32:推測2
SIDE IN~嫌な予感がしている冷泉陽菜~
彼は煙草のカラ箱を握り潰して、座っているテーブルの上に置いた。
皆は静かに彼の言葉を待つ。
この場で分かっているのは佐藤だけ。
私も殆ど、予測でしかなく。
話が解っているわけではない。
それでも何も分からないわけでもなかった。
「さて、偵察が無くならなかったら意味がないという話だったか」
新沼が、話を再開させる。
佐藤が中断させた前に話を戻して、新しい展開へと広げていくのだろう。
「ええ」
それに受け答えをするのは、その問いかけをした、小山田だった。
他の皆はなりゆきを見守っている。
もちろん、私も。
予想はできるけれど。
彼の言葉は何故か信頼できるから。
参考にしたい、と思う。
「おそらく。それはない」
私もそう見ている。
そして、それは当たり前だろう。
彼が何も対策をうたないまま、出て行くはずがないのだ。
「どうして?」
他の皆とは違って。
その対策が、彼にはわかるのかが気になった。
だから、私が口をはさむような事はしない。
「さっき、街に魔物の群れが襲撃していたのを見たか?」
見た、というよりも。
「見たどころじゃないわ。敵対すらしたわよ」
エンカウントした。
「ほう。そうだったのか」
彼は僅かに驚いただけだった。
他には何の言葉もない。
お決まりの言葉さえ、彼は言わない。
必要ないのだろう。
そういう、人なのだろう。
「ええ」
「なら、わかるか?どのくらい被害が出たと思う?」
さっくりと、次にうつる。
なら、とはどういう意味だろう。
実際に敵対した私達なら、その脅威がわかるだろうということだろうか。
それならば、と考える。
私達だけでは対処できなかった魔物も、かなりいた。
ならば。
「わからねぇ。けど、あの数じゃあ、相当な被害だったんじゃないのか?」
すぐに、灰田が答えた。
同意見だ。
皆も、頷いている。
ただ一人。
佐藤だけは、何も応えず、また壁に背を預けて話を聞いているだけだった。
「その答えは、おそらくゼロだろう」
ありえるの、だろうか?
「は?」
当然として。
直が疑問の声を、間抜け面をさらしてあげていた。
別に恥ずかしい事ではない。
何故なら、私も心の中では同じ事を、しているつもりだから。
「死人どころか、怪我人すら出ていないだろうと、俺は予想している」
「なんで?私達は敵対すらしたっていうのに」
「それは、先に襲いかかってきたからか?襲いかかっていったからじゃないのか?」
「えっ、あ。そうだけど」
確かに、その通りだった。
私が、襲いかかった。
今思えば、血の気が多いと反省している。
「お前らは火の海に飛び込んだようなものだ。そこにある危険に、自ら踏みいっただけなんだろうな」
「どういうこと?」
エンカウントしたのは、彼らだということだろうか?
身にかかる火の粉をふりはらうかのように。
防衛しただけだと、いうことだろうか。
「目的が違ったんだろうな。襲撃ではなく、探索にだったんだろう」
「探索?」
だとしたら、話がおかしくなってくるのではないだろうか。
「アレらが来る直前に、街に幸樹が出て行った」
そう、魔物達が今探している人物なんて、彼しかいなくて。
「ちょっと待って、ならあんな大群が幸樹君一人だけを探して街に来たっていうの?」
「そうなんだろうな」
「おかしくねぇか?」
そう。
それでも、おかしい。
何故。
「何がだ?」
何故、魔物達は。
「幸樹の無事がバレたとして。何故城を襲撃するんじゃなく、ピンポイントで街から探索し始めたんだ?」
「そうよね」
そう。
街を探索するなんて行動は、奇怪だ。
それこそ。
それこそ・・・?
「それなんだが」
言いにくそうに、彼は言い淀んだ。
私の頭の中には、一つの予想が出来ていて。
彼の次の言葉まで、そこから読み取ることが出来た。
まさか。
ありえない。
「何かわかるの?新沼さん」
「あまり考えたくは無い事なんだが。そういう魔法が幸樹にかけられた、という可能性が一番高い」
ありえない。
皆は疑問が顔に出ているけれど。
私には、もう、答えが出ていた。
魔物達が、探索する場所を、急に変えた訳。
それこそ、彼が、移動したことすら、わかっていたかのようにピンポイントに。
位置が、知られている。
それはつまり。
「発信機が取り付けられた、といえば俺達にはわかりやすいかもしれないな」
そういうこと、なのか?
彼は今、全ての魔物に、足どりを知られて、いるのか?
