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39:追いつかれて

 SIDE IN~維新幸樹~


 互いに構え、睨みあう。

 右手一本だけになってしまったからか、クロウの剣は一回り小さくなっていた。

 大剣から、長太刀へ。

 スリムになった、というのに。

 その威圧感と言ったらない。

 そして、今の彼にはあの時の荒々しさが少し抜けていた。

 随分、様変わりしたものだ。

 やりにくいったら、ない。

 再度相見えるとは思っていた。

 だが、これは想定できなかった。

 もはや、別の生き物じゃないか。

 対策が、全部水の泡だ。

 まあ、大したものは無かったけど。

 ないよりは、ましになるはずだったんだけどなぁ。

 「意外か?」

 うるさいよ、と心の中で呟くと同時に、駆けだした。

 まずは、様子見。

 体勢を低くして、小石を一つ手に取ると同時にアンダースローで全力投球。

 それが100km近くで相手の左目に目掛けて飛んでいく。

 にやり、と彼は笑った。

 瞬間。

 小石は砂となり。

 足を止めた。

 そこで、ようやく我に返り、後ろへと飛ぶ。

 「ちっ、惜しい事をした」

 薄皮一枚、といったところか。

 もう少し遅かったら、完全に死んでいた。

 今の死に方は、やばかった。

 あんなに間抜けな死に方は、絶対にやだなぁ。

 自分でしかけといて、その結果に自分で驚いて動きをやめるなんて・・・。

 馬鹿か、僕は!

 けれど、しかたがないとぼくはおもう。

 だって、どこの削岩機だ、あれは!

 弾く、避ける、受ける。

 数ある想定した選択肢とはどれも違う。

 砕く。

 それも、わざと、だ。

 「余裕が、あるじゃないか」

 「強くなった俺を、見せたくなっただけの事」

 お前は子供か!

 無邪気に笑うその様は、まるで。

 出来た出来たと自慢する子供のようで。

 少しおかしかった。

 「お前こそ、戦いの最中に笑うなど、よほど余裕があるのだろうな」

 「そりゃ、そうだろう。余裕のないやつから死んでいくのが、世界ってものさ」

 「それは一理ある。だが、必死になれぬやつが生き残れるほど、甘やかすつもりは無い!」

 「甘やかしてもらうつもりなんかないさ!」

 互いに距離を縮めて、間合いに入ったとき。

 僕の死線がはじまった。

 縦横無尽。

 その速さたるは、風。

 本当に目に見えない風を避けているような、錯覚。

 風圧すら、剣圧すらないないんて、いったい。

 どんなマジックを、つかっているのやら。

 「がぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 耳元で、がなる。

 速さはどんどん上がっていく。

 早く、手を打たないと。

 両手があったら白羽取りをするのもやぶさかじゃないのだけれど。

 っと、それだ。

 僕は待つ。

 横から、首が薙がれた。

 それを皮一枚斬らせて避ける。

 これは違う。

 返す刃で、心臓を突かれた。

 懐に潜り込む要領で、身体の向きを変えて、避ける。

 ここで、手は出せない。

 一撃で鎮められなければ、こちらがやられてしまう。

 今は。

 その武器を奪う事に専念するべきだ。

 間合いが、狭まった場合。

 次は何が来るか。

 引き刃で、頭が切り裂かれる。

 それは想像済み。

 なら、ここで。

 左手でその引かれた刃を押し上げた。

 自然、上段に構えられたそれは。

 最短距離で僕の体を袈裟切りにする。

 此処だ。

 くるり、と。

 身体を反転させて、身を重ねた。

 体の小さい僕が、その大きな懐に、隠れるように、身を隠し。

 下りてきた太刀の柄を、タイミング良く、思い切り蹴り飛ばす。

 そして、もう半回転。

 絶好の、チャンス。

 これ以上ないくらい。

 上手くいった。

 陽菜ちゃんとの特訓が、今ここに来て。

 ようやく実を結ぶ。

 たしかに、クロウの剣は速く異質だ。

 でも。

 陽菜ちゃんの剣は、一拍に二度振られる。

 それに比べたら、こんなもの。

 止まって見える!

 そして、これが。

 切り札の切り方だ!

