだろうな。
近衛が扉を開けた瞬間には死んでいるかもな。
今は得策じゃない。
考える時間が、今は欲しい。
腰を低くして、ベッドの毛布を手に取る。
少しだけ幸樹が呻く声に、俺の気がほんの少しだけそれた。
それが、ここでは命取りになるというのに・・・っ!
ガーゴイルは見逃さずに飛びかかってくる。
野生ってのは、強いな、おい!
瞬時に握っていた毛布をガーゴイルに巻きつけるようにして応戦する。
けれど、反応が遅れた。
フェイントに引っかかってしまったが如く。
間に合わない。
まずいっ!
「ぐぅ・・・!」
咄嗟に、片足を犠牲にする覚悟で、喧嘩キックで突き離すことにする。
南無さん!
滑空してくるその顔面にむけて、思い切り前蹴りを放つ。
それは相手にとって予想外ともいえることだったらしい。
窮鼠猫をかむってか?
ガーゴイルは回避行動を諦めて、その狙いを足に変更してきた。
蹴りと爪は同時に体に届いた。
壁でも蹴りぬこうとしているような激しい衝撃。
肉が裂ける感覚。
本能的にイケナイ、と脳髄に電気が走る。
それを無視して、見事に蹴りぬいた。
その判断が、良かったようだ。
足はまだ残っているし、傷は深いが動く。
骨も見えていなければ、表面上だけの怪我。
ドアが乱暴に開かれる音がして、ようやくきたか、と安堵する。
けれど、気を抜くわけにはいかなかった。
「あんまり効いてない、ってことか」
窓の横に思い切り蹴り飛ばしたはずだったんだがな。
皮膚は見た目通りらしい。
逆に壁の方が重傷そうだ。
「公平じゃねぇな」
「大丈夫ですか!」
「幸樹は寝かせておけ。ちなみに俺は大丈夫じゃない。見た目ほど酷くもないがな」
駆け寄ってきた近衛が、俺の隣で剣を構えた。
さて、あの剣は多分皮膚を貫けないだろう。
どうするんだろうな。
「ガァァァ!」
効いてないけれど頭にはきてるわけか。
それはよかった。
何も効果がでてなくて、少しこっちとしてもすえかねてたところだ。
少しすっきりした。
鼻で笑って、挑発してみる。
カモーン。
この隣のがなんとかすんだろ。
分かりやすく身がまえたガーゴイルをみて近衛も俺の前へと進み出る。
邪魔するんじゃねぇ!
ガーゴイルはそんな意味を含んだ唸りとともに突っ込んできた。
「ふっ!はぁ!」
おいおい。
俺の苦労はなんだったんだ。
勝負は、瞬く間についてしまった。
飛び込んでくるガーゴイルの目を迎撃して、痛みに叫んだ口を貫いて、終わりだ。
ピンポイントで突いているあたり、技量は相当なもんだろう。
「すぐに医者を呼びにいってまいります」
近衛はすぐに駆け出した。
入れ替わりで他の兵士が入ってきて、護衛につく。
俺はやっと一息か、と煙草を取り出して火をつけた。
残り、すくねぇなぁ。
「お疲れ様でした」
「さすがに、起きていたか」
「それほど図太くはないとおもってます」
ベッドに腰をおろして、足を組もうかと思ってやめた。
痛い。
血がとめどなく流れていて、靴の中までぐしょぐしょだった。
「酷いですね」
「お前ほどじゃねぇよ」
そう、見た目だけだ。
歩くのにも問題はないだろう。
問題は、そんなところではない。
「まずいな・・・連日か・・・」
「時間が足りませんね」
「ああ、いつまでも凌ぎ切れるとは到底思えない」
煙草が不味くて、とても据えたものじゃないが、肺を満たさずにはいられなかった。
明らかに、敵のペースが早すぎる。
あの4人が育つ前に、つぶれてしまうかもしれない。
はっきりいって、ありゃ運以外じゃ倒せない。
二人の間に重い空気が流れる。
そのあと、あの医者が連れてこられるまで、俺たちの沈黙は守られたのだった。
SIDE OUT