37:追いかけて~4~
SIDE IN~冷泉春奈~
「ここに居たのか」
明人の声がして振り向いてみると、気だるそうに歩いてくる彼を見つけた。
探したぞ、と疲れたふうもなく、ただ口にする彼が疑わしかった。
この人は、平気な顔をして、平然と真実を言わないから。
「お留守番は?」
「行き違いにはならないさ」
「ええ、そのようで」
私達はずっとここにいた。
だから、私はその心配をしていない。
だけど貴方はそれを知らない。
なら、そういうことなのだろう。
探したなんて、嘘ばっかり。
「どうしたんです?」
「どうしたって?もう何時だとおもってるんだ」
「そうですね、そろそろお昼時も終わるかもしれませんね」
「財布の紐を握りながら言う台詞ではないな」
「ああ、そういえば。お腹が空きました?」
「その通りだ」
お昼。
ああ、空腹だと思った。
けど、この場所は離れがたい。
どうしようか。
「どうしたんだ、そんな困った顔をして」
じとり、と彼を見る。
そんな表情をしているつもりはない。
また、適当なことを言う。
「わかっているでしょうに、白々しい。大丈夫ですよ、春奈。そこにあるカフェテラスなら、十全に続きが出来ます」
そんな場所もあったのか、と私は今更ながらに気が付いて。
なら、もっと早く移動すればよかったのに、と少しだけ脚が疲れを訴えた。
「ありがとう」
「いえ」
もっとも、そんな事に気が付かなかった私がいうことではないからして、愚痴るような恥はみせない。
お昼からは、もう少し楽しく待つことが出来ると、それだけを見ておこう。
「問題ないなら、早いところ移動しよう。どうにも、空腹は好かない」
「そうですね、では行きましょうか」
私はこの場を後にする二人の背中をしばしみつめて。
その後に続いた。
しかし、一番急ぎたいはずの明人が、僅かに、躊躇いながら止まった。
怪訝におもって、覗き込んだ彼の顔は、珍しく分かりやすい表情をしていた。
そして、大きな大きなため息をひとつ。
「もうちょっと、だったんだがな」
その視線はまっすぐ街の外を向いていた。
鳥に似た、鳴き声が聞こえた気がした。
なんなのだろうか。
私は、お腹を一度だけ、撫でた。
SIDE CHANGE~佐藤藍~
食事へと向いていた意識が、乱暴に引き戻されたのは、暴走しながら馬車が走って街の中に駆け込んできたから。
当然私は空腹を忘れて切り替えた。
警戒レベルを引き上げて、成り行きを見守ることにした。
「ちっ、仕方ない、か。藍、春奈、街の外に出るぞ。ついてこい」
だというのに、明人がそれを無視して単身走り出した。
何事かとざわつく街中を、ひとり違う目的で動き出した彼を、春奈が数瞬の後に追いかける。
同時に、私も走り出していた。
理由はわからない。
けれど、これにはきっと意味がある。
その根拠は彼。
それだけで、私にとっては既に信じるには値するものだった。
すれ違う馬車の御車台で手綱をとる者の顔をちらりとみた。
血の気はないが、どこか興奮状態にある者独特の顔をしていた。
死神をみたけど、なぐりたおしてきた、みたいな。
いけない、非常時に何を考えていたのだろうか、私は。
でも、なんか上手い事言えてなかったか、私。
そうでもないな、うん。
現実に戻ったときには既に門を抜け出て、平原を城壁に沿って走り出していた。
すぐ近くの木陰で、身を隠すように私達は停止した。
三者三様に私達は肩で息をする。
思いのほか明人が速かったこともあるが、準備の出来ていない体での疾走は疲れる。
はぁ。はっ。ふぅ。
私は静かに、息の乱れを戻す。
可能な限り早く、それは一秒が満ちるだけの時間で終わる。
そうして意識を戻す頃には、既に二人も落ち着いていて、少しだけ驚いた。
へえ、これは。
面白いものをみた、と私は表情を隠す。
別段。
そのことをほじくりかえす必要も、気付いた事に気付かせる必要も無い。
私だけが知っていれば、いいことだ。
「さて、お聞きしたい事は分かっていますね」
「簡潔に言えば、封鎖される前に街を出たかったからだ」
「封鎖、される?」
「おそらくな、すぐにでも封鎖は始まるだろう。あの馬車に乗ってたやつは、こういう」
魔物の大群がこの街に向かってる。
「そんなことが・・・?」
「こっちの常識は殆ど知ってるつもりだ。信じられないのもわかる。だが、おそらく間違いないだろう」
「自信があるのですね」
「当然だろう。なんたって、俺達が追い掛けている奴は、そういう奴なんだからな」
唐突に。
明人が陽菜の手を取った。
私には、そう見えた。
「そう、逸るな。わからないでもないが、な」
「なら、放して」
「そうもいかない。こういうのはタイミングが大切だと、俺は思う」
「私もその意見には賛成です、陽菜。ここは一度落ち着くべきだ」
実際には飛び出そうとした陽菜を留める為。
予測していたのだろう、彼はそれを難なくこなした。
彼らが危険なら、なおさら、飛び出していきたい気持ちもわかる。
だが、それで状況が良くなるとは限らない。
悪くなるとも、かぎらないけれど。
「わかった」
そう言った彼女の手はまだ解放されなかった。
しばし、見つめ合う二人を、蚊帳の外から眺めた。
はぁ。
真剣な表情から一転して、彼が溜息をついた。
「わかった、わかったから、そう睨むな」
「睨んでない」
「嘘をつくな。まったく、これだからお前は・・・。というわけだ」
「はい?」
二人の間では、何か通じ合う物があったようで。
私にテレパスなど存在しないわけで。
つまりは。
本当に、蚊帳の外。
「遅れるなよ」
明人が、口にしながら手を離すと、陽菜は駆け出して行った。
私、呆然である。
その後を明人がついていく。
私、唖然である。
「え、あ、ちょっと?!」
気付いた時にはかなりの差が開いていて。
走り出した時にはもう追いつけそうもない距離になっていた。
「いったい、どうしてこんなことに!」
落ち着いて行動をするという結論にいたったのでは、なかったのか!
そうぼやいても。
私達の距離が縮まるわけがなかった。
SIDE OUT