 「きけぇぇぇえぇえぇぇ!」

 振りかえりざま、左拳を思い切り、リバーに叩き込む。

 拳がその腹を貫いて、振り抜かれることをイメージしながら。

 えぐりこむ。

 そのインパクト音はすさまじく。

 まさに轟音。

 ズドン、と。

 重く肉の叩かれた、音がした。

 「うえ」

 気の抜けた声がした。

 一瞬。

 誰の物かわからなかった声が、自分の物だと気が付いたのは地面に倒れ伏していることに気が付いた時と同じ。

 せっかくなおったのに、なんて思いながら、わらってしまった。

 今度は、一矢も報えなかったかも。

 ああ、くそ。

 まだ、負けたくないのに。

 もうおわりかぁ。


 SIDE CHANGE~霧島椎名~


 あり得ない光景を目にした時の驚きは、一ヶ月ぶりだった。

 あの時は陽菜様だった。

 まるでその様は勇者のそれで。

 ただの少女に、畏怖すら覚えた。

 今は彼に。

 一か月前とは全然違う動きに、ありえない、と口にした。

 あれが、怪我人の動きか。

 あれが、一か月前は戦いにすらなってなかった人の動きか。

 あれが、ただの一般人に出来る、動きなのか。

 体が動くようになってから、陽菜様とたびたび訓練場に足を運んでいた事は知っていた。

 けれど。

 こんなにも。

 人は早く上達するものなのだろうか。

 これなら、少しは安心して見ていられる。

 でも、やっぱり。

 脳裏に浮かぶ、あの光景。

 焼き付いて離れない、絶望感。

 今もふとした時に思い出すあれが。

 何故、今。

 思い出されているのだろうか。

 大丈夫。

 やれている。

 彼は、やれているじゃないか。

 なのに、なぜ。

 どうして。

 こんなにも、不安なのだろう。

 彼が鰐の太刀を蹴り飛ばし、反転した。

 心の中で矛盾する。

 私は安堵した。

 私は警笛をならした。

 やった。よかった。

 だめだ。いけない。

 二つの心が、混在する。

 そして。

 不安が、中ってしまった。

 「幸樹様!」

 無抵抗に彼の体が宙を舞い。

 そのまま、彼はどさり、と。

 無機物のように地に落ちた。

 急いで、彼のもとに駆け出した。

 ありえない、ありえない、ありえない。

 息はある。

 だが、その呼吸は異常で、どこか中がおかしくなったとしかおもえない。

 それはそうだ。

 あれだけの質量、重量。

 破壊力が無いはずがない。

 ましてや、ノーガードのところをやられたのだ。

 納得がいく。

 だが、納得できない。

 そこで、ようやくきがつく、違和感の正体。

 警笛をならした、理由。

 剣の、飛び方だ。

 強固に握られていた剣が、あんなにも軽々しく、吹き飛ぶものなのだろうか。

 否。

 そう、飛ぶ筈がない。

 なら。

 彼が蹴った剣は、すでに、誰の手にも持たれていなかった。

 彼が蹴るより速く、鰐の手は、すでに手を離して。

 次に、移っていた。

 わかっていたのだろう。

 目の前に刃物をちらつかせて、それを警戒しない人が居ないように。

 その手に持った太刀を警戒させて。

 それを弾かせておいて、なんて。

 前回よりも上手くいったと、思わせた。

 懐にはいって、攻撃をする。

 そうしなければ幸樹様に勝機は無い。

 だから、そのやり取りだけを見れば、全て、これ以上ないくらいに前回よりも上手くいっていた。

 だけど、そんなことはあの鰐にはわかっていたんだ。

 彼が考えていたのは、どう近づけさせないかじゃない。

 どうやって、近づけさせるかだ。

 自分の両手の届く範囲に、どうやって止まらせるかだ。

 やられた・・・!

