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42:そして、鬼ごっこは続いていく

 SIDE IN~佐藤藍~


 街の門をくぐる前に、心を落ち着けようと馬車を停めた。

 これから、きっと何度も行うことになるでしょう、ある種の行事めいたものが待っているからです。

 それを思うと、たとえ誰であろうと不安に思わない人はいないでしょうね。

 これでも[鋼鉄のハート]だなんて、からかわれたこともあるのですが、こればっかりはどうしようもないとも思う。

 大きく長く息を吸って、短く一度に吐き出した。

 「準備はいいですね」

 「ああ、作戦は伝えてある通りだ。とにかく、山脈のふもとにある森まで突っ切るんだ」

 私の内心を察してか、真っ先に隣に待機していた明人が返事をしてくれた。

 確認と、落ち着ける意味を込めて作戦まで繰り返してくれるとは、涙がでそうだ。

 もちろん、嘘なのですが。

 この男、今まで散々私にプレッシャーをかけ続けてきたのを、今更になって弁明しようとしても無駄というもの。

 私の操馬が鍵だとか、一歩間違えば皆が命を落とす事になるだとか、さすがに荒事に慣れている私でもこれほどの重圧はかけられたことがない。

 「後ろは任せなさい。頼みましたよ、藍」

 「まったく気にしていませんよ、椎名」

 後ろで荷台から砲台として魔物を追い払う役目を担っているにもかかわらず、楽しげですっきりとした表情を見せることに、少なからず安堵をおぼえる。

 御城に居たときとは、雲泥の差だと思う。

 まだ数日しか立っていないのに、どれほどの悩み事が解決したのでしょうか。

 これもそれも、全ては荷台で横たわっている幸樹のおかげなのでしょう。

 まあ、元をたどれば全てが彼に繋がっていくのですけど。

 それでも、少しばかり感謝が秤を傾ける。

 「今回は役に立てそうにないな~。本当は一人で全部やるつもりだったのに、っておもうと自分の浅はかさを思い知るよ」

 荷物と化しながらぼやくが、悲壮感やふてくされた感じは見られなかった。

 どこか楽しげでいて、まるで中身と外見が合っていない。

 口にしただけ、というのがまるわかりだ。

 まあ、隠すつもりがないのだから、当たり前なのですが。

 陽菜がその隣に座りながらフォローのつもりなのか、いいこいいこ、と頭を撫でながら自分が気持ちよさそうに、といっても表情にはでていないのですが、している。

 身体が動かない幸樹に、今日合流してからたびたびこのような光景が見られた。

 まるで、母親が子にするかのような。

 母性の顕現でしょうか。

 愛を知って、女の子は大人になるのですね・・・・・。

 まあ、やられる側は恥ずかしいのか、多少の抵抗をするものの、強く言えずに羞恥に悶えるようなのですが。

 ああ、少しだけ母性をくすぐられるのが分かる気がします。

 それが余計に陽菜のストッパーを外していく事になるのでしょうね。

 「大丈夫そうですね」

 「そうだな。大丈夫じゃないのはおそらくお前だけだ」

 「そのようですね」

 一睨みした後に、視線を前に戻して手綱を強く握った。

 城とは真逆へと、さらに先へ進む形の方向にある門の先を見据えて、呼吸を整える。

 ”行きたい場所がある”

 何も考えずに逃げるだけなのかと思ったけれど、一応の目的地はあったみたいだ。

 この世界に伝わる、英雄の故郷と謳われる場所。

 世界を救った剣を祀るアーミッシュと呼ばれる村。

 ここより南西に向かい、山を越え、幾つも国を越えた先にある、大陸の端に近い場所。

 何処かの誰かが入れ知恵したのでしょうが。

 となりで肩をすくめているやつとかが。

 そういえばそういう文献をやたらと覗いていたと思ったら、そんな事をたくらんでいたとは。

 「幸樹、少しばかり揺れますが」

 「気にしないで、僕は大丈夫だから」

 「ええ、そのように」

 いつのまにやら、門のあたりには人が集っていた。

 門番にはあらかじめ話を通してあるので、物々しい雰囲気に野次馬がきたのでしょう。

 まるで、祭りのパレードを思い出します。

 いや、予想通りなのだとしたら戦場へ出るときの送迎でしょうか。

 門の先を静かに見据える。

 だとしたら、これはもう負け戦のようなものでしょうね。

 姿は見えない。

 気配もしない。

 でも、きっと確かに潜んでいるようにおもう。

 いないとは、到底思えなかった。

 街の中は一日だけ安全だと言うが。

 その一日過ぎた時に襲ってくる魔物は、何処に居るのか。

 当たり前の事だろう。

 待ち伏せしちゃいけないなんて、ルールすらないのに。

 いないわけが、ない。

 相手に限りは無く。

 私達はたったの5人。

 でも、負けられない戦いだというのだから、困ったものです。

 幸いにもせん滅が目的ではないのですが、それでも逃げられるかは不安だ。

 「行きます・・・・・はっ!!!」

 覚悟を決めて、私は馬に鞭打った。

 それに合わせて、二頭共に勢いよく走りだした。

 荒々しく猛々しい嘶きを合図に。

 次の街までの鬼ごっこが、始まった。


 SIDE OUT


 「行ったか」

 馬車は去り、門付近の野次馬達は散り散りになった。

 特に面白い事があるわけではないし、何が彼らにわかったわけでもないが特に気にすることなく彼らは去っていく。

 えてして野次馬とはそういうものなのであるが。

 門番達も、通常通りに業務に戻っていった。

 そして、全ては元通りに街は活気づいていく。

 その中で、その少女だけがとりのこされるかのようにずっと馬車の去った門の向こうを見つめていた。

 眼差しは真剣なもので、何か特別な思い入れがあるように思える。

 不意に、門の向こうで影が蠢いたのを、彼女は見てしまった。

 その次の瞬間には、不気味な鳥に似た声を聞き。

 あろうことか、無邪気に口元を綻ばせた。

 「鬼は放たれた」

 その少女は震えるでもなく、何も見てないかのように踵を返し、興味を失くしたのか、街中へと歩み出した。

 「お前を捕まえるのは俺か。お前が捕まえるのが俺か」

 人ごみにまぎれながらそっと左胸に手を当てて、彼女は呟く。

 それはさながら、語りかけているようにも見えた。

 「まあ、どちらにしろ勝つのは俺なんだけどね」

 凛としていながら淀んだ印象を受ける特徴のある声で、妖艶にさえ聞こえる。

 くすり、と一度だけ笑って、ひた、ひた、ひた、と彼女は馬車が来た方へと進んでいく。

 暖かいなぁ、と幸せそうに。

 左胸にあてた手をぎゅっとだきしめながら。

 彼女は完全に人ごみに紛れた。

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