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6:直視

 SIDE IN~真っ赤な顔の維新幸樹~


 結果として、僕が笑われるだけでその夜は終わった。

 直が平蔵さんの部屋に、僕と明人さんが女性陣の部屋に突入したが、何事もなく皆は寝ていた。

 何事かと飛び起きた小山田さんと冷泉さんに、抱っこされている姿をみられて唖然とされた時はかなり恥ずかしかった。

 けれど、すぐに察したのか、小山田さんが自分のベットを明け渡してくれた。

 今は直と平蔵さんも部屋を訪れていて、全員集合している。

 先ほどたむろしていた部屋のベットの配置に加えて、いろいろと手が施されていた。

 そして、何故か既に女の子然とした空気が漂っている。

 すごい・・・。

 「それで、何があったの?」

 「魔物に襲われた」

 簡潔に応える。

 それ以上の言葉はいらなかった。

 あとはもう、補足か蛇足になる。

 「なんで御姫様だっこ?」

 「腰が抜けて、両腕も使えなかったから、行動不能になった末の結果」

 先ほどから左肩は痛みを増し、右手の痛みの範囲を広げていた。

 これは、思ったよりひどいんじゃないだろうか。

 「ちょっと服脱いで」

 両腕が使えないときいた小山田さんが、具合を見ようと大胆な発言をする。

 「無理です」

 ちょっと頬を染めておくことも忘れないが、何も彼女には伝わらなかった。

 実際に、一人で服を脱ぐのは無理だった。

 左腕は神経が繋がっていない義手のように、動かない。

 右手は痛くて物を掴むこともできない。

 すぐ隣で座っていた小山田さんが、ちょっとだけ我慢してね、と言ってから僕の服に手をかける。

 いやん。

 なんて言いそうになる自分を戒めて、静かになすがままにされる。

 すると、ドアがノックされた。

 「おはようございます。御起床ください」

 暢気な声だった。

 そう、あれほど騒いだのに。

 誰も気づいてはいない。

 あれだけでかい魔物に、誰も。

 小山田さんは応対することもせずに、手を止めない。

 服を脱がされていく僕。

 ドアが開けられて、入ってきた女性が呆然としている。

 いろいろなことに、驚いたのだろう。

 ちょっと耳をすませば隣でも扉をノックする音が聞こえてきているので、おそらく他4部屋では彼女たちもまた驚くだろうな、と思う。

 何せ皆居なくなっているのだから。

 ここに入ってきた人は、皆ここに集まっていたのだから。

 そして何よりも、完全に脱げた僕の左肩をみて、驚いていた。

 思ったよりも酷いなんてものじゃない。

 よく、死ななかったというレベルまで怪我は達していた。

 叩き潰されなかったのが、不思議なくらい。

 今思えば当然だった。

 あの巨体にしてあの肉付き。

 殺すべくして放たれた必殺の一撃。

 威力がないわけないのだ。

 たとえ、柄だろうとしても、それは充分だったようだ。

 僕の体は、心臓まで届きそうなほど、へこんでいた。

 腫れているとか、折れているとか、そんなレベルじゃない。

 へこんでいる。

 くっきり、はっきり、柄の形が残っていた。

 それは、右手首のはれが、軽度にみえる程痛々しかった。

 右手は右手で酷いのだろうけれど。

 「あらら・・・」

 傷は認識すると、痛みを増すらしい。

 届いてない筈の心臓まで、痛み出した。

 「すぐに誰かつれてきて!!!」

 小山田さんが入ってきた女性に大声でお願いした。

 掠れた声で返事をした女性は踵を返して応じてくれた。

 口には出さないけれど、それに安堵した。