 私は彼の手を取り、鰐を睨みつけた。

 「ふふ、はははははは!」

 鰐は、荘厳に。

 愉悦の笑い声をあげた。

 弾き飛ばされた獲物を、魔物が拾い届ける。

 それを受け取って、鰐はこちらを一瞥した。

 いや、正確には。

 私など、そいつには見えていないだろう。

 「やはり、お前は面白い」

 鰐が呟いた。

 それはどこか。

 満ち足りているように、聞こえた。

 素直に言おう。

 これは、絶望的だ。

 良い事なんか一つもない。

 次から次へと、よくこれだけ死神に好かれているものだ。

 これが彼の運命だというのなら、少し笑ってしまう。

 それから。

 それは違うか、とまた彼を見て笑った。

 与えられたものでなく、彼が取捨選択して選び取ったもの。

 なら。

 此処に私が居ることも、私が選び取ったもの。

 絶望なんて、できるはずがない。

 「まだ、諦めんか」

 「私一人なら、とっくの昔に諦めてました。でも、違うでしょう?」

 睨みつけた彼に荒々しい気配などなく。

 辺りは静かだった。

 魔物達も息を潜め。

 ただ風だけが音を立てている。

 前門の虎、後門の狼。

 どちらも相手取らなければいけない。

 どちらも、にがしてくれるわけがない。

 この鰐をたおしたところで、力尽きてしまえば意味がない。

 この群れをかわしたところで、この鰐をどうにかしなければならない。

 まったく、なんてところですか。

 どんなに強がったって、いまのままじゃ。

 「私達は、まだまだ死ねないんですよ。生き残らなきゃいけないんですよ。こんなところで、犬死するわけにはいかないんですよ」

 「そのとおり、だよ」

 傍らに横たわっていた彼が、起き上がろうと地面に手をついて、震えながら体を起こした。

 そんな、まさか。

 私の中を驚愕が埋め尽くす。

 「何を、そんな驚いた顔をしているのさ」

 息も絶え絶えに、彼は鰐を見て笑った。

 みなくても、わかる。

 きっと私と鰐は同じ顔をしているだろう。

 容姿という意味ではなくて。

 表情という意味で。

 私はそれほど酷い面をしてはいない。

 女としてそれだけ言っておく。

 「痛くて、痛くて、痛くて、気も失えやしない。まったく、ひどい有様だよ」

 「お前は危険だ。普通じゃない」

 「当たり前じゃない。普通だったら、生き残れないでしょう。異常じゃなきゃ、生きていけないでしょうが」

 「それが、普通じゃない。勇者じゃないならお前はただの人間に同じ。それがどうして抵抗しようと思える。それがどうしてここまでできる。そこらの兵士にも劣るお前が、どうして、そこまで生きながらえようと渇望できる」

 「弱くっても、勇者でも、変わらないから。守りたいものが出来ちゃったのさ。男の子だから。ほら、理由なんてそれだけで、十分じゃない」

 「くだらん。実にくだらん。だが、それがまた、良い!」

 鰐は笑う。

 とても、楽しげでいて。

 すごく、嗜虐的に。

 「背負わずにはいられないでしょ。まだ小さな女の子が勇者として懸命な姿見てたら、引けなくなるでしょ。でも、まぁ」

 彼は膝立ちで、苦しそうな表情を、ふっと緩めて、穏やかに笑った。

 「まだまだ、僕の方が弱かったりするんだけどね」

 「ふんっ!」

 小気味良い金属音に、振り返ると、丁度地面に一本の剣が弾かれて落ちるところだった。

 私にとっては見覚えのある、親しき友人の剣だ。

 それがなぜ、ここにあるのだろうか。

 疑問が頭を過った瞬間に、黒い影が、鰐に襲いかかった。

 「ぁぁあああぁあぁぁぁああぁぁあ!」

 ぶつかったと思うと、その影は鰐を足場にこちらへ跳躍した。

 丁度目の前に、彼女は降り立つ。

 優雅に。

 しなやかに。

 軽く。

 しっかりと。

 その場で構えた。

 私達を背負い。

 鰐と対峙する。

 「久しぶり、ってほど時間も経ってないかな」

 「探した」

 「そっか」

 「うん」

 その言葉の中に、どれだけのやりとりがあるのかは、私にはわからなかった。

 それだけで、彼は膝立ちから尻もちをついて腰を完全に降ろした。

 それだけで、彼女の背中が、しゃんとした気がした。

 でも、もう。

 それだけなのに。

 それだけで。

 私も、心の底から安心できた。

 さっきまでの絶望漂う空気が一新、彼女は希望を差し込ませた。

 流石。

 流石は私達の小さな勇者様だ。


 SIDE OUT

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