38:追いかけられて
SIDE IN~霧島 椎名~
心臓が、破裂するんじゃないかと思う。
走って、走って、走り続けているから。
馬ならまだしも、人間が走れる限界とか越えているんじゃないかな。
本当に。
聞こえてくる心音は、それだけで張り詰めている感じを受けるし。
息なんかほら、する暇もない。
いや、そろそろ、冗談じゃなく、爆発でもしてしまいかねない。
彼の心臓が。
「ほら、ファイトです!」
私は何故かその背中にのって、応援中。
彼はにこりともせずにただ、ただ走り続けます。
いや、なにもしてないわけでは決してないのです。
認知[サーチ]。標準[ロック]。発動[ファイア]。
私達の半径2m以内に入った魔物を、私は散らします。
言わば、私は砲台。
だから、集中と体力を欠くわけにはいかない、とこういうわけなのですが。
後ろを振り向いて、冷静に、うわー、と一言。
魔物の群れ、というのは何度も見た事はありますが、これはまた。
なんていいますか。
壮大で、猛然と、熾烈に、壮絶です。
それも、種種様々な魔物が追いすがってくる姿はなんともいえません。
ほら、そこ。
食物連鎖の上下関係じゃないのか!
仲良く隣同士ではしるんじゃありません!
なんて、私は悠長に。
半ばあきらめていた。
これは、無理だ。
馬鹿でもわかる。
でも、きっと。
それでも。
やらなきゃいけないのでしょう、ね。
発動[ファイア]。
ああ、もう足を止めて抗いたい気分だ。
きっと、そっちのほうが幾分かすっきりするだろう。
半分ぐらいなら持っていく自信はある。
あの化け物に比べたら、こんなもの微々たるものだ。
完全に回復してたら全部いける自信もあるのだけれど。
さすがに、時間が足りなかった。
「ん?」
後ろを走っていた軍勢の勢いが殺がれた。
緩やかに、その速度を落とし始める。
なんだ?
これで、ラッキー、なんて御調子をくれるほど、馬鹿ではないつもりだ。
むしろ。
事態は悪化していると、肌で感じる。
そして、私は魔物達との差が、ひらいていないことにきがついた。
「幸樹様?」
呼びかけても返ってくるのは荒い息だけ。
「大丈夫ですか、幸樹様?!」
完全に止まってしまった彼の背から私は下りて、後ろを警戒したまま再度こえをかけた。
魔物達は皆一様に立ち止り、様子見をしていた。
なにかが、起きている。
「あー、もう!」
驚いたのは、私だけだった。
突然あげられた、怒声にも、諦めにも、苦笑いにも似た。
その大声に。
「なんで、ここにいるのかな」
「至極当然、これがさだめなのかもしれん」
あるはずのない声に、私は思わず振り返った。
鮮明に、記憶がよみがえる。
「ただのストーキングをさだめといっていいのやら」
「分かっているではないか」
「貴方は・・・!!!」
見覚えのある、巨体を持った鰐。
その左腕と右目はなくなっているけれど、重圧感は以前にも増して、ひどい。
その姿は私達にとっては死神に近い存在になっていて。
最速最短で反射的に私は身体の中に魔力を練り上げた。
その視界を、彼の手が遮った。
手を出すな、とはどういうことなのか。
「こんな死に体に、何の用です?」
「必要のない問答だが、それもいい。俺がこの死に体で出向いたということは、わかっているだろう」
「その割にはお元気そうで」
「元気なものか。この通り、さびしくなってしまった」
「さっぱりして、それもいいのでは?」
「その見返りがなければ、これを良いとは胸を張れんのでな」
まるで長年の旧友のように。
彼らは対話する。
私はその中で、心の中に雫を一つ、落とした。
もちろん、これはただのイメージだ。
精神に波紋をつくって、その静まる景色に心を写す。
私なりの精神集中術だった。
「おっと、動くな。下らぬ茶々は遠慮してもらおうか」
じゃぼん。
小石が投げられた水面は、揺れた。
どうして、わかった。
「大丈夫、ではないけど。まだ手はださないで」
「あいかわらず、良いな、お前は」
「勇者、ですから」
「ふっ、全部聞いている。もう道化をする必要はあるまいよ」
「あらら。残念だったかい?」
「いや、むしろ」
嬉しかったよ。
そういって、笑った鰐の顔は。
まるで悪魔のようにいびつに歪んでいた。
そんなはずはない。
今は冬でなければ、ここは北国でもない。
それなのに。
アレの嬉しそうな顔をみているだけで、こんなにも。
寒いなんて。
思わず自分の身体を抱きしめた。
「治ったばかりでまーたこの左腕を持ってかれるのは、嫌だけど、そんなこともいってられないかな」
「心配するのは左腕だけか?だとすれば、俺も甘く見られているものだ」
「そんなことは一分もないんだけどね。ただ、そう。僕みたいなのが生きて行くには、そう思うしかないだろう」
「微塵も思ってはおらぬ事は、言わぬ方が良い。そうすれば、油断してやるものを」
「それこそ、思ってないくせに」
「今度こそ、その命いただこう」
「そんなに安くは無いと、言いたいね」
対峙する二人に、私は何もできずにいた。
この状況が私を躊躇わせる。
後ろからきこえる獣の吐息が、心の中を占領していく。
私が余力を残していなければ、必ず。
私達はデッドエンドだ。
なら、見守るしかない。
だが。
もしものときは。
そう、もしものときは。
私がなんとか、するしかない。
心は静かに。
頭はクリアに。
脳は熱く。
心臓は、滾っていた。
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