40:追いついて
SIDE IN~冷泉陽菜~
まだ、覚え新しい顔が、そこには居た。
しかし、その印象は強烈で。
鮮明に記憶に残っている。
あの臭いも。
あの痛みも。
あの気持ちも。
はっきりと思い出せる。
きっと、これは色褪せることは無いだろう。
今はその必要もないと、私は思う。
「またお前か」
それはこちらのセリフだ。
「また貴方」
溜まらず答えて、姿勢をさらに低くして、身構える。
「次は逃がさない」
「いきがるなよ小娘が!」
「それはどっち?」
「そこまでだ、陽菜」
二人の気が高ぶったところに、冷水の如く声がかかる。
「邪魔をしないで、明人」
「そうもいかない」
「後からぞろぞろと」
「といっても、たった三人だがな」
「維新様、椎名様!」
追いついてきた藍が、私の後ろに駆け寄った。
「藍?!」
「死んではいないようで、安心しましたよ」
「ぎりぎりだったけどね」
「重畳。タイミングは悪くなかったようで」
「そのようだ」
僅か。
私達を囲う魔物が息を荒げ始める。
場の空気が剣呑とし始め。
戦いの火蓋は、今にも斬り落とされてしまいそうだった。
「陽菜、私の剣はどこですか?」
「ん」
「何故・・・あのようなところに?」
「飛んでった」
「他動詞?!さも自分の意思で飛んで行ったようにいわないでください!」
「?」
「ああ、もう。いいですよ」
高かったんですから、と彼女は剣を拾いに行く。
邪魔は入らなかった。
誰もが、動けずにいる。
「さて、希望は見えてきたんだ。頑張ろう」
そういって、私の隣に彼は立ち並んだ。
体が動きそうになるのを、私は抑え込む。
座っていて、といっても聞きそうにない人だ。
それならば。
手の届く範囲に、居てくれた方が良いかもしれない。
そのほうが、私も心強い。
「すこしばかりふえたところで、圧倒的な差は変わらんよ」
「その割に、余裕がなくなってきたじゃない、クロウ?」
「そんなことはない、とも言い切れないな」
「素直だね」
「戦場では、それが時に必要な時もある」
より重厚に、濃密に、空気はまとわりついてきた。
重苦しい。
息をするのも、大変なほど。
陸で溺れてしまいそうになる。
それが、急に。
なくなった。
「こんな場所ではないな」
「?」
鰐が構えを解いて、空に吠えた。
油断していた、というのは勝手なものだが、それでも緊張の解かれた場に、響いた声に私は反射的に飛び出す。
「陽菜!」
「あああああああぁぁぁぁぁあ!」
「そう、急くな」
手抜きなど、欠片もなかったはず。
それを、軽く彼はいなして、空から飛来した相棒に飛び乗った。
「まだだ、まだこんな場所じゃない。俺の望む決着はこんな形ではない。その命、他で散らしてくれるなよ」
こちらには一瞥もくれずに、鰐は私の隣を見た。
「他も何も、僕の命は寿命以外では散らないさ」
「ぬかすものだ」
「お互いに、ね」
言葉もかわさずに、彼の意を汲んだ獣は飛び立ち。
周りを囲んでいた魔物達もいつの間にか姿を消していた。
「助かったぁ」
すぐさま私は彼の傍に立ち、その身体を支えた。
すると、すぐに彼は身体を預けてくる。
それが嬉しくて、安堵の息をもらした。
「ごめんね。それから、ありがとう」
「うん」
分かっているから。
それが伝わっているかはわからない。
でも、ただ。
私は、頷いた。
それだけで彼もまた。
満足してくれた。
SIDE CHANGE~新沼明人~
合流して、さっそくか。
微笑ましいやらあきれるやら。
いや。
素直に、羨ましく感じている事を認めるべきか。
生粋に、純粋だ。
それが自分には無いもので。
当然。
溜息ものだ。
「なんだかいつも死にかけているな、お前は」
「うまくいかないものだね」
「一般人にしちゃ上出来だ」
「たしかに」
「で、これからの事は考えているのか。この調子じゃ街には入れないだろう。何処に向かってたんだ?」
「街だよ」
あっけらかん、として少しだけ言葉を失った。
街でも滅ぼすつもりか、と冗談混じりにいってやりたくなった。
そこまで馬鹿でも、ないだろう。
「あんなもんひっさげて、街に向かっていたのか」
「街の中はセーフゾーンだからね。一日だけなんだけど」
セーフゾーン、ときたか。
安全区域。
はたして、それがどういう意味を持つのか。
まだ、尻尾だけしかみえないが。
「また、やっかいなことになっていそうだな」
それが何の尻尾かぐらいは、わかる。
「だから、一人で、っておもってたのに。どういうつもり?明人さんならほかっておいてくれるとおもったんだけど」
「なに。こちらにもやっかいな奴が一人いてな」
隣で、お前を支えをやってるちっちゃな頑固者がな。
視線だけでこちらにガンをたれてくる。
余計な事は言わないで、ってか?
こっぱずかしいこと、宣言していたしな。
そう言いたくなるのもわからないでもないが、そんな野暮なことはしないさ。
そういうつもりで、軽く笑ってやったら、さらに眼力が強くなった。
爽やかさが足りなかったらしい。
「霧島さんまでついてきちゃうし。もう、台無しって感じだよ」
「そのおかげで、生きていられてるんだろ。良かったじゃないか、台無しになって」
「ほんとに、ね」
目を閉じて、一度だけ、よろめいた。
「あー、疲れた。皆いるし、もういいかな」
「おやすみ」
「ありがとう」
そのまま力を抜いた幸樹を、支えていた陽菜は当然。
一緒に倒れた。
形的には、押し倒されたようにも見える。
さすがに、支えきれなかったか。
刀は振りまわせても、さすがに男一人は重いようだ。
けれど陽菜は特に気にした様子もなく。
ゆっくりとそのまま幸樹の頭を抱きしめた。
お疲れ様。
その様は優しく。
まるで母親のようで。
ああ、こんななりでも女は女か、と。
似合っているような似合っていないような、彼女のその様がおかしくて、笑った。
SIDE OUT