「まってよ。待って、待って!それって、つまりは、え?幸樹君はわかっているの?!」
理解が追いついた小山田も、事の重大さに声を荒げて、目に見えて焦っているのがわかった。
「きっと、彼は知ってる」
自分でいいながら、心の中に疑念があった。
知っていると言うよりも。
それが、彼の対策なのではないか?
ありえない、と思えない。
むしろ、彼らしくて。
「だから、自分から出て行ったの?」
そうやって、自ら出て行った?
「どうだろうな。タイミングの問題だっただろうな。いつかは自分からバラして、普通に出て行ったかもしれないが。それが最悪の形になったというだけの話だろう」
最悪の形になった、というよりも、彼にとっては最良の形なのではないか?
「最悪どころか、そんなのすぐ死んじゃうじゃない」
それすらも知りながら、自ら望んで行った?
心の中の疑念がどんどん膨らんで。
頭の中の予想が次々と立てられていく。
そのどれもが的を得ていて。
外れている気がしない。
予想というよりも、もはや。
事をほぐして飲み込んで言っているかのような。
理解に近かった。
「一応、霧島を一緒に行かせてはある」
ぴくり、と体がその言葉に反応した。
今、なんて言った?
わかりながらも、わが耳を疑ってみた。
「やはりそうなのですね」
佐藤はやはり、と溜息をはいた。
それを受けて新沼が微かに笑う。
やはり、間違いなく。
「ああ。上手く事が運んでいれば、今頃二人は一緒にいるだろう」
二人きりで、一緒・・・!
「椎名ちゃんって、強いの?」
確かに。
彼女が戦っている所は見た事がない。
けれど、私にはそんなことはどうでもよかった。
腕前なんか、どうでもいい。
いや、確かに彼が危険じゃなくなったほうがいいのだけれど。
「あいつはお偉い様なのに城の中を一人でも移動させてもらえるほどに腕は信頼されているとみていいだろう」
「ええ、そのとおりです。血筋、でしょうか。いえ。それだけでかたずけるにはいささか過ぎる腕前ですね。椎名様は一流の魔法士であらせられます」
佐藤が誇らしげに言って、新沼はまた笑う。
佐藤の様がおかしかったのか、それとも予想通りということなのか。
「まあ、そういうわけだ」
やっと、話はしめに入る。
後少しだ、といわんばかりに新沼が一息ついた。
どういうわけなんだろう。
「え?」
少し急転換に過ぎるようで、皆も解っていなかった。
わかったとしたら、佐藤ぐらいか。
彼らの伝心率はよほど良いらしい。
「お前らは安心して、修行にはげめ、ってことだ」
安心、して?
今の何処に、安心できる要素があったのだろう。
私には到底、そんなものがあったとは、おもえない。
「そんなの無理だとおもわない?」
うん、無理だ。
「ああ、すぐにでも幸樹をつれもどさねぇとな」
そう、すぐにでも、彼の所に行かないと。
「そうですね」
「馬鹿。連れ戻してどうする」
呆れたように新沼が怒鳴った。
そう、連れ戻す事に意味なんかない。
それは彼が正しい。
「そんな危険な状態の彼を霧島さんがついているとはいえ放ってはおけないわ!」
確かにそんな状態の彼は放ってはおけない。
二人きりなんて、そんな。
「あいつはそんなこと望んじゃいないし、お前らが一緒にいたところでどうにかなるわけでもない。それに、これは予想の域を出ない」
「だけどよ!」
「それなら!」
自然と声を荒げていく灰田に、つられて新沼も大きな声をあげた。
そのことに驚いて、一度場が静まり返る。
「それなら、お前らが今やるべきことは強くなる事なんだよ。あいつをどうにかして助けたいなら。お前らが強くなる他にはないんだ。何故それがわからない。何故出て行かなければならなかったのか、忘れたのか。お前達が半端なせいでもあるんだよ。仕方ないことだし時間もなかったかもしれないがな。その事実はかわらない。なら、わかるだろう」
「・・・・・」
図星を刺されて皆は声が出ない。
「お前らにできることは、その半端な力を鍛え上げる事だ。あいつが安心して一緒にいられるような、力を身につける事だ。幸にもお前らの成長速度は異常だ。努力次第では時間もさほどかからないだろう」
「・・・っ」
奥歯を、灰田がかみしめているのが見て取れた。
「納得できないかもしれないがな。納得できないからって、お前らを黙っていかせるわけにはいかないんだよ。あいつのしたことを無駄にはしたくないからな」
新沼が、声をかけ。
話は終わりを迎えようとした。
でも、終わらせるわけには、いかない。
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