 これで、手当をうけられる。

 声には漏らさないけれど、悲鳴をあげてしまいそうなほど、痛かった。

 「おもったよりもひどいものだなー」

 苦笑交じりに言ってみる。

 もう、声を出すだけで痛かった。

 「ひどいなんてものじゃないわよ!?どうやったらそんなになるの・・・?」

 そっと手を伸ばした彼女は、手を止めた。

 正しい判断です。

 今触られたら叫びかねません。

 そして、まずい。

 会話なんてできたもんじゃないぞ・・・。

 苦し紛れにつぶやいてみるものじゃなかった。

 喋るたびに肺になにかがつきつけられるような痛みがはしるのに。

 「俺が見たのは、熊のような化け物が口からハルバートを生やして死んでいる姿だった」

 僕の代わりに明人さんが言葉をつなぐ。

 皆何があったのか気になるのか、注目を受けるけれど、言葉が紡げない。

 「皆さま!」

 そこに霧島さんが駆け込んできた。

 後ろには医者らしき人を連れている。

 ようやく、治療がうけられそうだ。

 でも、この傷に何ができるのだろうか。

 完全に内臓系と骨折だが。

 「椎名さん、維新君が魔物に襲われて重傷なの!」

 「そんな・・・!?」

 霧島さんが駆け寄ってきて、目を見張っている。

 患者がいる、とだけは聞いていたのだろうけれど、これほどとはおもっていなかったのか。

 それとも、霧島さんは詳しい事情をきかされていなかったのか。

 「すぐにかかりなさい!」

 しつれいするよ、と少し老成した男性がそっとお腹のあたりに手をおいた。

 何かが、そこを起点に広がって行く気がした。

 体内を、ではない。

 体全体が、波紋している。

 体の構成がゆるくなり、波打っている。

 けっしてこのまま崩れてしまいそうな感覚はなく、不安定だけれど安定していた。

 一定以上ゆるくはならないようだ。

 「これはおどろきましたな」

 いつのまにか男性は手を放していたが、感覚は戻らない。

 おいおい、少し酔ってきたんですけど。

 眼球も揺れているのか、視界が安定していないのだ。

 頭をぐらぐらとゆさぶられているが如く。

 気持ち悪くなるのは当然といえた。

 「どうなの?」

 「右手首は痛めただけでしょう。筋肉は多少断裂していますが、三日もすれば治りましょう。問題は左腕です。これは危ない状態だった。もう少し時間がたっていたら、折れた骨が心臓と肺を貫き、絶命していたかもしれませんな」

 あの痛みの増加は徐々にくいこんでいく痛みだったのか。

 どうりで、喋れなくなるわけだ。

 「処置は終わらせましたが、今のところこれ以上はワシにはどうにも。絶対安静は言わずもがな、ですな」

 「そう、ありがとう」

 「では、ワシはこれで」

 いつのまに処置してたんだ。

 さっそうと去っていく背中に質問したいのだけれど、それは叶わない。

 処置したわりに、痛みがひいていないし、心臓と肺にはナイフが当てられているきがして、喋る気どころか息をするのも嫌だ。

 「彼はこの城一番の医者なの。きっと寝ていればすぐによくなるわ」

 「維新君を動かすのは危なそうだね。ここで寝てもらうしかないかな。幸い二人部屋だし、なんならお姉さんが看病してあげようか?」

 笑っているのはわかるけれど、定まらない視点では、その笑顔はみることができなかった。

 本格的に、酔ってきた。

 目を瞬いていると、眠くなってきたと思われたらしく、小山田さんがベットに横たわらせてくれる。

 そうしていると、だんだんと眠気が増していった。

 思い返せば、あんまり寝ていないな。

 「寝てていいよ」

 僕は、彼女のその言葉に甘えさせてもらうことにした。

 

