31:彼の諦め
SIDE IN~いろいろと限界が近い維新幸樹~
遠吠えは既に絶え。
陽は完全に昇るどころか、既に沈みかけ始めた頃にようやく。
道がひらけた。
森を抜けた先は平原が広がっていて。
なだらかな丘陵地帯に道が続いている。
記憶の中にある地図でこの風景を知ってはいた。
けれど。
日蔭から脱出したばかりで、目を細めながら。
その景色に感嘆した。
夕景色も相まって、自然の雄大さというかなんというか。
心に沁みるものがある。
「んっ、・・・・・んん~」
感動していると耳元で、小さな呻き声が聞こえてきた。
背中で寝ていた彼女が、まるで計ったように。
目を覚ましたのだろうか?
もぞもぞと動いた感触がして。
ちょっとだけ、悲鳴をあげる。
その、柔らかさな感触に。
「おはよう」
だから、だろうか。
ちょっとだけ、声が裏返った。
内心では、その事に焦りながら。
叫ばれないか、心配する。
「・・・・・?」
しかし、予想に反して応えは無く、ただただ彼女は呆けていた。
寝起きは良くないようだ。
低血圧、なのだろうか。
足は止めずに、しばらく反応を待つ。
すると、再び体にずっしりと重みを感じて。
もう一度、今度は声に出して小さく悲鳴を上げてしまった。
変態チックな自分を殴りつけたくなった。
でも、仕方ないよね?
片手で支えるには、しっかりと背中に担がなきゃいけないわけで。
彼女は女性な訳で。
結果は、わかるよね。
まあ、そういうわけで。
いろいろと、嬉恥ずかしい、というよりも神経がすりへって大変です。
規則的な吐息がすぐ近くから聞こえてきた。
ひぃぃ。
ただ、息をしているだけなのに。
なんでこんなに、意識してしまうのか。
というか、これは。
二度寝しちゃったのかな。
「んー、あー。ちゃんと、私達生き残れましたね」
と、思った瞬間に、声をかけられた。
すぐに答えようとして、今はまずいと一度言葉を飲み込んで。
「おかげさまで」
もう一度吐き出した言葉は、やっぱりまだ裏返っていた。
「いえいえ。ところで、もう降ろしてもらっても平気ですよ。よく寝ましたから」
立ち止まって。
このまま乗ってていいよ、なんて強がりはしない。
そろそろ、体力的に限界だったし。
彼女のやわらかい暖かさが、名残惜しくないと言えばうそになるけど。
でも、まあ。
恥ずかしいからそんなことも言わずに。
しゃがんで、彼女を背中から降ろす。
彼女はしっかりと地面に足をつけ。
背中を思い切り伸ばした。
「ん~~~、はぁー」
こうやって気持ち良さそうな彼女を見ていると、平和だな、と束の間に感じてしまって、まだ現実感の無い自分に笑ってしまう。
あんなことがあったのに、だ。
なんてボケた頭をしているのだろうか、僕は。
ふと、心臓の辺りを手で押さえて。
見た。
なんだか少し、気持ちが悪い。
コレのせいで、狂ってしまったオオカミをおもいだす。
気高く、賢く。
ただ森で平穏に暮らしていただけの、はずだったオオカミさんの一族。
それなのに。
―――こんなにも殺したいと思うなんて。
そう、言っていた。
あれが、コレの効力なのだろう。
彼女から受けた呪いなのだろう。
だから、気持ちが悪い。
必要のない、戦いだったはず。
それなのに。
巻き込んだ。
これ以外に本当に方法は、なかったのだろうか。
今になって、思う。
「どうしました?」
「いや、なんでもないですよ」
ふと降ってきた声に、ごまかすように笑って顔を上げる。
彼女に相談すれば、もっと巧く事が運べたのではないだろうか。
そう、ちらりと頭を過って。
意味がないと振り払う。
それでも、じわりとした気持ち悪さはぬぐえなかった。
「そうですか」
そこには、先ほどまでとは一転して真剣なまなざしで彼女が立っていた。
気付かれたわけではないだろう。
ただ、オオカミさんとの一件で、彼女もまた僕の事を少し知ってしまった。
彼女もまた、巻き込んでしまった。
ずしり、と後ろめたさがふってくる。
「聞きたい事が、山ほどあります」
言わなきゃいけないことが、山ほどある。
けれど。
言いたくない事も、山ほどある。
これ以上巻き込むわけには、いかないのではないか?
そう思った、瞬間だった。
「覚悟してくださいね」
ぎくり、として。
彼女をみると彼女はやんわりと、笑った。
その瞳は強く光って見えて。
ああ、と思う。
「全部、言わなきゃいけない、のかな?」
「当然です」
隠し通すのは、多分無理だ。
そう、思う。
それに。
もう、隠すつもりは無くなっていた。
だって、ほら。
男は女に敵う訳無いし。
男が女に隠し事が出来るわけ無いし。
本気で来られたら、何をしても無駄なんだ。
死ぬつもりも、ないし、ね。
「それじゃあ、歩きながらでいいかな。ゆっくりはしていられないから」
心を決めて。
道をまた、歩き始めた。
「ええ、それでも構いません」
それに隣り合って、彼女はついてくる。
いや。
二人で、道なりに歩く。
街はまだ、少し先。
道の先はまだ、地平線しか見えはしない。
あと、何時間かかるだろうか。
「時間はたっぷりとありそうですね。ゆっくりと聞かせてもらいますよ」
「あんまりゆっくりとは、していられなさそうだけどね」
何せ、この身は餌で。
お腹をすかせた獣たちが、今も僕を目指しているのだから。
鳥が鳴き、抜けた森がざわめいた。
気温が下がり、太陽は地平線の向こう側へと沈み始めて。
世界に夜の帷が、落ちようとしていた。
SIDE OUT