 SIDE CHANGE~ぴちぴちの小山田梨奈~


 悲鳴を上げなかった自分を、内心では褒める。

 服を脱いだ維新君の体には、歪な怪我があった。

 どれほどの力で殴りつければ、あんなふうになるのだろうか。

 想像もつかない。

 凄まじい。

 聞いた話では、熊っぽい生き物らしいのだけれど。

 ますます訳がわからない。

 口からハルバートを生やす状況って、どんなだ。

 聞こうにも、幸樹君は辛そうにしていて。

 私も鬼ではない。

 今夜は眠れそうにないけれど。

 医者のおじいちゃんが幸樹君のお腹に手を当ててからは、ますます彼は様子をおかしくした。具体的に言うと、視点が定まっていないみたい。

 おそらく、彼ははっきりと見ているつもりなんだろうけど、椎名さんを見る時も、医者を見送るときも、私を見る時も、視点がずれているのがわかった。

 外から見ていたら、なんら変化は起こっていないのに。

 けれど、確実に変化はある。

 処置をした、という医者の言葉に、詐欺にでもあった気分になったが、本当に何かが起きているから、何も言えない。

 これは、早々に寝かしつけた方がいいかもしれない。

 そうおもって維新君をみると、定まらない視点で疲れたのか目をしばたたかせていた。

 ベットに横にして、寝てて良いというと、すぐさま彼は寝息を立て始める。

 疲れていたんだろうね。

 彼の境遇をおもう。

 異世界に、呼ばれてしまった。

 それだけで、私達は皆きっと精神的にまいっていたはずだ。

 私だって、そうだ。

 ベットに入り込んでから、すぐに意識は落ちてしまっていたのだから。

 それが、夜中にこの騒ぎである。

 どうやら襲われたのは彼一人だけで、他は騒ぎに起きただけ。

 逃げ回っていただけならまだしも、彼は死闘すら繰り広げたわけなのだから、疲れてない筈がない。

 その上、こんな怪我を、おってしまっている。

 「看病だが、俺が引き受けよう」

 私が、考え事をしている間に、先を越されてしまった。

 新沼さんが前に進み出る。


 SIDE CHANGE~本当は重いのを我慢していた新沼明人~


 他の奴は黙り込んでしまっていた。

 幸樹の怪我を見て、考え事をしていた小山田だけが、他の奴よりかは平気そうだが。

 こいつの怪我の弊害が、出てしまっていた。

 煙草をとりだして、一息つく。

 ようやく、ここが平和な世界じゃないってことが、皆わかったらしい。

 初日で、下手をしたら死人がでていたかもしれないという恐怖。

 これが、自分だったならという想像。

 俺と直はこいつが戦った物を見ている。

 おそらく、こいつじゃなければ死んでいただろう。

 どれだけの運と奇跡を使ったんだろうか、と思わされた。

 心の中では一生分を使いきっているだろうと半ば憐れんでさえいた。

 隣人が宝くじを当てているのを見ている気分だ。

 「何かと男同士のほうが都合がいい。それにな、お前達は他にやることがある」

 注目が集まる中で、霧島を見る。

 こいつなら、なんとかできるはずだ。

 もともと、そういう計画はできているはずなのだから。

 「霧島、この4人をできるだけ早急に、戦えるようにしてやってくれ」

 悠長なことは、やっていられないみたいだ。

 こうも簡単に魔物を侵入を許してしまっているこの城は、もはや安全とは言えない。

 ゆっくり修練すらつめない。

 付け焼刃にしかならないだろうが。

 ないよりは、ましになるかもしれない。

 それに、数日だろうと、モノにできる可能性はあるかもしれない。

 特に、冷泉は。

 「お前らが他事をしている余裕はないだろう。だから、看病は俺がすればいい」

 煙草を深く吸って、肺を満たす。

 それをゆっくりとはきだした。

 俺にとってはある種、儀式に近い行為だ。

 「分かりました。とりあえず、寝ている間は近衛兵に見張らせます。食堂に移動して、そこで続きを話しましょう」

 「賛成だ」

 「そうね」

 いつのまにか陽は昇りきっていて。

 空腹感を、覚えた。

 他の奴も、それどころではないかもしれないが、満たせばそれだけ余裕もでてくるかもしれない。

 良い案だ。

 分かってやっているのなら、たいしたものだ。

 「ほら、いくぞ」

 先頭をきってあるいていく。

 これ以上ここにとどまるのは、いささか良くない。

 そう思った俺は、早々に食堂に向かうのだった。


 SIDE OUT

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